2015年11月16日

打倒・韓国40

朝鮮は、唐の時代以来1000年以上にわたって中華帝国歴代王朝の属国として半島に安住してきた。それができたのも、一貫して事大主義を貫いてきたからだろう。これは、生き残りをかけた朝鮮民族の本能だとも言える。
黄 文雄

そこまで言うか・・・
本能か・・・

大に付くという、事大主義というもの。
しかし、それは、国王、官僚つまり、両班たちと、少しの支配者たちのものである。
朝鮮の一般民衆は、どうだったのか・・・
全く、その存在さえ、記されないのである。

そして、現在も、そのようである。
事大主義。
大に付くのである。
只今の韓国大統領は、それでコウモリ外交と言われる、行動をしている。
何処の大に付くかを、模索しているのか。

それが、本能だとしたら・・・
朝鮮民族には、救いが無いということになる。
どういうことか・・・
国家というものを、造る事が出来ないのである。

事大主義により、韓民族は、卑怯、利己主義、機会主義に堕ちてしまったという。
そして、一番悲劇なことは、それを知らないということである。

端的に言えば、韓国のオリンピック選手たちの行動を見れば、理解出来ると言うものだ。
スポーツという場においても、ルール知らずなのである。
スポーツは、ルールがあって、成り立つということを、知らない。

ルールは、どうでも、勝つことなのだ。
それを、韓国人の、シンシアリー氏が、書く。

韓国人は、とにかく序列を決めなければ気が済みません。上には必要以上に頭を下げ、下には必要以上にキツく当る。それは、上の人に礼を取っているわけでも下の人にシツケをしているわけでもありません。上に事大することで、下を踏み潰すことで、自分という存在のあるべき姿を世の中に示しているのです。

政治家や企業幹部に賄賂や不正が多いのも、人を奴隷のように扱う事件や社会的弱者を苦しめる犯罪が多いのも、そういう序列意識が影を落としていると私は思っています。これも歪んだ儒教思想によるものでしょうか。

そして、オリンピックの話しである。

日本でオリンピック放送を見たことがあります。画質がイイのもありますが、驚いたのは、銀メダルを取った選手に対する市民たちの反応でした。皆で自分のことのように喜んでいるではありませんか。韓国では、金メダル以外はほとんど注目を集めることができません。選手に賛辞を送ることもたいしてありません。なにせ、韓国はスポーツなどで優勝できる選手一人(または一つの種目)の存在だけにこだわり過ぎて、勝つこと意外に意味を見出せないからです。よく言われる「外国の選手は銀メダルが取れたから嬉しくて笑顔で泣く。韓国の選手は銀メダルしか取れなかったから悲しくて醜い顔で泣く」です。

兎に角、勝つこと以外に、意味を見出せないというのである。
つまり、スポーツの場面での韓国人選手の、無法な行為の意味が分るというもの。

そのためには、不正な行為も、平気なのである。

シンシアリー氏は、
何がいいたいのかというと、韓国は「頑張れ」には興味がありません。手段や方法は関係ないから「勝て」がすべてです。こういう雰囲気に支配されているのはスポーツだけではありません。社会全体がそうなのです。そして、その裏には、異常なまでに強い序列意識が存在しています。とにかく人より上に立たないと気がすまないのです。そして自分より下の相手を見下しながら優越感に染まります。ああ素晴らしいことだ! 僕があいつより上だ! と。

これは、一種の心の病であると、私は、考える。
社会全体が、病に冒されているのである。
真っ当に相手が、出来ない人種である。

それを韓国人が、指摘している。
つまり、それを分っている韓国人も存在するということで、少し、救われる。

これまた韓国でよく耳にする表現ですが、車を運転しながら、「僕より速い奴は狂っている。僕より遅い奴は病身(障害者)」冗談とはいえ、これこそが問題のすべてを一行で表現できている気もします。
シンシアリー

その歪んだ競争心が、人々の心に、自分の子供に対する危機意識を生み出しました。「もし大事なわが子が負け犬になったらどうしよう?!
それが、各国のマスコミから「過熱」とされている韓国の私教育熱の原因です。別に勉強熱心だから私設教育機関(塾など)が盛り上がっているわけではありません。子供が外国語に興味を持っているから塾に通わせたり外国語を教えたりするのではなく、隣の子が英語を学んでいるから、うちの子も英語の塾に通わせるだけです。「負けてはならない」からです。
シンシアリー

2013年10月、韓国の高い大学進学率に、スウェーデンから、野党総裁が韓国に視察に来た。
韓国では、先進国が韓国を学びに来たと、興奮気味で報道された。
が、スウェーデンでの、特集記事には、
スウェーデンの教育が韓国のようになってはいけない、競争が激しすぎるというのが、主たる原因ということだった。

シンシアリー氏が書く。

しかも、就職しなければならない年齢になると、問題はさらに悪化します。勝つことしか知らない社会に多様な「道」があるはずはないのです。構成員の誰もが望んでいること、即ち「人より上」と認められるポジションに立てる道は、極めて一部だけに限られます。彼らは過熱競争という渦巻きの中で苦しんだ被害者であると同時に、自業自得という荷物を背負うべき加害者でもあったのですね。
その道とは、
1・大企業(財閥企業)に就職する
2・高所得自営業者になる
3・何かの奇跡的方法でいきなり富と名誉を手に入れる

しか存在しません。おい、どれもお金関連じゃないか・・・って言われそうですし、たしかにそうですが、それについてはまたあとの、国民アンケートの話しにて。

ということで・・・
韓国は、とんでもない国になっているということだ。











posted by 天山 at 06:56| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

打倒・韓国41

私は、この、打倒・韓国を書く上で、日本人の書いた物を、一切使用していない。
韓国人が書いたもの、そして、他の国の人が書いたものを、主にしている。

韓国人が、他の国の人の、韓国についての紹介などを、参考にしている。

つまり、日本人側からのものは、一つもない。
日本人の、偏見などを、取り除いているということだ。

次ぎに紹介するのは、朴テヒョク氏が、書いているものである。

ホーマー・B・ハルバートといえば、1886年から91年にかけて李朝末期の韓国に滞在したアメリカのメソディスト派の宣教師で、ジャーナリストでもあり、歴史学者としても、韓国研究者のあいだで有名である。


その、ハルバートは、韓国を愛し、日本が韓国を支配しょうとするのに、反対した人である。
その、ハルバートの著書「朝鮮亡滅」の中で、韓国人に関しての観察の様子が書かれている。

以下
韓国人の特性は、その誇りたかさだ。朝鮮人ほど、外観をととのえるのに夢中になる民族はない。ヨーロッパの上流社会に、どんな方法を講じてものしあがりたい、と思っている一人の成金の場合を想定してほしい。朝鮮人の大多数が、いったいどういうことなのか、その姿に合致する。

朝鮮人は、自分の知的水準を引き上げ、精神世界を拡大しようという努力があわれにもないのに、社会的地位を高めようという激しい欲望だけはある。自分のものでなくても、少しばかりの金を動かすことができるとか、何人か働くのを監督するとか、ともかく物の面、金の面で人間を支配できるような立場になると、おしなべて有頂天になる。

朝鮮人は有力者になる、あるいは名声を博すということだけで、まるで逆上してしまい、ますます尊大な態度をとるようになる。朝鮮人特有のこの感心ではない性向が、じつは企業、あるいは教育、宗教の分野で、朝鮮人を登用するさいに起こる、ごたごたの原因の一つなのである。

ここに描かれている韓国人の性格は、今日でも恐ろしいぐらい、まったく変わっていない。


更に続けると、話し合いが出来ないという、民族性を見る。

朝鮮人は本当に怒ると、生気を失うといえるかもしれない。自分の生命などどうなってもいいといった状態になり、牙のある動物になってしまう。口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なことだが、この怒りの衝動にわれを忘れるといった悪癖は、男性だけの独占ではない。

