2015年09月22日

打倒・韓国28

ダレ神父の「朝鮮事情」には、両班のことが、詳しく書かれている。

その中で、
両班階級が貧しくなったのは、人口が途方も無く増えすぎたからだと言う。
彼らは、幼い頃から、科挙の準備以外に、仕事をしたことがない。生活の術を知らない。

官職が回ってこなければ、飢え死にする。
しかし、官職に就けるのは、わずか一握りである。
多くの者は、極貧に陥り、強奪や搾取で、生計を立てるしかない。

つまり、彼らの多くは、貧窮と奸計の中で、一生を終わる。
更に、両班は、貧しくても、いかなる労働にも従事しない。
労働を拒絶して、押し通すのである。

イギリス人のビジョップ夫人も、
両班はキセルですら自分で持たず、徹底して何もしないのが慣わしだった
と、言う。

両班の生活倫理からは、労働蔑視、労働拒否だけではなく、不労所得こそが最高の道徳だった。
孔子の教えである。儒教だ。
しかし、孔子も、それほど極端ではなかったはず。

さて、19世紀になると、地主である貴族、官僚は皆、ソウルに移り住んで、不在地主となった。
そのため、土地管理人を置いて、農地を管理した。

李朝後期の地方官僚は、宮内府の縁故者や、その買官者ばかりだったという。

実に、呆れる話である。

官僚たちは、一旦任官すると、買官費用を取り戻すため、賄賂などを課す。
これが、朝鮮の悲劇であった。

国王専制下の政治腐敗、特に、その側近である、宮内府高官たちの、乱脈ぶりが、朝鮮を徹底的に、堕落させた。

「牧民心書」に書かれている、李朝時代の農民が、官吏から受けた仕打ちは、文字通り「切骨の痛み」「骨髄を剥ぐ」という悲惨さである。

ところが、ここでも、韓国人の学者は、ウソを言う。
李朝時代の農民は、牧歌的な生活を送っていたが、日本の搾取、略奪により、土地を追われ、満州に渡った。
あるいは、日本に、強制連行された。

全く、妄想の域である。
それを、教えられる、韓国人の子供たち・・・
実に、不幸である。
そして、日本を恨み、憎む教育をしているのである。

実際は、全くその逆である。

このように、虐げられた、農民たち・・・
自然、農民たちも、その搾取、掠奪に愛想が尽きて、労働意欲を失う。
それが、また、朝鮮の不幸、悲劇である。

日本の、朝鮮総督府が、何をしたのか・・・
勤労愛好、自主独立、報恩感謝の、三つの目標を掲げて、農民たちを、覚醒させようとしたのである。

自主、自治、自律、自励の精神と、独立自尊の精神に基づいて、農業を振興させることとした。

更に、30年で、日本の内地の生活水準に追いつくとの、目標を定めて、計画を立てた。

1930年代の、農村振興運動である。
中でも、宇垣一成総督は、農民生活の実情を知るために、地方巡視の際に、村落に入り、自ら更正計画農家に足を止めた。
また、村長らの説明を聞き、農民を訪ね、激励した。
これは、歴代総督の中でも、前代未聞のことであった。

宇垣総督は、上からの一方的な指導ではなく、農民本位で、農民自身の意思と、意欲と共に、あくまでも、農民自身の自覚によって、改革を進めたいとの考えである。

宇垣総督のこの農村漁村運動は、総督をはじめ各地方官署、学校、金融組合、企業諸団体などの全統治機構を総動員した一大運動であった。それは、苦境にある個々の農家を対象とした指導、啓発運動であり、農民の経済更正の実現と日本内地並みの生活向上を推し進める社会建設運動でもあった。
黄 文雄

これは、植民地政策か・・・
全く違う。拓殖である。

更に、日本の農民の姿勢が、多くの種を蒔いた。

例えば、開国維新以後の、日本農民は、新しい土地を求めて、新大陸、台湾、朝鮮、満州などへ移住する。
そこは、悪戦苦闘の連続だった。
しかし、日本の農民は、日本人社会を作り、努力した。

そして、敗戦により、台湾、朝鮮、満州から敗退したが、日本人の持ち込んだ、新しい農業技術と農民精神は、開拓地に根付いて、それから、その現場の農民たちが、それを手本として、農業を復興させたのである。

さらに、日本人移住農民が行っていた養鶏、養豚、養蚕などの多角経営や、農事施設、農業指導、勧業奨励などは、かつて小作人からの収奪しか知らない人々にとっては驚くべき生産性であった。朝鮮人の習慣は、午前に働いて午後は寝て暮らす。明日は明日の風が吹く、といった快楽主義的なものであったのだ。
黄 文雄

雨や雪の日の労働を忌み嫌い、冬季になると室内に蟄居して無為徒食する。これほど働く意欲がないのは、儒家思相の勤労蔑視によるものが大きい。労働を蔑視する儒教思想は、李朝時代の両班によって際限なく体現された。農民は働いても働いても、地主から搾取されるだけとなった。さらに、干ばつの日常化という自然の不可抗力から、天意天命に対する諦観が生まれ、運命に身を委ねるその日暮らしの生活となったのである。
黄 文雄

ということで、これでは、国家など、成立するはずもない。
また、独立などというのは、夢のまた夢である。





posted by 天山 at 05:41| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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