2015年08月31日

玉砕64

中隊は、ほどなくムロチャン付近の山麓で連隊にしばらくぶりに合流し、軍旗中隊となった。われわれは谷間に入り、なによりも先に、軍旗を安全に奉納するための壕と連隊長の壕をともに掘り上げた。そのあとで各自の壕と、さらに山上に陣地を構築する。

陣地構築がほぼ終わった三月二十七日、広瀬小隊に出動命令が出た。新しい任務はナヤチャン付近の平野部にある百一フィートの高地確保である。
われわれは中隊とわかれ、闇の中をときどき発射する英印軍の野砲弾の間をくぐりぬけ、北西方の敵前へと行軍をつづけた。広大な荒地の上を無言で足もとに注意してすすんだ。ムロチャンを目標に砲弾が頭上に飛んでゆき、背中に炸裂音を聞いた。壕は横穴まで完全に掘っていたし谷間だから、本部や中隊はなにも心配ないだろう。

101高地をめざして二時間ほど歩いたころ、われわれは湿地帯に踏み込んだ。軍靴が泥に吸い付き歩きにくい。このままでは、泥沼の真ん中で動きがとれなくなるのではと心配になった。
星明りに見ると、潅木や草の一メートル以上の高さのところに水位が上昇した跡がある。マユ河支流のここまでも海水の干満の影響があることを知った。

われわれは苦労のすえ、湿地を三百メートルも歩いてやっと川の渡し場にでた。そこに竹の束の筏があり、渡河は一度に七、八名ずつ行った。それでも竹の上に水が上がるので膝をつき、背嚢を負ったまま順に位置につく。対岸に渡してある鉄線をたぐりながら進むのだが、流れは急だ。
「動くな!」
と言うが、何回となく傾く。軍靴の底の鋲が水びたしの竹の上で滑り、つかまる物がないので身の危険を感じた。ちょうど川の中央に出たとき、左側が急に沈んだ。
「あっ!」
小斎兵長が背嚢を負ったままの姿で、濁流へほうりだされた。その後、一度頭を出し、「おおっ」と叫んだが、そのまま見えなくなった。下流に目をそそいだが、浮上する気配すらなかった。
どこかに流れ着き助かってくれるよう祈ったが、むなしい結果となり、小斎兵長はマユ河な消えた。

他の、ビルマ戦記を読んでも、多くの兵士が、川で流され、そのまま行方不明になる。
また、ワニに襲われて、命を失う。
更に、ビルマのジャングルでは、トラなどの猛獣に食われるなど・・・

敵との戦いだけではないのである。
自然との闘いでもある。

砲撃は日ごとに正確になり、炊事場付近も発見されたのか敵弾が落下しはじめた。携帯した少ない副食物も底をつき、バナナの茎の白い芯が最高のおかずになった。
五日目の昼ちかく、はげしい連続砲撃をうけ、各自、横穴に飛び込んだ。砲撃中に英印軍が進攻してくることも考えられるので、歩哨の任務をまっとうするため、双眼鏡をはなさず警戒をしなければならない。
「やられた!」
頂上部の声が、斜面壕のわれわれにも聞えた。歩哨だと直感した。
やがて交通壕づたいに助けられ運ばれてきた。砲撃のつづく中を壕から出て待ち、安全な場所へ寝かせた。運んできた分隊員は、ふたたび頂上へ駆け上っていった。
小隊長と私と同年兵の大谷三郎衛生兵で、負傷者の手当てをおこなう。みると同年兵の立原正則兵長だ。大腿部を砲弾の破片で貫通され、軍袴はやぶれて血に染まった。日ごろ大胆な立原だが、苦痛で顔をゆがませた。
「痛いか、立原」
「痛いなあ」
「貫通だから血が止まれば、だいじょうぶだからな」
「痛くてだめだ。ううっ、少しゆるめてくれ」
「がまんしろよ、立原」
大谷が大きな体で治療する。破傷風とガス懐疸の注射をし、ようすを見る。大谷も、
「出血したらだめだ。がまんしろよ」
どうしたら助けられるだろうか。衛生隊は近くにいない。まして、いまの容態では動かすこともできないだろう。潮の干満によっては退くこともできない。
容態がしだいに悪化していく、かなり出血していたのだ。輸血は不可能である。顔面蒼白となって、元気な髭面の面影がうすれ、
「残念だ、死にたくない・・・天皇陛下・・・万歳」
小さな声だった。
「立原あっ」
二回とは名を呼べない。みんな声がつまり、顔じゅう涙でぬれている。立原が死ぬのだろうか、ほんとうに死ぬとは思えない。信頼する数すくない同年兵の仲間でもある。脈をとっていた大谷が、
「終わりだ。とうとうだめだ!」
みんなで無言の敬礼をおこない、近くの低いところに墓穴を掘って埋葬した。彼の腕一本を、砲弾落下の合間にやっとの思いで荼毘に付した。三月三十一日が、立原正則の命日となった。

立原からは、以前、恋人があったという話を聞いていた。最後の言葉の、「死にたくない」の気持ちが、遠い日本の彼女にとどいたであろうか。もしかしたら、彼女の名前を呼ぶかわりに出たのかも知れない。
数多くの戦友が第一線から消え、散ってゆくなかで、母の名も恋人の名もださず、天皇陛下万歳を口にしたのは二、三名しか記憶にない。立原は完全な兵士であり、立派な軍人であった。

天皇陛下万歳という、兵士は、実に少ない。
その母を呼ぶ、妻を呼ぶ、恋人の名を呼ぶのである。
子供の名を呼ぶ兵士もいる。

戦場での、死は、ごく当たり前のことだったが・・・
その現場を繰り返すと、人の死に、麻痺してくる。
更に、自分が死ぬことも、麻痺するのである。

限界を超えた状態の中で、冷静に死を考えることは、出来ない。
だから、狂う兵士も出でくるのである。

更に、自決である。
戦場の極限状態に耐えられず、自決する。
絶望して、自決する。

人間を、極限状態に追い込む、戦場という場である。
一体、誰に、その追い込む権利があるのか・・・
人間を、そこまでに、追い込む権利は誰にも無い。

戦争を見る。
そこで、平和を考えることが出来る。
それでは、平和とは、何か・・・
戦争のないことである。

そして、平和は、人の心の中に、毅然として存在するものだ。
そこには、人間の命への尊厳がある。

更に、多種多様な考え方を、許容する寛大、寛容な心構えがある。
誰一人も、裁くことが無い、寛容さ、慈悲の心である。




posted by 天山 at 05:53| 玉砕2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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