2015年10月29日

打倒・韓国38

さて、もう一度、韓国人の根本的問題に戻る。

韓国人の、朴氏が書く。
韓国は、悪臭を発する中国文化――とくに儒教によって、どれほどまで毒されてしまったことだろうか。それで、韓国人は中国人を「垢奴」(テノム)と呼んで蔑む。垢にまみれた不潔な人々と言う意味である。

上記は、一体どういうことか・・・
日本では、孔子の儒教とは、実に、貴い教え、教養として教えられた。
論語などは、今でも、多くのフアンがいて、更に、著名人も、それについての解説を書くほどである。

だが、不思議なことに、中国共産党は、その孔子も、儒教も否定して成り立った。
現在、日本に帰化した、中国人であった、石平氏が、本当の儒教は、日本にあると言う。

簡単に言えば、儒教の精神を日本は学び、その他の歪なものは、一切関与しなかったのである。
日本の流儀に従い、日本流の儒教を確立したと言えばいい。

古代の外来文化は、日本の場合、まず皇室に入る。
そこで、吟味され、咀嚼されて、日本流になり、そして、国民に伝えられる。
文化センターの皇室の役割は、凄いものだと、思う。

韓国での中国人のイメージといったら、貪欲であるとか、人をなかなか信用せずに用心深い、とかいったものだ。それなのに韓国人は、今日にいたるまで、中国文化のクビキから抜け出せないでいる。


韓国は高麗、李朝時代を通じて、政治、社会制度から学問、生活習慣まで、中国を完全に模倣しようと努めた。韓国は、中国文化の優等生だった。韓国人は、古代には独自の名前を持っていたが、新羅時代に入ってから後に、中国名を名乗るようになった。


更に、
李朝朝鮮は、中国の完全無欠なコピーであることを誇って「小中華」と称したものだった。何と不運なことだったか! そこで中華思想、科挙制度、中央集権から、ごていねいなことに宦官まで真似をしてしまった。中華思想は、中国が丸い天に囲まれた方形をした世界の中心にあって、中国が世界でもっとも完成された国家であり、中国文化がもっとも優れているという独善的で、思い上がったものである。


と、いうことで、日本にも、多くの中国文化が、隋の頃から渡来したが・・・
宦官や、纏足などは、決して真似をしなかった。

ここが、韓国、朝鮮と違うところである。

現在の韓国は、すべてが、オリジナルだと、声高に言うが、残念ながら、朝鮮には、誇るべきものが無いのである。

中華思想は、現在の中国にも存在する。
それを、共産党独裁政権が言うから、おかしなことになる。

さて、朴氏は、徹底的に、中国人について書いている。
中国人の顕著な特徴は、無秩序で、汚く、けたたましく、騒々しいことだ。まったく自己本位で、派閥を組んで争うことを好む。自制心を欠き、人の悪口ばかりいっている。ホラを吹く。対面ばかり重んじて、いたずらに誇り高い。協調精神を欠いていて、自分の過ちを認めようとしないーーといったものだ。
これらの特徴は、韓国人の性格のなかの悪い面をそのまま表している。国家よりも一族の利益を願い、官が腐敗していて、社会が賄賂漬けになっているところも、同じことである。


未だに、韓国社会は、賄賂漬けなのである。
これでは、真っ当にやっていられない。

ここで注意すべきことは、中国人とは、漢民族のことである。
チベット、ウイグル、南モンゴルの人たちのことではない。
また、台湾の人たちとも違う。

上記の人たちは、旅先でも、おなじみであり、様々な国から、顰蹙をかっている。
また、中国人排斥運動とは、中国共産党を主体とする、漢民族のことである。

韓国人が自国史の歴史認識について、もっとも忌み嫌うもののひとつは、中華帝国によって朝鮮の歴史が決められてきたという「他律史観」である。「事大主義」という言葉も、あまり好きではないようだ。これらの用語は、自国史の主体性にかかわるものだからだろう。史観とは関係なく、自律性が欠けていることを、ひたすら否定したがるのだ。
黄 文雄

千年以上に渡る、中華帝国との主従関係、君臣関係を、無理に、友好関係、同盟関係などと、ウソを言う。

中国の正史には、高句麗、新羅、百済の三国時代から、半島は、中国の冊封を受けたとある。
だが、実際には、完全に確立されていたわけではない。

黄氏は、自律性らしきものはあった。と、書く。

朝鮮半島が、中華帝国と宗属関係になったのは、676年にはじまる、統一新羅の時代からである。

唐の援助により、半島を統一出来たことにより、自ら「大唐国新羅群」と名乗って、卑下し、天朝への忠誠を誓ったのである。
以後、朝鮮は、中華帝国の、東方藩屏として、歴代王朝の興亡に、振り回された。

そして、次第に主体性を維持することができなくなり、やむをえず事大主義が民族性として定着、自律性を確立することができなくなったのだ。よって、新羅に助力して三国を統一させた唐が滅べば、新羅も滅ぶ。


半島の王朝は、大陸の王朝の興亡と連動しているということだ。

そこから、足が抜けなくなった朝鮮である。
勿論、時代によって、その強弱が違うのだが・・・

本格的に、中華の干渉を受けたのは、大明帝国時代の、李朝からである。
1392年、太祖李成桂が、「易姓革命」にて、高麗朝を簒奪したが、実権支配の獲得を、明の太祖に認知してもらうため、国家主権を、すべて明に売り渡した。

そして、属国となる。

つまり朝鮮半島の事大主義は、統一新羅の時代に唐の属国になったことからはじまり、元時代の内面指導を経て、李朝において身も心も属国意識に染まることで完成したのである。


実に、気の毒な、歴史である。
これ以上書いていいのかと、思わせるのだが・・・

打倒・韓国と、銘打った以上は、書く必要がある。





posted by 天山 at 07:17| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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