2015年09月07日

打倒・韓国25

日韓併合の、1910年当時、朝鮮総督府は、李朝の腐敗政治の巣窟であった、宮廷内の、無為徒食の者たち、数千人を整理し、武断政治を断行する必要があった。

この日本による、宮廷の人員整理と、政治改革があったからこそ、朝鮮の王室は、悲劇にならずに済んだ。

韓国人は、ここでも、ウソを言う。
日本が、皇帝を廃止したと・・・

全く、逆である。
皇帝を廃止したのは、韓国人である。
大統領制にしたのは、誰か・・・

本来ならば、悲劇に見舞われていた、王室は、日本によって、守られたのである。

大韓帝国の皇帝だった高宗は、徳寿宮李太王と称され、日本の皇族の待遇を受けた。
更に、重臣や功労者たちは、華族として、叙爵された。
そして、国王と王室に、150万円の歳費と、皇室典範を与え、李完用総理をはじめ、侯爵
6名、伯爵3名、男爵45名など、76名に貴族の爵位を与えたのである。

高麗王朝と、その家臣たちの運命を比べてみるが、いい。
皆、虐殺である。

大韓帝国の皇帝にとって、それは、大変に幸運なものだった。

少しそれ以前の、状況を見ても分る。

例えば、朝鮮に駐在していた、清の官吏たちは、王室、重臣たちに対しても、実に横暴な指導、管理をしていたのである。

中でも、袁世凱による統治を見れば、清の朝廷から見れば、ただの家奴という、天子の支配下では、部下の部下である身分だ。

その、袁世凱が朝鮮を指導、監督する時は、高宗でも、唯々諾々と従うのである。
つまり、その他大勢も、その一声で、動くという。

彼が、清軍の幕僚として、朝鮮に進駐したのは、1882年、まだ、23歳である。
監督官として、権力をふるうのは、1885年、26歳の時からだ。

つまり、日清戦争の直後に朝鮮を去るまで、総督のように振舞い、政務に口を出した。
そして、彼の住居、馬車、身なりは、すべて国王と同じである。
宮中では、乗馬のままで、国王に謁見するという、傲慢さである。

更に、ミン妃と密通し、その妹を妾にし、傍若無人である。

これに、堪りかねた王室は、ロシアに連なることを望み、有事の際にロシアに保護を求めるという、韓露密約を1886年にするが、露見して、袁世凱は、国王廃止を、清の北洋大臣に提案すると言う。

清は、更に、それで朝鮮の管理指導を強化したのである。
袁世凱の独裁が続くことになる。

何故か・・・
袁世凱が、駐在した年、1882年に、清は李朝と「清国朝鮮商民水陸貿易章程」を結び、李朝は、清の属国として宗属関係を明記したのである。

また、清が、朝鮮で、貿易、営業をする場合の、特権も明記された。
つまり、言いなりである。

清は、日清戦争までの朝鮮政治と、経済外交を完全に握り、植民地統治を行っていたということである。

この袁世凱指導下のソウルは、悲惨な状態だった。
清軍の兵士、3000人が、市民を掠奪、暴行し、両班の家にも侵入して、女性を陵辱する。更に、女性たちは、強引に酒席で妓生、キーセンにされて、乱暴される。

ソウル市民は、この狼藉に、どうすることも出来なかったのである。

大に着くという、事大主義が、支配していた。

しかし、日清戦争で、世界一誇り高い清国の北洋艦隊が、日本に壊滅されると、兵士たちの狼藉が収まり、日本軍の清軍追放が、ソウル市民たちの、唯一の救いとなるのである。

日本によって、皇帝が無くなったという、ウソを韓国人が言うが・・・
1919年、3月から始まった、抗日独立運動、三・一運動後の朝鮮国王は、すでに韓国人の手により、棄てられていたのである。

国王の存在は、反日、抗日運動の主流に、淘汰され、嘲笑の対象として、自然と消滅してゆく運命だった。

何せ、国王、皇帝といえど、朝鮮、韓国人には、何の恩恵もないである。
国民のことなど、何ほどの事もない存在だった。

日本の天皇の存在とは、天地の差がある。

抗日運動各派は、社会主義や民主主義、民族主義の運動と抗争に夢中となり、1919年に上海で設立された亡命者たちの大韓民国臨時政府も大統領制となった。つまり、国王は反動的で、革命の対象となったのだ。こうして、戦後に分断国家となった韓国では、国王の存在さえも忘れられてしまった。
黄 文雄

それに、中国と同じように、前代が、後代によって、否定されるということが、当たり前で、それを実現するために、政治的な粛正と虐殺を、繰り返すのである。

こうして見て行くと、日本の歴史とは、まったく異質なもので、理解するのに、苦労する。

韓国人は、また、ウソを言う。
日韓併合により、朝鮮は、有史以来はじめて、亡国となったと。

かつて、中華帝国、北方雄邦の、属国になったことは、亡国ではないのか。

兎に角、この日本だけが、韓国人の反感の的なのである。
ちなみに、日韓併合により、朝鮮半島が、最も、安定した時代だったことは、事実である。

もし、中国、清などと、連携していたら・・・
その歴史を見れば、一目瞭然である。

日韓併合は、朝貢もなく、ただ、日本が朝鮮を救ったということである。






posted by 天山 at 06:06| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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