それにとらわれた朝鮮の女は、ギリシャ神話の三女神を打って一丸としたような、すさまじい狂暴さを発揮する。女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なくなり、つぎには猛烈に嘔吐する。精神錯乱に陥るこうした女たちを見るだに、私は、どうして脳卒中で倒れずにすんだのかと不思議に思う。どうも朝鮮人は、幼少のときから自分の気分を制御する術を学ぶことがないらしい。子どもも親を見ならって、自分の気に入らないことがあると、まるで気が狂ったように大暴れして、結局、我意を通すか、それとも永くかかって鎮静にもどるか、そのいずれかに落ち着く。

これで、反日など行われたら・・・
止め処もなくなるだろう。

また、李朝末期に朝鮮で生活した、キリスト教宣教師が書いた、朝鮮宣事情・朝鮮教会史序論から見る。

朝鮮人は、金儲けに目がない。金を稼ぐために、あらゆる手段を使う。彼らは財産を保護し、盗難を防ぐ道徳的な法をほとんど知らず、まして遵守しようとはしない。しかしまた、守銭奴はほとんどいない。

彼らは、一般に欲深いと同時に、無駄遣いも多く、金を持てば余すところなく使ってしまう。金さえあれば、豪勢な暮らしをすること、友人をもとなすこと、自己の気まぐれを満たすことだけを考えている。そして再び赤貧に身を落としても、それほど不平もいわずに甘受し、運命の歯車が回り回ってまた良き日がやってくるのを待っている。

金を稼ぐのも早いが、使ってしまうのはさらに早い。人びとは、誰かの訴訟を勝たせてやったり、人参の根とか小さな金塊とか水晶の鉱脈とかいったなにがしかのものを発見したりすれば、数日間は浮き浮きし、「ままよ、何とでもなれ! 明日の言は明日になれば何とかなるさ」といった気持ちになる。そうして、数多くの人びとが、つねに街道に出てきては好機をねらっている。・・・

それを歴史的に、分析したりと、色々とするが・・・

韓国人は、怯えながら生きるうちに、感情が安定を失うようになった。おそらく韓国人ほど、怒るのを好む民族はいまい。怒ることが不安や焦燥感を解消する代償行為となるとともに、自尊心を守る手段にもなる。その自尊心も、外観にこだわるために、薄い表皮のようなものでしかないので、ちょっとでも引っ掛かることがあれば、怒りの引き金がひかれることになる。


朝鮮事情から引用する。

朝鮮人は一般に、頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは、彼らがいまだ浸っている半未開性のせいである。大人がふだんの怒りを笑ってすませるから、子ども達は、ほとんど懲罰を受けることもなく成長し、成長した後は、男も女も見境のないほどの怒りを絶え間なく爆発させるようになる。この国では、ひとたび決心すると、これを証明するために、自分の指を刺し、その血で誓いを記す。怒りが爆発したりすると、人びとは不思議なほど容易に首を吊ったり、投身自殺をしたりする。些細な不快や一言の蔑視、ほんのなんでもないことが、彼らを自殺へと追いやっている。

上記、引用したのは、朝鮮を愛し、朝鮮に尽くした人たちである。
それが、どういう訳か、酷いことばかりの、羅列である。

ところが・・・
朴氏が、書く。

ところが、安土桃山時代から徳川江戸時代末期まで、日本を訪れたキリスト教宣教師や外交官をはじめとする西洋人たちは、まるで口をそろえたかのように、日本人や日本社会を誉めちぎっている。日本人をけなしたり、非難している記述がほとんどない。そんなことを探そうとしたら、たいへんな手間がかかる。
と、書くのである。

実際、その通りである。
それを引用したいが・・・
打倒・韓国なので、止めておく。



posted by 天山 at 04:32| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月18日

打倒・韓国42

朴テシュク氏の記述を続ける。

韓国人は子どものころ、親から「人に負けるな。人より偉くなりなさい」と言い聞かせられながら育つ。家庭では「イギョラ」(負けるな)ということを徹底的に教えられる。人を殺しても、殴っても、人に勝てばよいのだ。李朝時代だったら、子どもにいずれは両班になってほしいという願いを託したし、今日だったら、いずれ大金持ちになってほしいという願いをこめることになる。人に対して威張れるような者になってほしいのだ。


ということで・・・
日本人でも、そういう人は大勢いるのだが・・・
それは、朝鮮系の血を継ぐ者か。

だが、朴氏は、
これに対して、日本では、子どもたちは家庭でも幼いころから、「人に迷惑をかけるな」「みんなと仲良くしろ」「忍耐しろ」「がまんしろ」という教育を受けて育つ。日本なら人と一緒に力を合わせて、人生という大道を進みなさい、と諭されながら成長するのに、韓国では幼いころから人を押しのけても、蹴落としてもよいから、自分が先頭に立つようにと吹き込まれる。だから、いくらか収入がある家庭だったら、サラリーマンの家であったとしても、息子を幼稚園に入れる前から、英語やピアノや踊りを教えるために塾に通わせる。そのために、無理をして、月に百万ウォン近く使う家だってある。


確かに、協調性を身につけさせる教育を主に、日本の家庭は子供を躾ける。
一般的には・・・

だが、日本でも、現在は家庭教育が、崩壊していると、私は、考えている。
また、教育の現場でも、日教組などによる、変な洗脳教育がなされている。
日本にも、問題が多い。特に、現在は。

韓国人だけに、言えることではない。
しかし、韓国人が、事実として、認めるのである。

韓国人は、大人になっても負けず嫌いになる。だから韓国人はチーム・プレーヤーになれず、全員がソロイストになるのだ。自分だけが、この世で一番の存在だと思っている。韓国人は一人一人が優秀な機関車であるのに、この機関車には、連結管が備わっていないのだ。だから列車を編成することができない。


確かに、スポーツの現場を見ると、良くわかる。
韓国人は、負けず嫌いで、勝つことのみを考えている。
さらには、不正、邪魔などをしても、勝つという、異常な心理状態を持つようだ。

韓国のテッコンドは、相手を一方的に攻め立てるが、日本の柔道は、相手の力を利用して勝とうとするものである。日本はみごとなチームプレーヤーの国である。韓国が固い社会であるに対して、日本は柔らかい社会なのだ。


私が韓国、釜山に行ったのは、今から40年ほど前であるが・・・
特に、韓国人と、話したわけではないから、分らない。
だが、当時も、反日行動は、盛んだった。

韓国の名勝を案内するおじさんがいたが・・・
兎に角、日本の文化のすべては、韓国から出たものだの、一点張りだった。
そして、いずれは、必ず日本に復讐すると、子どもや孫たちに、話していると聞いた。

その時の私は、知識なく、歴史に関しても、疎かったせいで、そのまま、信じたが・・・

釜山から、ソウルへ向う道々・・・
大半が、福祉関係の場所だったので、それ程の、反日行動は、感じなかったが・・・

孤児施設の子どもたちは、皆、優しかったし・・・
中には、自分の大切な聖母のメダイという、カトリックのお守りまで、くれた子もいる。

自由行動の際に、釜山の橋の上で、一人のお婆さんに出会った。
朝鮮人参を売っていた。
その、お婆さんが、私を手招きして言った。
日本は、良いことも沢山したんだよ。この橋も日本が造ったんだよ。
日本語で言った。

焼き芋を買おうとすると、拒まれた。
日本の国旗が、胸に記されていたからだろう。
すると、周囲に人が集まり、色々と言っていた。
そして、拒んでいたおじさんが、私に、焼き芋を売ってくれた思い出がある。

その後、私は、十年以上も、日本が韓国にて、酷いことをしたと思い続けていた。
だが、今、打倒・韓国、を書いているという・・・

韓国人は、自分さえよければよいと思っている。具体的な計画もないし、地味な努力もしないのに、あるとき空のてっぺんから幸福が落ちてきて、自分だけが一度、大金持ちになればよいと願っている。李朝時代の拝金主義は、今日でも韓国社会に充満している。金さえあれば、あらゆる欲望をみたすことができるのだ!


