2015年07月24日

打倒・韓国9

日本統治時代の朝鮮社会では、日本語の普及は、20パーセントにも、達していない。

同じく、統治していた台湾では、70パーセントだった。

そして、20パーセントの日本語使用者は、朝鮮語も放棄していない、バイリンガルな知識人たちである。
これは、日本統治時代の、教育水準が高いということである。

更に、朝鮮総督府は、学校をはじめとする日本人公職者に、朝鮮語学習を奨励していたのが、歴史の事実である。

両班時代以来、儒教思想の影響が濃い、朝鮮人は、自分では何もせず、すべて人任せであった。
そんな朝鮮人に対して、日本は、国語である日本語と、朝鮮語及び漢文を、並列で教えていた。

本来ならば、国語、日本語に重きを置くのであるが、日本は、そうしなかった。
受身な朝鮮人は、教育をそのまま受け入れたために、日本語習得のメリットも、朝鮮語習得による、民族文化の育成も、できたのである。

これは、感謝であろう。
統治された場合は、統治した国の言語を習うのである。

ただし、日本統治時代の朝鮮教育政策は、一貫していたものではない。
大日本帝国の盛衰と共に、変化した。

初期の教育は、手探りで、大正8年、1919年、原敬内閣時代から、「一視同仁」による、差別撤廃を唱え、内地と同様の教育を行っていた。

日中戦争開戦後の、南次郎総督時代になると、「皇民化運動」などを進めるようになる。
1938年からは、朝鮮教育令が、全面的に改正され、日本国内と、全く同じ教育をした。

その後も、国語として、日本語が使用奨励されたが、朝鮮語教育も、必須科目とはされていないが、禁止もされなかった。

日本語教育奨励が、朝鮮語使用禁止ではないのである。
理想的な、教育を行ったという、事実である。

このように、日本語を獲得した朝鮮人の中には、まだ言語として、体系化されていない朝鮮語を捨てて、日本語を常用しようと考える者たちも、出て来た。

詳しく述べることは、止めるが、日本語推進を主張する朝鮮人たちは、少なくなかったのである。

1939年、昭和14年、10月に結成された、朝鮮文人協会は、1942年に、その他の団体と合併して、朝鮮文人報国会と改称して、200余名の文筆家が、名を連ねた。
そこで、教義された結果が、国語、つまり日本語による、新しい作品を創り、朝鮮人の日本語による、詩歌を作ろうということになった。

ハングルは、朝鮮半島では、普及しておらず、日本語に比べて、国際性に欠けていた。このような、歴史背景にあったゆえに、国語である、日本語使用の合理性と妥当性を論じ、文学創作には、国語、日本語を使用せよ、と、唱える朝鮮人も、現れたのである。

更に、朝鮮語の全廃を、強く主張されたことがあった。
近代化を目指す上で、言語使用の問題を考え、自国語に対する深い反省の気持ちからくるものだろう。

もし、今、日本語を韓国が使用していれば、少なくとも、少しはマシな社会になっていただろう。

大半の途上国が、外国語を国語として、使用する事も、少なくないのである。

言葉は、民族の心である。
言葉により、人間は、色々なことを、定義し、観念して、考えるものである。

だから、全廃運動は、朝鮮語という、未熟な言語に留まるより、日本統治時代の、国語、日本語を常用しようとする運動は、正しかった。評価できる。

それ以後の韓国の、言葉を世界を俯瞰すると、驚くべき事が、行われた。
戦後である。

漢字の非効率性、非大衆性が叫ばれ、ハングル国語純化運動が進められた。
1948年、李承晩大統領が、「ハングル専用に関する法律」を制定し、漢字を順次廃止する路線をとった。

更に、55年、臨時漢字制限法令を発布し、漢字を1300字に制限した。
65年から、一切の公文の漢字使用を禁止した。

67年には、朴正キ大統領が、「漢字廃止五ヵ年計画」を指示し、70年以降は、総理大臣訓令で、漢字使用を前面禁止にした。

それまでの、公文書には、漢文が90パーセント、大韓民国の憲法にも、90パーセントの漢語が含まれていた。

同音異語の氾濫が起こり、抽象度の高い概念語の、理解力と利用率が低下した。
韓国の伝統的固有語を漢語で代用することを、積極的に行ったが、ハングル単用の推進者たちは、新しい代用漢語を創造することが出来ず、失敗した。

漢字文化も、伝統である。
それが、朝鮮由来でなくても、伝統として生きてきたものである。

このような、愚かなことを、平然とする、韓国人である。

あまりに問題が多く、金大中政権時代に、再び、漢字復活論が出た。
しかし、賛成する国民は、10パーセントという状態。

韓国の伝統文化と、ハングルは、関係が無いのである。
漢字、漢文、漢語をベースに、二千年に渡り創られたものが、伝統文化に当たるのだ。

その結果、言語伝達能力が低下し、韓国人は、世界でも読書率の低い国民となった。
日本統治時代から培った、高い教育水準も、教育と有名無実になってしまった。

漢字、漢文放棄が、どれほど韓国社会に混乱を招き、伝統文化を放棄するということが、どれほど、国にとって、マイナスなのかを、韓国人は知らないのである。

ハングルで表記できない言語はないと、言うが、それは、言語の知識が無いということである。
呆れる。
ハングルの欠点を、あげつらう事が、韓国人には、耐えられないだろうから、この辺で、止める。

ちなみに、日本は、すべての世界の言語を翻訳している、翻訳文化の、最高峰である。


posted by 天山 at 06:17| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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