2015年06月19日

もののあわれについて755

源氏「いと幼き御心ばへを見おき給ひて、いたくはうしろめたがり聞え給ふなりけり。と、思ひあはせ奉れば、今よりのちもよろづになむ。




源氏は、女三の宮に、子供っぽいあなたを、後に残しになり、それで、酷いことになるのだと、思い当たりますので、これから後も、何事も、お気をつけください。




かうまでもいかで聞えじと思へど、上の御心にそむくと聞し召すらむことの、やすからずいぶせきを、ここにだに聞え知らせでやはとてなむ。いたり少なく、ただ人の聞えなす方にのみ寄るべかめる御心には、「ただおろかに浅き」とのみ思し、また今はこよなくさだすぎにたる有様も、あなづらはしく目なれてのみ見なし給ふらむも、かたがたに口惜しくもうれたくも覚ゆるを、院のおはしまさむほどは、なほ心をさめて、かの思しおきてたるやうありけむ、さだすぎ人をも、おなじくなずらへ聞えて、いたくな軽め給ひそ。




これほどまでに、お話したくないのですが、院のお気持ちに、私が添わないと、お考えいただいては、気になって、憂うつですから、あなたにだけは、お分かりになって欲しいのです。お考えが十分でなく、人の申し上げるとおりに、思われるあなたゆえ、「大事にしない。薄情だ」とばかり思いで、その上、今では、すっかり老け込んでしまった私を、馬鹿みたいだ、いつも、面白くないと、思うでしょう。それもこれも、残念とも、情けないとも、思いますが、院が、ご在世の間は、矢張り我慢して、院のお考えもあったことでしょうから、この老人を、あちらと同じように、考えてくださって、酷く軽蔑は、されないように。




いにしへより本意深き道にも、たどりうすかるべき女がたにだに、みな思ひおくれつつ、いとぬること多かるを、みづからの心には、何ばかり思し迷ふべきにはあらねど、今はと捨て給ひけむ世の、後見におき給へる御心ばへの、あはれにあれしかりしを、ひきつづきあらそひ聞ゆるやうにて、同じさまに見捨て奉らむことの、あへなく思されむにつつみてなむ。




昔から、望んできた出家も、考えの十分なはずの、婦人方にさえ、どんどんと、先を越されて、のろまなこと多いのですが、院ご本人のお気持ちでは、どれほども、迷いなさるはずはないけれど、これを限りと、ご出家されたとき、後のお世話役に私を、決めてくださった御心のことが、見に沁みて、嬉しかったので、後を追う様に申すようにして、同じくあなたを、お見捨て申すのは、頼みがいがなく思いだろうと、差し控えたのです。



posted by 天山 at 06:19| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。