これは、日本人も、同じであろう。
金で買えないものはないと言う、馬鹿者も現れたのである。

自分一人だけが偉いと自惚れて、自分だけが上へ昇ろうとしているから、チームを組むことができない。


それに日本では、どんな職業でも一生懸命に仕事と取り組んで最善を尽くそう、という考え方が、国民全員のあいだにゆきわたっている。


確かに、そのようでは、ある。
日本人は、名人芸を好む。
どの分野でも、一流の人を大切にする。

これに関しては、天皇の存在が大きいと思う。
天皇陛下は、国民を思い、その国民の技芸を大切にされて、特別に、お言葉をかけ、さらには、勲章のような、一流を認められる姿勢がある。
現在は、政府が主として、認定しているが・・・
そのような、文化が、皇室から始まっている。

日本人には、天皇という、上、が存在し、下である、国民という意識が、実に有功に働いていると、私は、考えている。

チームワークに関しても、長い年月をかけて、培われてきた、日本の風土がある。
ただし、時と場合では、それが、マイナスに働く場合もある。




posted by 天山 at 06:24| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月19日

打倒・韓国43

韓国では儒教思想のおかげで、職人をはじめとする技能者は低くみられた。飲食店のようなサービス業は、卑しい仕事であった。・・・

韓国では、日本人のように五代も、六代も続いた蕎麦屋や、菓子屋が暖簾を誇りにしてるようなことは、まったくみることができない。とにかく食堂は恥ずかしい職業なのだ。韓国のデパートの女子店員や、レストランのウェイトレスがつっけんどんで愛想が悪く、サービスが粗雑なのも、卑しい仕事についているという自己卑下が現れたものなのだ。


以前に書いたが、両班などは、箸を持つことさえ、嫌ったという。
兎に角、働くことが、卑しいのである。

ただ、白人主義も、労働を嫌った。
それは、労働は、神に与えられた罰とする意識がある。
旧約聖書からのもの。
だから、奴隷を使役した。

韓国人が日本を訪れて、魂消るほど驚くことの一つに、日本のテレビで一般の視聴者が登場する番組のなかで、出演した主婦が夫の職業をたずねられて、「うちの人はトラックの運転手をしています」とか、「調理師です」とか、「ラーメン屋台をひいていますよ」、「清掃局に勤めています」と堂々ということである。これは韓国人にとっては、一瞬、耳を疑うような発言なのだ。そして、だから日本人は恥を知らない一段下の奴らだ、という信念を確認する事になる。


韓国では、出来るだけ曖昧にして、「事業をしています」という、らしい。

韓国で社員を募集して面接するときに、父親の仕事をきいたら、「事業」という答えが多いのだ。自分が受け持っている仕事に誇りがいだけないのは、悲しいことである。


自己を誇張するのは、韓国人の癒しがたい業病である。自分の父親や、先祖が「偉く」なかったとしたら、さも偉かったようにつくろわなければならない。とにかく自分が偉いのだ。だから人々と協調することができない。


韓国人は、つねに競争意識という牙をむきだしている。もっとも、これが個人主義であれば、まったく問題がない。欧米社会の発展の原動力となった個人主義は、一人一人が他人の持っていない力を養って、その個性的な力を使って社会の役に立てよう、というものである。
個人主義とは、インディビジュアリズムであって、エゴイズム(利己主義)とはまったく異なったものだ。韓国人の大多数がエゴイスティックなのだ。


日本では大勢が集まる、集まった人々以上のエネルギーが発生する。日本は「大勢文化」なのだ。日本の発展は、この「大勢文化」がもたらしたものだ。


朴氏の、記述を抜書きしている。
何故、これを抜書きしているかは、次ぎのシンシアリー氏の、反日に走る若者たちの様子を、理解するためである。

朴氏も書くが、日本には、和という言葉が、日本と同じように使われる。
和物とは、日本物のことであり、和室、和服、和紙、和風・・・
日本には、和の文化がある。

和をもって貴しとする。
千年以上、本当は、縄文期から、和という、精神を育んできた日本民族である。
更に、神々も、働くことを、よしとする神話である。

現在の韓国人の若者たちを、シンシアリー氏は、
韓国の青年たちは、今まで信じていたものをなくし、新しく信じられるものが見つけられない状態になっています。
と、言う。

そして、それは、
朝鮮戦争を戦い愛国だけを信じて生きてきた高齢者たちが、信じてやまなかった「国」からも「孝」からも捨てられ、頼れるものをすべてなくしてしまったのと同じです。
と、言う。

彼らが人生のすべてをかけて夢見てきた「勝ち組」としての生き方は、最初から一部だけのためのものでしかなかったのです。だからといって、負けたものへの尊重など、ありはしません。誰かが人の上に立つということは、誰かが人の下で踏み潰されることが前提となるものです。競争社会だからこそ、競争の結果で生まれる序列に対しては、お互いが敬意の念を示さなければならないのです。競争が公平でなければならない理由もそこにあります。
シンシアリー

続けて、
しかし、最初から狂ったような序列意識によって作られた競争社会に、そのような高次元なものがあるはずないではないですか。獣の人の気高さがわかるものですか。上に立った人への祝福も、下に落ちた人への尊重も、その社会にはないのです。そして、宝物のように大事にしてきた「スペック」を振り返りながら、負け組みの青年たちは、口にします。絶対言ってはならないことを。”いったい、なんだったんだ・・・”

その絶望感の中、反日思想は彼らにとってかけがえのないガス抜きです。絶対に負けない「比べ」の対象です。なぜなら、韓国は絶対善で、日本は絶対悪だからです。最初から負けるという設定はありません。
シンシアリー

ここで、負け組み青年における、極端な反日思想というものの、正体が分るのである。

負けという、手負いの熊に、何が出来るのか・・・
その、暴れる様は、ただ、見ているしかない。
つまり、手が付けられないのである。

そして、その根拠は、単なる、夢、捏造、ユートピアのような歴史にある。
これほど、恐ろしいことはない。
精神病者と同じである。

それは、自滅を待つしかないと思われる。
完全に、精神病者となるまで、待つしかない。

韓国は、国を挙げて、歴史の捏造を繰り返している。そして、それを、子どもの頃から、教え込んでいる。
このような、民族、国民に、何を持って話し合うことが出来るのか。

不可能である。






posted by 天山 at 07:00| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

打倒・韓国44

反日思想はすべての年齢層にムラなく現れるものでありますが、青年層の反日は、ちょっとユニークです。韓国の歴史が一万年だという主張(いつの間にか五千年も増えてますね)対馬が韓国の領土だという主張、いずれ大地震で日本は滅ぶという主張、日本は放射能のせいでもう終わった国でもうすぐ全員が死ぬという主張などを、わりと本気で信じています。思想教育の問題か、日本が南北統一を邪魔しているのだそうです。統一すると韓国が先進国になるから、それに劣等感に燃えた日本が邪魔をしているのだそうです。彼らにとっては、パククネ大統領すらも「親日だ」という理由で嫌悪の対象になります。親日だから嫌いなのか、嫌いだから親日にするのか?はわかりませんが。韓国では「親日」と言われると良いことは何もありません。
シンシアリー

ほぼ、狂っている状態である。
こんな状態の、青年韓国人が、日本に来たら・・・
ゾッとする。

一言で、この青年層の反日は、上の世代よりもずっと「極端的」であるのです。反日だけではありません。民防衛教育の話しで、私は、韓国はデジタル的な考え(0か1か)で物事を決める問題点を持っていると書きました。「勝ちか、負けか」しか知らないで育った人たちに、そういう傾向、即ち、0か1か、白か黒か、善か悪か、その「どちらか」への極端的なこだわりが現れるのは、ある意味では自然な結果だとも言えますね。
シンシアリー

