2015年08月18日

打倒・韓国16

列強時代、朝鮮が清国の属国であったことは各国ともに承知していたことで、朝鮮外交をめぐる交渉は李朝朝廷ではなく清国を通して行われていた。朝鮮の国事や人事までも、清政府が決めていたからだ。たとえば、李朝政府がメルレンドルフを外務協弁(外交顧問)から解任するときには、清国の最高実力者であった李鴻章の承認を得ていた。その後任に、海開総税務司を兼任していたアメリカ人ヘンリー・メリルを送ったのも李鴻章である。
韓国は日本人がつくった 黄 文雄

1885年、イギリスが朝鮮半島南端の、巨文島を占領したときも、李朝には通告せず、イギリス駐在清国大使に連絡が入ったのである。
それも、李朝政府には、知らせることなく、占領を了承した。

これだけでも、十分に、属国であることが、証明される。

その翌年に、李朝国王が、有事の際に、ロシアに保護を求めようとして、ウエーバーに送った親書が、清国に発覚して、宗主国の代表として朝鮮に駐在していた袁世凱は、国王高宗を問い詰め、李鴻章に、国王退位の厳しい建言をしていたという。

当時から日本は、朝鮮を「自主の国」として主張していたが、清国の圧倒的存在感に押され、清国を宗主国と、認めざるを得なかった。

とても、中国と友好関係などとは、言えないのである。

さて、日本が、朝鮮の自主独立の近代国家へと変ることに期待して、明治維新のような、政治改革と国家改革を夢見た。

ところが、1875年、日本軍の戦艦が、演習中に朝鮮軍に砲撃された「江華島事件」の結果、朝鮮開国が行われると、日米英露などの列強が、朝鮮を中国の属邦とは、認めたがらなくなった。

更に、直接、朝鮮と密約や条約などを結び、外交関係を持つ国が出た。
当然、朝鮮を我が物としたい、欲求である。

そのため、清は、朝鮮管理を更に強化したのである。

それは、朝鮮の第三国への公使派遣は認めるが、「全権」の文字だけは、使用禁止で、次の「レイヤク三論」なるものを、強要したのである。

それを挙げると、
朝鮮公使は駐在国に赴任したら、必ず清国公使館に先報し、清国公使を経て相手国と折衝すること。
公私外交の席上、韓国公使は必ず清国公使の次席に座ること。
重要交渉がある時には清国に事前報告し、相手国に関係なく属邦体制を守ること。

まさに、属国である。

ところが、今も昔も、韓国は、コウモリ外交が得意なようで・・・

朝鮮政府は、清国の面子を重視するため、表面的には、この条約を順守しつつも、裏では約束を黙殺し、日米英露の力を利用しつつ、清国を牽制していたのである。

19世紀に入ってからの李朝は、清国から保護を強化されたり、高宗をロシア公使館に移して、クーデターで親露派政権を立てたり、日露戦争後は、日本に保護されたりと、そのときどきの権勢を見て、巧みに相手を変えていたのである。

が、それが、賢いと思うのが、朝鮮人の浅はかさ・・・
それが、見抜かれて、誰にも、相手にされなくなるのである。

清では、アヘン戦争後に、太平天国の乱、回乱という、二つの大きな内乱が起こった。

このような、内乱のなかで、ベトナムは、清仏戦争を経て、完全にフランスの手に落ちた。朝鮮半島を巡っては、日本、ロシアなどの勢力が介入して、それに危機感を抱いた清は、朝鮮の管理監督権を持つ、李鴻章を中心に、今後の処分について、議論が絶えなかった。

結果的に、新疆や台湾のように、朝鮮も、中国の属領から正式な領土にするため、朝鮮省を設立し、郡県制とする断行案を検討した。

そこで、清の総督は、朝鮮農民の反乱の鎮圧にかこつけて、韓王は、弱いゆえ、軍隊を派遣して、反乱を鎮圧するとの主張である。

日本、清、ロシアと、朝鮮獲得競争が、静かに進行した。

日本と、清の間では、朝鮮の指導と管理について、多くの議論がなされた。
その中でも、有名な「朝鮮善後六策」である。

その一つは、漢の四群建置の例に従い、朝鮮国王を廃し、その地を清の一省にする。
二は、朝鮮国王を存置するとしても、周の例に従い、監国を置く。
三は、有力なる軍隊を派遣して、その海港を清の監理の下に置く。
四は、朝鮮の内政革新を断行する。

これ以外にもあるが・・・
要するに、朝鮮側の、言い分が通らないのである。
つまり、中国の属国である。

この、清が、李朝国王を廃して、監国にする、つまり、属藩扱いにするという政策は、清以前の早い時期にもあった。
中国からすれば、朝鮮は、すでに漢の時代から、中国の一部なのである。

それも、最も格の低い立場である。

更に、驚くべき事に、朝鮮人も、属国であることに麻痺しているので、朝鮮省の設置を、「小中華」から「大中華」への昇格だと、喜び、中国を恨むどころか、恩恵と謝恩を感じていたということである。

中でも、中華かぶれの、両班たちは、願っても無い、恩寵なのであった。

中国とは、友好関係を・・・
などとは、開いた口が塞がらぬのである。

日本が、清に勝利して、朝鮮が、独立国家と相成ったこと、忘れるな。

ところが・・・
この朝鮮人、現在の韓国人も、日本の恩義に対して、何やら、おかしなことを、画策するのである。

千年属国根性は、今も変らず、属国根性剥き出しで、何やら、アメリカと中国の間を、行ったり来たりしている。

千年を経ても、その根性は、変らないようである。





posted by 天山 at 06:48| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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