2015年06月24日

もののあわれについて758

源氏「ただかくのむ。事そぎたるさまに世人は浅く見るべきを、心えてものせらるるに、さればよとなむ、いとど思ひなられ侍る。大将は、おほやけがたは、やうやうおとなぶめれど、かうやうに情ひたるかたは、もとより染まぬにやあらむ、かの院、何事も心および給はぬ事はをさをさなきうちにも、楽のかたの事は御心とどめて、いとかしこく知りととのへ給へるを、さこそ思し捨てたるやうなれ、静かに聞しめしすまさむこと、今しもなむ心づかひせらるべき。かの大将ともろともに見入れて、舞のわらべはの用意心ばへ、よく加へ給へ。ものの師などいふものは、ただわが立てたることこそあれ、いと口惜しきものなり」など、いとなつかしく宣ひつくるを、うれしきものから、苦しくつつましくて、こと少なにて、この御まへをとく立ちなむと思へば、例のやうにこまやかにもあらで、やうやうすべり出でぬ。




源氏は、この通りだ。簡単なものだからと、世間では、不熱心だと言うと思うが、だが、君が分ってくれるので、思った通りだと、益々、その気になってきました。大将は、役所の仕事は、段々と一人前になってゆくようだが、こういう、風流なことには、生まれつき、不熱心なのだろうか。あちらの院は、何事にも通じてないこともないが、その中でも、特に音楽のことでは、熱心で、たいそう立派に、何もかも通じていらっしゃり、ご出家されても、音楽もお捨てになったようだが、静かに、お心を澄まして、お聞きになることだ。今こそ、かえって、気をつけなければならない。あの大将と一緒に、気を入れて、舞をする子供たちの用意、気配りを、よく注意してやって、下さい。師匠などという連中は、それぞれ専門とするところは、やるが、どうも、至らないところがある。など、大変に優しく、頼み込むので、嬉しく思うが、辛くて、身が縮む思いがする。口数少なく、この御前を早く立ち去りたいと思うので、いつものように、細々と申さず、次第に、御前から、すべり出た。




東の御殿にて、大将のつくろひいだし給ふ楽人舞人の装束の事など、またまたおこなひ加へ給ふ。あるべき限りいみじく尽くし給へるに、いとどくはしき心しらひ添ふも、げにこの道はいと深き人にぞものし給ふめる。




東の御殿で、大将が用意された、楽人舞人の装束などを、更に重ねて、注意されて、付け加える。出来るだけ、立派に、し尽くすのであるが、更に、行き届いた心遣いが、加わるのは、なるほど、この道には、まことに深い人でいらっしゃると見える。




今日はかかるこころみの日なれど、御かたがたもの見給はむに見どころなくはあらせじとて、かの御賀の日は、赤きしらつるばみに、葡萄染めの下襲を着るべし。今日は、青色にすはう襲、楽人三十人、今日はしら襲を着たる。辰巳の方の釣殿につづきたる廊を楽所にて、山の南の側より御まへに出づるほど、仙遊霞といふものあそびて、雪のただいささか散るに、春のとなり近く、梅のけしき見るかひありてほほえみたり。




今日は、こういう試楽の日であるが、御方々が、御覧になるのに、見る値があるように、本当の御賀の日には、赤い白つるばみに、葡萄染めの下襲を着るはずだから、今日は、青色に蘇芳襲で、楽人三十人は、今日は、白襲を着ている。
東南の町の、釣殿につづいている廊を、楽所として、山の南の方から、舞人が、御前に出てくる間、仙遊霞という音楽を奏する。雪がほんの少しちらつき、もう春が近づいて来て、梅の様子が、見映えして、ちらちらと咲き出している。




廂の御簾の内におはしませば、式部卿の宮、右の大臣ばかり候ひ給ひて、それより下の上達部はすのこに。わざとならぬ日のことにて、御あるじなど、けぢかきほどに仕うまつりなしたり。




廂の御簾の内に、源氏がおいであそばすので、式部卿の宮と、右大臣だけが、御簾の中においでで、それ以下の上達部は、すのこに。今日は、正式の日ではないので、ご馳走なども、お手軽なものを用意してある。




右の大殿の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿の宮の孫王の君達二人は万歳楽、まだいと小さきほどにて、いとらうたげなり。四人ながらいづれとなく、高き家の子にて、かたちをかしげに、かしづきいでたる、思ひしもやむごとなし。また、大将の御内侍のすけばらの二郎君、式部卿の宮の兵衛の督といひし、今は源中納言の御子わじやう、右の大殿の三郎君陵王、大将殿の太郎落そん、さては太平楽、喜春楽などいふ舞どもをなむ、同じ御なからひの君たち、おとなたちなど舞ひける。暮れゆけば、御簾あげさせ給ひて、ものの興まさるに、いとうつくしき御孫の君達のかたち姿にて、舞のさまも世に見えぬ手をつくして、御師どもも、おのおの手のかぎりを教へ聞えけるに、深きかどかどしさを加へて、めづらかに舞ひ給ふを、いづれをもいとらうたしと思す。おい給へる上達部たちは、みな涙おとし給ふ。式部卿の宮も、御孫を思して、御鼻の色づまくまでしほたれ給ふ。




右大臣の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿の宮の、お子様がたお二人で、万歳楽を舞う。まだ小さな子たちで、大変に可愛らしい。四人が、四人共に、揃って皆、身分の高い家の子息であり、器量も申し分なく、着飾られて出て来たのは、とても、高貴に見える。
その他、大将の御子で、典侍がお産みした二郎君、式部卿の宮の、兵衛の督といった方で、今は源中納言になっている方の御子は、皇じようを舞う。右大臣の三郎君は、陵王、大将の太郎君は、落そん、あるいは、太平楽、喜春楽などいう舞の、数々を同じ一族の、子供や大人たちが舞った。
夕方になると、源氏は、御簾を上げさせて、楽と舞の面白さが勝る上に、可愛らしい御孫の若様方が、面なしの姿で舞う様子も、他には見られない妙技を尽くし、師匠連中も、一人一人、技の限りを尽くして、教え差し上げた上に、優れた才能も加えて、立派に舞うのを、どの御子も、可愛らしいと思われる。
年を取った上達部たちは、誰も誰も、涙を流す。式部卿の宮も、御孫のことを思い、お鼻が色づくほどに、涙を流される。



posted by 天山 at 05:45| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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