「極端」と言うとそれらしい響きですが、実際にはただの「バカじゃないの」という類の意見が多く、私も、最初はそういうのをただの戯言だと思っていたのですが、どうやら彼らは本気らしいです。
シンシアリー

強迫神経症の状態であるが、それを自覚していないのである。
この状態で、事実を確認したら・・・
狂う。

二十代(たぶん)の大学生たちとちょっと話してみる機会があったのですが、とくに独島関連の論争などで、彼らの意見から、「日本は韓国が何を言っても頭を下げて従わなければならない」という、韓国特有の反日思想がそのまま集約されているような感覚を受けました。こちらもまた極端的な書き方をすると、まるで、「日本は奴隷だ」と考えているようでした。せっかく奴隷にムチを打つからには、もっと酷く、もっと苦しい方法でやったほうがいいんじゃないのか? そういうサディスティックなご主人様と奴隷に近い序列意識が、反日の中でもとくに極端的な意見として表出されているのではないか、私にはそう思われました。
シンシアリー

朴氏が、描く韓国人、海外の目から見た、韓国人を参照すると、それが理解出来るのである。
極端・・・なのである。

韓国国内では、様々な問題が、渦巻いている。
しかし、彼ら韓国人は、それらに皆で対処出来ない。
彼らが一つにまとまるのは、ただ、反日行動のみなのだ。

韓国、韓国人と、関わることは、至難の業である。
すると、必然的に、結論が見えてくる。
関わらないこと、なのだ。

韓国人の、シンシアリー氏も、
・ ・・誰かのご主人様になりたいのでしょうか。でもご主人になれるお金も権力もないから、誰かを奴隷まで下げることで自分をご主人様にするのでしょうか。だとしたら、狂っています。「相手が日本なら、何をしてもいい」。悪い意味での「ご主人様と奴隷」。彼らは、そう思っています。
と、書くのである。

これなら、哀れに尽きる。
全く、未来が見えないというより、未来が無いのである。

更に、シンシアリー氏の発言を見て行くと・・・

韓国人には元々、「チェミョン(体面)」というものがありました。日本や中国でいう「面子」と、似て非なるものです。簡単に言うと、例え嘘でも、自分のプライドを守ろうとすることです。そしてそのプライドは、実に外見的なもの、形式的なものです。とりあえず威張るのがチェミョンです。朝鮮時代の貴族階級だったヤンバン(両班)たちは、とくにこのチェンミョンを大事にしたと言われています。・・・

それが、今も残るのだと言う。

スポーツのし合いなどで負けても、結果を素直に受け入れることができなかったりします。何か別の理由(不正なこと)で負けたと信じ込み、自分を悲劇の主人公のようにします。貸したお金を返して欲しいと言うと、怒られます。なぜなら、「返す金がないのに、なぜ返せというのだ。お前のせいで俺のチェミョンはグチャグチャだ」からです。(ほかにも、韓国人は、お金、とくに貸し借りに関する感覚そのものが日本人とは違う気がします)。

韓国は、日本の「嫌韓」たる気流を「社会的な劣等感を紛らわすためのもの」だとしています。社会的な弱者たちが、自分を合理化するために敵を作っているに過ぎないとしています。右傾化や右翼についても、「韓国や中国の発展に対する日本の劣等感の表出だ」と主張しています。私はこの主張を聞くたびに、「心理学で言う投影(自分の認めたくない部分を、他人のものだとみなすこと)の一種ではないのか? と思ったりします。

実に、気の毒である。
日本は、経済大国第二位の国である。
どちらが、発展しているのだろうか・・・
中国が経済大国第二位というが・・・嘘である。
中国の数字に、真っ当なものはない。

特に問題なのは、次である。

韓国、とくに韓国の青年層は、もはや反日がないとメンタルを維持できない状態にまで落ちています。彼らに残された、劣等感という怒りを晴らすターゲットが日本なのです。だから、日本は韓国より下でなければならないのです。客観性などどうでもいいのですよ。二の次また次です。彼らは、子どものころから「比べる」に敏感になっている分、例え日本側が客観的な主張をしても、それを認めようとしません。認めたらそこでまける、相手より下になってしまうと思っているからです。過程などどうでもいいのです。勝つのがすべてなのです。チェンミョンを守ることができるのです。

この青年たちが、もうすぐ韓国の中心勢力になるでしょう。改めて書きますが、彼らは思想的にも左派(親北)性向の教育を受けていて、その結果、民族主義的な考え方を持っています。北朝鮮と仲良くするためにもっともよく効くのが「同じ民族」ですから、韓民族の最大の敵は、日本です。いや、「日本ということになっています」というべきですね。

それでは、北朝鮮が体制崩壊したり・・・
韓国が破綻したりした場合は・・・
彼らは、発狂するか、自殺するのではないかと、心配になる程だ。
posted by 天山 at 06:29| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

もののあわれについて771

宮も起きい給ひて、御髪の末の所狭う広ごりたるを、いと苦しと思して、額など撫でつけておはするに、几帳を引きやりて居給へば、いと恥づかしうてそむき給へるを、いとど小さう細り給ひて、御髪は惜しみ聞えて、長う削ぎたりければ、うしろは殊にけぢめも見え給はぬ程なり。すぎすぎ見ゆる鈍色ども、黄がちなる今様色など着給ひて、まだありつかぬ御傍目、かくてしも美しき子供の心地して、なまめかしうをかしげなり。




女三の宮は、起き上がりになり、御髪の裾がいっぱいに広がるのを、うるさく思いで、額髪などを、撫で付けておいでになると、源氏が、几帳を引き動かして、お座りになるので、大変、恥ずかしそうに、顔をそむけられた。いっそう、小さくなられて、御髪は、源氏が惜しがりになり、長く削いだものだから、後ろ姿は、特に普通と変らないほどである。袖口などが、段々になって鈍色の上に、黄色みのある、紅色の上着をお召しで、まだはっきりしない横顔は、尼姿になって、可愛らしい子どもの気持ちがして、優雅で美しい感じである。




源氏「いで、あな心憂。黒染こそなほいとうたて、目も眩るる色なりけれ。かやうにても、身奉ることは絶ゆまじきぞかし、と思ひなぐさめ侍れど、ふりがたうわりなき心地する涙の人悪さを、いとかう思ひ捨てられ奉る身の咎に思ひなすも、さまざまに胸痛う、口惜しくなむ。取り返すものにもがなや」とうち嘆き給ひて、源氏「今はとて、思し離れば、まことに御心と厭ひ捨て給ひけると、恥づかしう心憂くなむ覚ゆべき。なほ、あはれと思せ」と聞え給へば、女三「かかる様の人は、もののあはれも知らぬものと聞きしを、まして、もとより知らぬことにて、いかがは聞ゆべからむ」と宣へば、源氏「かひなのことや。思し知る方もあらむものを」とばかり、宣ひさして、若君を見奉り給ふ。




源氏は、ああ、なんと情けない。黒染めの衣は、矢張りたまらない。見ていられない色だ。この姿でも、お世話申すことは、変らないと思い、心を静めてはいますが、いつも変らず、切ない思いの涙が、こぼれる、みっともなさを、このようにまで、見捨てられたという、我が身の咎と、諦めるのも、あれこれと、辛く残念なことです。昔に戻したいものだ。と嘆かれて、お別れのご挨拶をして、お寺にお入りになると、本当に、御心から嫌って、お捨てになったのだと、顔も上げられずに、情けない思いがすることでしょう。今後も、私を可哀相だと思ってください。と、申し上げると、女三の宮は、このような姿の人は、可哀相だと、思ってはならないものと聞きました。まして、初めから、持ち合わせていないことですから。どのようにお答えしていいのか。と、おっしゃる。源氏は、情けないことだ。お分かりになる事もありましょう。とだけ言い、若君を御覧になる。

