2015年07月06日

もののあわれについて760

柏木「人より先なりけるけぢめにや、とりわきて思ひならひたるを、今になほかなしく給ひて、しばしも見えぬをば苦しきものにし給へば、ここちのかく限りに覚ゆる折しも、見え奉らざらむ、罪ふかくいぶせかるべし。今はと頼みなく聞かせ給はば、いと忍びて渡り給ひて御覧ぜよ。必ずまた対面給はらむ。あやしくおろかなる本性にて、ことにふれておろかに思さるることありつらむこそ、くやしく侍れ。かかる命のほどを知らで、ゆくすえ長くのみ思ひ侍りけること」と、泣く泣く渡り給ひぬ。宮はとまり給ひて、いふ方なく思しこがれたり。




柏木は、長男であるせいか、第一に、いつも思ってくださるのを、今でも、矢張り可愛がってくださり、少しの間でも、顔を見せないのを、辛いとおっしるものですから、病気で、もう最後かと思われる、今の場合、お目にかかれないのは、罪が深く、気が塞ぐことでしょう。もう駄目だと、お聞きあそばしたら、人目を忍んで、お出でになり、お会い下さい。きっと、もう一度、お目にかかりましょう。何とも、ぐずで、馬鹿な生まれつきで、何かと、愛情が足りないと思ったこともあるでしょう。後悔します。こんな短い命とは知らず、将来、長く一緒に暮らせるものと、思っておりました。と、泣き泣き、お出になった。女宮は、お残りになって、言う言葉もなく、恋焦がれていらっしゃる。




大殿に待ち受け聞え給ひて、よろづにさわぎ給ふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御ここちのさまにもあらず、月ごろ物などをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだにふれ給はず。ただやうやうものにひき入るるやうに見え給ふ。




大臣邸では、待っていて、何かと大騒ぎである。実は、急に酷くなるという、病状ではなく、何ヶ月も、一向に、食事が進まなかったのが、更に、酷くなり、ほんの軽い蜜柑の類さえも、手を触れない。ただ、次第に、何かに引きずり込まれてゆくような状態である。




さる時の有職の、かくものし給へば、世のなか惜しみあたらしがりて、御とぶらひに参り給はぬ人なし。内よりも院よりも、御とぶらひしばしば聞えつつ、いみじく惜しみ思し召したるにも、いとどしき親たちの御心のみまどふ。六条の院にも、いとくちをしきわざなりと思しおどろきて、御とぶらひにたびたびねんごろに、ちち大臣にも聞え給ふ。大将は、ましていとよき御なかなれば、けぢかくものし給ひつつ、いみじく嘆きありき給ふ。




現代の、有職である方が、このようでいらっしゃるので、世間中が、残念がり、お見舞いに伺はない人はいないほどだ。御所からも、上皇からも、お見舞いが何度も参る。酷く惜しがっていらっしゃるのを見ても、一層酷い、ご両親のご心痛である。
六条の院、源氏も、大変残念なことと、驚きになり、お見舞いに、何度も何度も、心を込めて、父の大臣にも、申し上げる。
大将は、それ以上に、仲のよい間であるから、お傍にお出でになり、大変に嘆き、うろうろしている。




御賀は二十五日になりにけり。かかる時のやむごとなきかんだちめの、重くわづらひ給ふに、親はらからあまたの人々、さる高き御なからひの嘆きしをれ給へる頃ほひにて、ものすさまじきやうなれど、月々にとどこほりつる事だにあるを、さてやむまじき事なれば、いかでかは思しとどまらむ。女宮の御心のうちぞ、いとほしく思ひ聞えさせ給ふ。
例の五十寺の御誦経、またかのおはします御寺にも、まかびるさなの。




御賀は、二十五日になった。
こういう、現在権勢のある家の、上達部が、酷い病気なので、親兄弟、大勢の方々、そういう身分の高い方々同士が、涙にくれていらっしゃるときなので、賀の祝いをするのは、そぐわないようだが、何月は駄目、何月は駄目と、今になってしまったことも、困るというのに、今になったのも、困るのだが、このままなしにすることも、出来ない話しであり、どうして、中止出来よう。
女宮のお心の中を、気の毒と思い、申し上げる。
お決まりの、五十寺の御誦経、それから、あのお座りになっていらっしゃる、お寺でも、まかびるさなの、御誦経が。


若菜下を終わる。

とても、大変物語だ。
滅茶苦茶である。

ただ、語源、大和言葉の美しさは、実感する。

敬語の敬語・・・
更に、作者も、敬語で書き付ける。

いずれ、総括して、源氏物語を検証したいと、思う。


posted by 天山 at 05:45| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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