2015年07月21日

打倒・韓国6

私たちの小学校には、校長を含めて五人の日本人教師と、四人の韓国人教師がいた。子どもたちの間では、だいたい日本人教師のほうが、韓国人教師よりも好かれていた。韓国の伝統的な儒教文化によるものだろうが、韓国人の教師は、とっつきにくかった。日本人教員のほうが、温和だったし、子どもたちに対して優しかった。韓国人教師は怒りっぽく、厳しかった。もっとも、当時は日本人教師も、韓国人教師も男の子を叱るときには、しばしば手をあげて体罰を加えた。

日本人教師は、おそらく日本人の児童に対するのとまったく変らない愛情を、私たちにそそいでくれた。また、日本人教師と韓国人教師が互いに仲間として親しくしていたことは、子どもたちにもよくわかった。

これが、逆だとしら・・・
実に、恐ろしいのである。

日本人教師が韓国の児童を慈しんだことは当時、小学校や、国民学校に通った多くの韓国人が今日でも、かつての恩師を慕っていることからも分ろう。・・・

その例を上げている。
大統領になった人でさえ、日本統治時代の小学校の恩師を、日本から招待して、青瓦台、大統領府で、もてなしている。

朴氏も、
今日までも、小、中学校当時の日本の恩師たちと、手紙の往復はもちろんのこと、師弟関係が昔と変わりなく結ばれている。
とのことだ。

韓国人が、友人の人は、よく言う。
個人的に付き合うと、とても良いのだが・・・
いざ、国の話しになると、豹変するという。

さて、日本統治時代の、教育である。

日韓併合前は、中国にならい、官使登用試験である、科挙制度が廃止され、教育機関としては、習字と、漢籍の素読を教える書堂が、約1万6000ほどで、学習児童は、14万人である。

それは、当時の人口の一パーセントである。

ところが、日本統治時代により、昭和18年には、就学率が、61パーセントに達し、昭和19年には、国民学校が、5213校、生徒数は、239万8000人あまりである。

ちなみに、同じく日本統治の台湾では、就学率が92,5パーセントに達している。
更に、台湾では、京城帝国大学が、1924年に創設されている。
台北帝国大学は、1928年である。

ところが、内地の大阪帝国大学は、1931年、昭和6年。
そして、名古屋帝国大学は、1939年、昭和14年である。

内地の大学より先に、台湾に作るという、心意気である。
何度も言うが・・・
植民地支配という言葉に、注意である。

欧米のそれと、同じ意味ではない。
白人は、ただ、奪うだけである。
日本は、与える、改革する、拓殖するのである。

韓国人は、ウソを言う。
日帝時代は、愚民化政策がとられ、多くの文盲を作り出した。
それは、全く逆であろう。

愚民化政策をとったのは、韓国、朝鮮自体である。

また、歴史に関して、韓国人たちは、妄想を積み上げているだけである。
真っ当に、歴史感覚を持ち得ないのである。
現在は、ハングル一本やりで、昔の書籍を読む力も無い。

日本統治時代より、今のほうが、愚民化していることは、間違いない。
そして、歴史の捏造である。
妄想と、捏造の歴史・・・
この韓国に未来は、あるのか。

テレビドラマで、韓流ドラマというものがあったが・・・
内容が皆無で、単なる、猿芝居だった。
つまり、言葉の世界が、貧弱なのである。
それは、文芸作品などにも言える。

日本のテレビでさえ、見ていたら、馬鹿になる。
それでは、韓国のテレビを見ていたら、アホになるだろう。

勿論、日本のテレビ局には、多くの在日が関わっているから・・・何ともいえないが・・・

言葉について出たので・・・
日本は、ハングルという、「大いなる文字の意」を普及させ、韓国独自の文化を保護し、近代教育をほどこしたのである。

自国の国語を捨てたのは、韓国自身である。

朝鮮半島が漢字に出会ったのは、漢初、または、漢の武帝が半島に「四群」を設置したといわれる時代からである。
だが、朝鮮半島には、漢字以前から、独自の古代語があった。

漢語と韓語は、全く異なるものである。
そのため、当初は、使いにくいものだったはずだ。
新羅時代は、はじめ漢字の音と訓を応用して、新羅語を表記した、文字「郷札」があった。

そして、統一新羅以後、新羅語、高麗語、朝鮮語に、次第に漢字が混じり、同時に中華帝国、唐の朝貢冊封体制に組み込まれてゆく。
新羅23代の法興王、30代の文武王などいう、シナ風の呼び方に変わっていった。

そして、現在では、あれほど先祖が大切だという韓国人は、皆々、シナの姓を名乗るという、不思議。

さて、ハングルである。
それが、つくられたのは、15世紀である。
しかし、朝鮮人は、いっそう漢字や儒教に傾倒し、それは、狂信ともいえる状態だった。
更に、ハングルを排斥したのである。

漢語が韓語の、八割を占めるのである。

その後、日本統治時代に、和語が入り、これにより、戦後いくら和語や和色の追放に躍起になっても、言語の世界では、漢語と和語がなければ、言語の自立、独立はありえなくなってしまったのである。

ところが・・・
つぎに続ける。


posted by 天山 at 06:51| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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