もののあはれも知らぬものと聞きしを
もののあはれを知らぬ・・・
可哀相だと思わないとの、訳になるが・・・
僧になるとは、出家するとは、もののあはれを知らぬものなのか。




御乳母達は、やむごとなくめやすき限り、あまた候ふ。召しいでて、仕うまつるべき心掟など宣ふ。源氏「あはれ、残り少なき世に、おひいづべき人にこそ」とて抱き取り給へば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて、白う美し。大将などの児生ひ、ほのかに思しいづるには、似給はず。女御の御宮達はた、父帝の御方さまに、王気づきて気高うこそおはしませ、殊にすぐれてめでたうしもおはせず。この君、いとあてなるに添へて、愛敬づき、まみのかをりて笑がちなるなどを、いとあはれと見給ふ。思ひなしにや、なほいとようおぼえたりかし。ただ今ながら、眼居ののどかに、恥づかしき様も、やう離れて、薫のをかしき顔ざまなり。宮は、さしも思し分かず、人はた、さらに知らぬ事なれば、ただ一所の御心の内にのみぞ、「あはれ。はかなかりける人の契かな」と見給ふに、大方の世の定めなさも、思し続けられて、涙のほろほろとこぼれぬるを、今日は言忌すべき日を、と、おしのごい隠し給ふ。源氏「静かに思ひて嘆くにたへたり」とうち誦じ給ふ。五十八を十とり捨てたる御齢なれど、末になりたる心地し給ひて、いと物あはれに思さる。「汝が父に」ともいさめまほしう思しけむかし。




御めのとたちは、身分も高く、見た目も良いものばかり、大勢、仕えている。お呼び出しになり、お世話すべき、心構えなどを、おっしゃる。源氏は、可哀相に。私は、長くはないのに、その後で、成人してゆくとは。と、抱き取りになると、大変人懐っこく、ニコニコとして、丸々と太って、可愛らしい。大将などの、幼立ちを、かすかに思い出すが、似ていない。女御腹の御子たちも、これは、父帝の血筋を引いて、皇族らしく高貴でいらっしゃるが、特に、ご立派と言う訳でもない。この君は、たいそう、上品なうえに、可愛らしく、目つきが美しい。すぐにニコニコするところなどを、実に、可哀相だと御覧になる。気のせいか、矢張り、よく似ている。ほんの今から、眼差しが落ち着いていて、気が引けるほど、美しいのも、人並みはずれている。色艶の見事な、顔付きである。宮は、そんなことには、気づかず、女房たちも、全然知らないことなので、ただ、一方お心の中だけで、可哀相に、儚かった運命の人だった。と、思われると、一般に人生の無常も考えられて、涙が、ほろほろとこぼれたのを、今日は、縁起の悪いことを、慎まなければならない日なのにと、涙を拭いて、隠される。
源氏は、静かに思いて、嘆くにたえたり。と、朗誦される。その時の、白楽天の齢、五十八から、十引いた、御齢であるが、長くない気持ちがあり、大変あはれに思われる。汝の父に、似ることなかれ、と、さぞかし、諌めたくなる思いだったことだろう。





「この事の心知れる人、女房の中にもあらむかし。知らぬこそ妬けれ。をこなりと見るらむ」と安からず思せど、「わが御咎ある事はあへなむ。二つ言はむには女の御ためこそ、いとほしけれ」など思して、色にもいだし給はず。




この事実を知っている者は、女房の中にもいるだろう。それが誰なのか分らないのが、しゃくだ。私のことを、ばか者と思っていることだろう。と、気がかりに思う。が、自分の罪になるのは、我慢ができるが、二人の問題にすれば、女のほうが、可哀相だ。などと、思われる。顔色にも出さずにいる。

源氏の心境である。







posted by 天山 at 06:35| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

もののあわれについて772

いと何心なう物語りして笑ひ給へる目見口つきの美しきも、「心知らざらむ人はいかがあらむ。なほいとよく似通ひたりけり」と見給ふに、「親達の、「子だにあれかし」と泣い給ふらむにも、え見せず、人知れず、はかなき形見ばかりをとどめ置きて、さばかり思ひ上がり、およずけたりし身を、心もて失ひつるよ」と、あはれに惜しければ、めざましと思ふ心もひきかへし、うち泣かれ給ひぬ。




本当に、無邪気に、何かを言う、目つき、口つきが、可愛らしいのも、何もしならない人は、どう思うだろう。矢張り、よく似ている。と、源氏は、御覧になる。両親が、せめて子供だけでも、残していてくれたら、と泣いていられるのに、その両親にも見せてあげられず、誰にも知られず、儚い形見だけを残して、あれほど、気位高い大人だった身を、自分で殺してしまったことだ、と、可哀相に、惜しいので、けしからんという気持ちも、打って変わって、つい、涙がこぼれるのだった。




人々すべり隠れたる程に、宮の御もとに寄り給ひて、源氏「この人をば、いかが見給ふや。かかる人を捨てて背きはて給ひぬべき世にありける。あな心憂」とおどろかし聞え給へば、顔うち赤めておはす。

源氏
誰が世にか 種は蒔きしと 人問はば いかが岩根の 松は答へむ

あはれなり」など忍びて聞え給ふに、御いらへも無うて、ひれふし給へり。ことわりと思せば、しひても聞え給はず。「いかに思すらむ。もの深うなどはおはせねど、いかでかはただには」と推し量り聞え給ふも、いと心苦しうなむ。




女房たちが、静かに席をはずした後、宮のお傍に寄り、源氏は、この子を、どう思うか。こんな人を後にして、出家されてもよいものか。ああ、情けない。と、申し上げると、顔を赤くして、いられる。
源氏
いつの時に、種を蒔いたのだと、聞かれたら、どのように、答えましょう。

可哀相に、などと、小声で申し上げると、ひれ伏してしまった。無理もないと思うので、それ以上は、申し上げない。どういうお気持ちだろう。深く考えるお方ではないが、まさか平気では、と、ご推察されると、気の毒になる。

あはれなり
複雑に込み入った、感情である。




大将の君は、「かの心にあまりてほのめかしいでたりしを、いかなることにかありけむ、少し物おぼえたる様ならましかば、さばかりうち出でそめたりしに、いとよう気色は見てましを、言ふかひ無きとぢめにて、折り悪しう、いぶせくて、あはれにもありしかな」と面影忘れ難うて、兄弟の君達よりも、しひて悲しとおぼえ給ひけり。女宮の、かく世を背き給へる有様、「おどろおどろしき御悩にもあらで、すがやかに思し立ちける程よ。また、さりとも、許し聞え給ふべき事かは。二条の上のさばかり限りにて、泣く泣く申し給ふと聞きしをば、いみじき事に思して、ついにかくかけとどめ奉り給へるものを」など取り集めて思ひくだくに、「なほ昔より絶えず見ゆる心ばへ、え忍ばぬ折々ありきかし。いとようもてしづめたる上べは、人よりけに用意あり、のどかに、何事を、この人の心の内に思ふらむ、と見る人も苦しきまでありしかど、少し弱き所つきて、なよび過ぎたりしけぞかし。いみじうとも、さるまじき事に心を乱りて、かくしも身にかふべき事にやはありける。人の為にもいとほしう、我が身はいたづらにやなすべき。さるべき昔の契と言ひながら、いと軽々しう、あぢきなき事なりかんし」など、心一つに思へど、女君にだに、聞えいで給はず。さるべきついで無くて、院にもまだ、え申し給はざりけり。さるは、かかることをなむかすめしと申しいでて、御気色も見まほしかりけり。




大将の君は、柏木が、思い余って、ちらっと、口にした、事は、一体どういうことなのか。もし、正気の時ならば、あれだけ言い出したことだから、十分に様子を見るところだが、話にもならない、臨終間際で、折り悪く、気が揉めて、可哀相な事だった。と、あの時の顔がちらついて、兄弟の殿方よりも、強く悲しいことだと、思われた。
女宮が、このように、入道された様子、大した御病気でもなく、すっぱりと決心されたとは。また、そうではあっても、お許しになるはずのことか。
二条の上が、あれほど、最期の様で、泣く泣く申し上げたと聞いたが、とんでもないことと、思いになって、とうとう、今のように、お引き留めなさったのに。など、あれこれと、思案をされる。
と、矢張り、昔から、思いが切れずにいた気持ちの、隠しきれない時も、色々あったのだ。大変落ち着いているうわべは、誰よりも、ずっと思慮があり、沈着で、どんな事を、この人は、心の中で、考えていたのかと、会う人も気になるほどだった。少し意思の弱いところがあり、柔らか過ぎたせいだ。どんなに思ったとしても、してはならないことに、心を乱して、あのように、命と引き換えにしてしまうことがあるものか。相手のためにも、済まないことだ。我が身を、粗末にすることではないか。前世からの、約束事とはいえ、何とも、身分に相応しくない、つまらないことだ。などと、心の中では、思うが、女君にさえ、お話にならない。
適当な機会がなく、院にもまだ、申し上げずにいられる。もっとも、このようなことを、少しでも、申したと、申し出て、ご様子も見てみたい気持ちは、あった。




父おとど母北の方は、涙のいとま無く思し沈みて、はかなく過ぐる日数をも知り給はず、御わざの法服、御装束、なにくれのいそぎをも、君達、御方々、とりどりになむせさせ給ひける。経仏のおきて等も、右大弁の君せさせ給ふ。七日々々の御誦経などを、人の聞えおどろかすにも、父「我に、な聞かせそ。かくいみじと思ひ惑ふに、なかなか道さまたげにもこそ」とて、なきやうに思しほれたり。




父の大臣、母北の方は、涙のかれる暇なく、嘆きに沈んでいて、いつの間にか、過ぎて行く日数も、お分かりではなく、ご法要の法服や、御衣装、その他、何かの用意をも、弟の君達や、ご婦人方が、それぞれに、やられるのだ。
経や、仏像の指図なども、右大弁の君が、おやりになる。
七日七日の、御誦経などを、お耳に入れて、ご注意を促がしても、大臣は、私に、何も聞かせてくれるな。このように、悲しい思いで、途方に暮れている。かえって、往生の邪魔になるだろう。と、死んだ人のように、ぼんやりとしている。






posted by 天山 at 07:47| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

もののあわれについて773

一条の宮には、まして、おぼつかなうて別れ給ひにし恨みさへ添ひて、日ごろ経るままに、広き宮の内、人少なう心細げにて、したしく使ひ慣らし給ひし人は、なほ参り訪ひ聞ゆ。このみ給ひし鷹、馬など、その方のあづかりどもも、皆つくところ無う思ひうじて、かすかに出で入るを見給ふも、事にふれてあはれは尽きぬものになむありける。もて使ひ給ひし御調度ども、常に弾き給ひし琵琶、和琴などの緒も、取り放ちやつされて、音をたてぬも、いとうもれいたきわざなりや。




一条の宮では、それ以上に、対面もせずに、お別れになった、恨みまであり、日が経つにつれ、広々とした、御殿の中は、人が少なく、心細い感じで、親しくお使いになっていた者は、今も参上して、お見舞いを申し上げる。
好きだった、鷹、馬なども、その係りの者らも、皆、主人を亡くし、気抜けして、しょんぼりと、出入りするのを、御覧になり、何かにつけて、哀れは、尽きないものだった。いつもお使いになっていた、お道具、常に弾いていらした、琵琶、和琴など、弦も外したまま、構われず、音を立てないのも、淋しいお話です。




御前の木立、いたうけぶりて、花は時を忘れぬ景色なるを眺めつつ、物悲しく、さぶらふ人々も、鈍色にやつれつつ、さびしうつれづれなる昼つ方、さき花やかに追ふ音して、ここに止まりぬる人あり。「あはれ、故殿の御気配とこそ、うち忘れては、思ひつれ」とて泣くもあり。大将殿のおはしたるなりけり。御消息、聞え入れ給へり。例の弁の君、宰相などのおはしたる、と思しつるを、いと恥づかしげに、清らなるもてなしにて、入り給へり。




お庭の木々が、すっかり芽を吹いて、花だけは、時節を忘れない姿であるのを、眺めつつ、何やら淋しく、お仕えしている、女房達が、喪服をまとって寂しく、する事もない、ある昼頃、先払いを、花やかにする音がして、この門前に止まった人がいる。
ああ、亡くなった殿のお出でかと、うっかり忘れて思いました。と、言って泣く女房もいる。大将殿が、お出でになったのである。ご案内を申し入れになった。
いつもの通り、弁の君か、宰相などがいらしたと思ったのであるが、恥ずかしくなるほど、綺麗なご様子で、お入りになった。




母屋の廂に御座よそひて入れ奉る。おしなべたるやうに、人々のあへしらひ聞えむは、かたじけなき様のし給へれば、御息所ぞ対面し給へる。夕霧「いみじき事を思ひ給へ嘆く心は、さるべき人々にも越えて侍れど、限りあれば、聞えさせやる方なうて、世の常になり侍りにけり。今はの程にも、宣ひ置くこと侍りしかば、おろかならずなむ、誰ものどめ難き世なれど、おくれ先立つ程のけぢめには、思ひ給へ及ばむに従ひて、深き心の程をも御覧ぜられにしがなとなむ。神わざ等の繁き頃ほひ、私の心ざしにまかせて、つくづくと籠りい侍らむも、例ならぬ事なりければ、立ちながらはた、なかなかに飽かず思ひ給へらるべうてなむ、日頃を過ぐし侍りにける。大臣などの心を乱り給ふ様、見聞き侍るにつけても、親子の道の闇をばさるものにて、かかる御仲らひの、深く思ひとどめ給ひけむ程を、推し量り聞えさするに、いと尽きせずなむ」とて、しばしばおし拭ひ、鼻うちかみ給ふ。あざやかに気高きものから、なつかしうなまめいたり。




母屋の廂の間に、御座所をしつらえて、お入れ申し上げる。
普通の方のように、女房たちが、お相手申し上げるには、恐れ多いお姿でいられる。御息所が対面された。
夕霧は、ご不幸を嘆く気持ちは、お身内の方々以上でございますが、決まりがございますから、お訪ねする方法もなく、世間通りになりました。ご臨終の際にも、言い残された事がございましたので、並大抵とは、思っておりません。誰でも、安心していられぬ人生ですが、生き死の境目までは、気のつく限りは、深い心の中をも、御覧頂きたいものと思います。神事などの多いこの頃、自分の気持ちに任せ、勤務を捨てて、家に閉じこもっていまして、例のないことですので、立ち話だけでは、これまた、かえって、飽き足らない気がいたしましょう。それで、今日になってしまいました。父大臣などが、心を収められずにおいでのご様子を、見聞きしますにつけて、親子の情愛は、当然のことですが、ご夫婦の間では、深く心残りがあったと、推し量りもうしあげます。何とも、ご同情に堪えません。と、しばしば、涙を拭いて、鼻をかむ。際立って気高い一方で、親しみが感じられ、優雅である。

なつかしうなまめいたり
大和言葉の、美しさが極まる、言葉である。




御息所も、鼻声になり給ひて、「あはれなる事は、その常なき世のさがにこそは。いみじとても、また類なき事にやは、と、年積もりぬる人は、しひて心強う、さまし侍るを、さらに思し入りたる様の、いとゆゆしきまで、しばしも立ち遅れ給ふまじきやうに見え侍れば、すべていと心憂かりける身の、今まで長らへ侍りて、かく方々に、はかなき世の末のありさまを、見給へ過ぐすべきにやと、いとしづ心なくなむ。おのづから、近き御仲らひにて、聞き及ばせ給ふやうも侍りけむ。はじめつ方より、をさをさ受けひき聞えざりし御事を、大臣の御心心向も心苦しう、院にも、よろしきやうに思し許いたる御気色などのはべしかば、さらば、みづからの心おきての及ばぬなりけりと思ひ給へなしてなむ、見奉りつるを、かく夢のやうなる事を見給ふるに、思ひ給へ合はすれば、みづからの心の程なむ、同じうは、強うもあらがひ聞えましをと、思ひ侍るに、なほいと悔しう、それはかやうにしも思ひより侍らざりきかし。




御息所も、鼻声になり、悲しいことは、その常ない人生の決まりでございましょう。どんなに酷くても、他に例のないことではないと、年のいった私は、しいて、心強く、諦めて、おりますが、まるで、塞ぎこんでいる、宮さまのご様子が、全く心配なほど、すぐにも、後を追いかけなさりそうに、見えますので、何もかも、不運であった私が、今まで、生き長らえまして、このように、あちらこちらの、無常の、世の末の姿を見て、過ごしていることかと、まことに、落ち着かない気持ちです。自然に、親しいお友達ゆえ、お聞き及びのことと、存じますが、初めのころから、このご縁組、まずは、不賛成でございました。ですが、大臣のご意向も、ねんごろに、院におかせられても、悪くないと、お認めされたご様子でしたので、それでは、私の考えが、至らなかったのだと、思いなおし、ご結婚させ申したのですが、このように、夢のようなことを目にして、考え合わせますと、自分の気持ちを、どうせ同じことなら、強く押し通すのだったと、思いますが、今になっては、残念です。それに、こんなことになど、なろうとは、思いもよりませんでした。

いとゆゆしきまで
すぐに死ぬかと思うほどに・・・

posted by 天山 at 07:09| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

もののあわれについて774

御子達は、おぼろけの事ならで、あしくもよくも、かやうに世づき給ふ事は、え心憎からぬ事なり、と古めき心には思ひ侍りしを、いづかたにもよらず、なかぞらには、なかぞらに憂き御宿世なりければ、なにかは、かかるついでに、けぶりにも紛れ給ひなむは、この御身の為の人聞きなどは、ことに口惜しかるまじけれど、さりとても、しかすくよかに、え思ひしづむまじう、悲しう見奉り侍るに、いと嬉しう、浅からぬ御とぶらひの度々になり侍るめるを、ありがたうも、と聞え侍るも、さらばかの御契りありけるにこそは、と、思ふやうにしも見えざりし御心ばへなれど、今はとて、これかれに付けおき給ひける御遺言のあはれなるになむ、うきにも嬉しき世はまじり侍りける」とて、いといたう泣い給ふけはひなり。




内親王方は、並大抵のことでは、良かれ悪しかれ、ご結婚されることは、感心しないと、古い私は、考えておりましたが、どっちつかずに、終わる不運な、お方だったのですから、構わぬ、こういうついでに、お後をお慕いになったとしても、この御身にとっては、外聞など、特に気にしないでもよいでしょう。でも、だからと言って、そうあっさりと、諦めることもできず、悲しく存じ上げておりますが、嬉しいことに、ねんごろなお見舞いを重ねていただきましたそうで、ありがたいことと、お礼を申し上げます。それでは、あのお方との、お約束があったからで、期待通りとは、申せないお方ではありましたが、最期の時に、誰かに、お残しになった御遺言が、身にしみまして、辛い中にも、嬉しいことは、あるものでございました。と、たいそう激しく、泣くのである。

御遺言のあはれなるになむ
遺言が、身に沁みる・・・
感情の最高表現として、あはれ、を使う。




大将も、とみにえためらひ給はず、「あやしう、いとこよなくおよずけ給へりし人の、かかるべうてや、この二三年のこなたなむ、いたうしめりて、物心細げに見え給ひしかば、あまり世のことわりを思ひ知り、物深うなりぬる人の、澄み過ぎて、かかるためし、心うつくしからず、かへりては、あざやかなる方の多く薄らぐものなり、となむ、常に、はかばかしからぬ心に、いさめ聞えしかば、心浅しと思ひ給へりし。よろづよりも、人にさまりて、げにかの思し嘆くらむ御心の内の、かたじけなけれど、いと心苦しうも侍るかな」など、なつかしうこまやかに聞え給ひて、やや程へてぞ出で給ふ。




大将も、すぐに涙を止められず、どうした訳か、実に、落ち着いていらした方が、このようになる運命だったのでしょうか。この二、三年というものは、酷く落ち込み、何か心細い感じに見られました。あまり、人の世の意味が、分り、考え深くなった人は、悟り過ぎて、このようになることで、人情をなくし、かえって、テキパキしたところが、たいてい弱くなるものだと、いつも、馬鹿な私ゆえに、おいさめ申したのですが、考えが浅いと思っていたようです。何よりも、お言葉通り、誰よりも、このことを、嘆いていらっしゃる宮さまの、お心の内が、勿体無いことでこざいます。誠に、お気の毒でございます。などと、優しく、心から、申し上げされて、少しばかり、長居して、お帰りになる。




かの君は、五六年のほどのこのかみなりしかど、なほいと若やかになまめき、あいだれてものし給ひし。これはいとすくよかに重々しく、雄雄しき気配して、顔のみぞ、いと若う清らなること、人にすぐれ給へる。若き人々は、もの悲しさも、少し紛れて、見いだし奉る。御前近き桜のいとおもしろきを、「今年ばかりは」とうちおぼゆるも、いまいましき筋なれば、夕霧「あひ見むことは」と口ずさびて、

夕霧
時しあれば 変はらぬ色に にほひけり 片枝枯れにし 宿の桜も

わざとならず、誦じなして、立ち給ふに、いととう、

御息所
この春は 柳の芽にぞ 玉はぬく 咲き散る花の 行くへ知らねば

と聞え給ふ。いと深き由にはあらねど、今めかしう、かどありとは言はれ給ひし更衣なりけり。げにめやすき程の用意なめり、と見給ふ。




あの方は、五、六歳年上だったが、それでも、酷く若々しく、美しく、人懐っこいところがありました。こちらは、生真面目に落ち着いていて、男性的なところがあり、それでも、顔だけは、大変若く、綺麗なことは、誰よりも、優れていらした。若い女房達は、悲しい気持ちも、少し和らいで、お見送りに申し上げる。庭先の桜が、とても美しく咲いているのを、夕霧は、今年ばかりは、墨色に咲け、と、思われるが、縁起でもないことと、夕霧
「再び、会うのは、命次第」と口にされて、

夕霧
時が来て、変らぬ色に咲きました。片枝は、枯れてしまった、この桜も。

わざとではないように、吟じて、立っていらっしゃると、すぐに、

御息所
今年の春は、柳の芽に、霞の玉が貫くようです。咲いて、すぐ散ってしまった花の行方を、知らないものですから。

と、申し上げる。別に深い情緒があるわけではないが、現代風で、才能があると、言われていた更衣である。なるほど、タイミングのよい、お心構えのお方だと、夕霧は、思う。




致任の大臣にやがて参り給へれば、君達あまたものし給ひけり。大臣「こなたに入らせ給へ」とあれば、おとどの御出居の方に入り給へり。ためらひて対面し給へり。ふりがたう清げなる御かたち、いたう痩せ衰へて、御髭なども、取繕ひ給はねば、しげりて、親の孝よりもけにやつれ給へり。見奉り給ふより、いと忍び難ければ、あまりにおさまらず乱れ落つる涙こそ、はしたなければ、と思へば、せめてぞもて隠し給ふ。おとども、とりわきて御仲よくものし給ひしを、と見給ふに、ただふりにふり落ちて、えとどめ給はず、尽きせぬ御事どもを、聞えかはし給ふ。




ちじの大臣邸に、そこからお伺いになったところ、お子様方が、大勢いらした。
大臣は、こちらへ、お入りあそばせ。と言うので、大臣の客座敷に、お入りになった。悲しみを抑えて、対面された。いつも変らず綺麗なお顔が、すっかりと、痩せ衰えて、お髭なども、お手入れされないので、いっぱいに生えて、親の喪に服した時よりも、やつれていらした。お顔を御覧になると、すぐに、堪えきれずに、だらしなさ過ぎるほどに乱れ落ちる涙を、みっともないと思い、無理に隠される。大臣も、特別仲が良かったものにと、思いになると、涙がはらはらと落ちるばかりで、留めることが出来ない。いつまでも、終わることの無い、悲しみを、お話し合いされるのである。

両者共に、涙に暮れている様である。
柏木と夕霧は、特別に、仲が良かったのである。



posted by 天山 at 07:27| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

もののあわれについて775

一条の宮に詣でたりつるありさまなど聞え給ふ。いとどしう春雨かと見ゆるまで、軒の雫に異ならず、濡らし添へ給ふ。畳紙に、かの「柳の芽にぞ」とありつるを、書い給へるを、奉り給へば、大臣「目も見えずや」と押し絞りつつ見給ふ。うちそみつつぞ見給ふ御様、例は、心強うあざやかに、誇りかなる御気色、名残なく、人わろし。さるは殊なることなかめれど、この「玉はぬく」とある筋の、げに、と思さるるに心乱れて、久しうえためらひ給はず。大臣「君の御母君のかくれ給へりし秋なむ、世に悲しき事のきはには覚え侍りしを、女は限りあいりて、見る人少なう、とあることもかかることも、あらはならねば、悲しびも隠ろへてなむありれね。はかばかしからねど、おほやけも捨て給はず、やうやう人となり、官位につけて、あひ頼む人々おのづから次々に多うなりなどして、驚き口惜しがるも、類にふれてあるべし。かう深き思ひは、その大方の世のおぼえも、官位も思はえず、ただことなる事なかりしみづからの有様のみこそ、たへ難く恋しかりけれ。なにばかりの事にてか、思ひさますべからむ」と空を仰ぎてながめ給ふ。




一条の宮に、お伺いされた時のことなどを、申し上げる。益々、春雨かと思われるまで、軒の雫にかわらないほど、更に涙を流される。
畳紙に、あの「柳の芽にぞ」とあったのを、お書きになっているのを、差し上げると、大臣は、目も見えません。と無理に、目を押し開けて、御覧になる。泣き顔をして、御覧になるそのお姿は、いつもは、気強くて、はっきりしていて、自信たっぷりのご様子が、今は、跡形もなく、みっともない。
実のところは、特に良い歌でもないが、この「玉がぬく」とあるのが、いかにもと、思われるので、心がおさまらず、長い間、涙を、抑えることが出来ずにいらっしゃる。
大臣は、あなたのお母様がお亡くなりになった、秋が、何もかもはっきりしないものですから、悲しみも、人に知られずにすみました。大した者ではないけれど、主上も、お捨てにならず、次第に一人前になり、官位の関係では、互いに頼りとし合う者も、いつしか多くなりまして、あれの死を、驚き、残念がる者も、色々な関係でいることでしょう。このように、深く嘆きますのは、その世間一般の評判や、官位のことを考えるのでもなく、ただ、これといって、欠点の無かった、柏木の様子が、堪えきれない程、恋しいのです。一体、どうしたら、この悲しみを、和らげることができましょう。と空を仰いで、物思いに耽っていられる。




夕暮れの雲の気色、鈍色に霞て、花の散りたる梢どもをも、今日と、目とどめ給ふ。この御畳紙に、

大臣
木の下の 雫に濡れて 逆さまに 霞の衣 着たる春かな

大将の君
なき人も 思はざりけむ 打捨てて 夕の霞 君着たれとは

弁の君、

恨めしや 霞の衣 たれ着よと 春よりさきに 花の散りけむ

御わざなど、世の常ならず、いかめしうなむありける。大将殿の北の方をばさるものにて、殿は心ことに、誦経などもあはれに深き心ばへを加へ給ふ。




夕暮れの、空の様子は、灰色に霞んで、花が散った木々の梢にも、今日初めて、目をとめた。この御畳紙に、

大臣
子どものために、涙に濡れて、いつもとは逆に、喪服を着て過ごす春。

夕霧
亡くなった人も、思いもしなかったことでしょう。あなたを後に残し、喪服を着ていただこうとは。

弁の君
恨めしいこと。黒染めの衣を着せるつもりで、春が来る前に、散っていった。

ご法要なども、世間並みではなく、立派にされる。大将殿の北の方は、勿論のこと、対象は、特別に、読経なども、手厚く、趣向をこらしてなさるのである。




かの一条の宮にも、常に訪ひ聞え給ふ。卯月ばかりの空は、そこはかとなう心地よげに、一つ色なる四方の梢もをかしう見えわたるを、もの思ふ宿は、よろづの事につけて、静かに心細う、暮らしかね給ふに、例の、渡り給へり。庭もやうやう青みいづる若草見えわたり、ここかしこの砂薄きものの隠れの方にも、蓬も所得顔なり。前栽に心入れて繕ひしも、心にまかせて繁り合ひ、一むらすすきもしげに広ごりて、虫の音添へむ秋、思ひやらるるより、いとものあはれに露けくて、分け入り給ふ。伊予簾かけわたして、鈍色の几帳の衣かへしたる透影、涼しげに見えて、よき童の、細やかににばめるかざみの褄、頭つきなど、ほの見えたる、をかしけれど、なほ目驚かるる色なりかし。




あの、一条の宮にも、いつもお見舞い申し上げる。
四月の頃の空は、どことなく、気持ちよく、一面に、新緑の梢が美しく見渡されるが、悲しみに沈んでいる家は、例に付けて、静かで、心細く、日々を暮らしかねていらっしゃる。いつものように、お出でになった。
庭にも、次第に青い芽を出している、若草が一面に見られ、あちこちの砂が、薄くなった物影に、蓬も、我が物顔に繁っている。前栽に、いつも気をつけて、手入れをされていたのも、今は、勝手に繁って、一むらのすすきが、元気よく広がって、虫の音の聞える秋が、思いやられ、身に迫る悲しみに、涙を催し、露の中をかき分けて、お入りになる。
伊予簾を一面に、かけてあり、鈍色の、几帳ごしに、更衣をした人々の影が、涼しげに見える。結構な女童の、濃い鈍色の、かざみの裾や、頭の形などが、ちらちら見えているのも、美しいが、矢張り、驚く色であった。

いとものあはれに露けくて
前後の文から、様々に推測できる、あはれの風景である。




今日はすの子に居給へれば、しとねさし出でたり。いと軽らかなる御座なりとて、例の御息所おどろかし聞ゆれど、このごろ悩ましとて、寄り臥し給へり。とかく聞こえ紛わはす程、御前の木立ども、思ふ事なげなる気色を見給ふも、いとものあはれなり。




今日は、すの子にお座りになったので、褥を、簾中から差し出した。
まことに、ご身分に相応しくない、御座所です、と、いつものように、女房達が、御息所にお出ましを願うが、このところ、ご気分がすぐれず、休んでいられた。女房達が、あれこれと、お話を申し上げて、間を持たせている間、庭先の木立の、思うがままに、繁っている様子を御覧になると、それも、悲しみの種となるばかりである。

いとものあはれなり
矢張り、前後の文により、あはれの風景が、広がって行く。











posted by 天山 at 06:13| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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