2015年06月18日

もののあわれについて754

衛門の督の御あづかりの宮なむ、その月には参り給ひける。太政大臣い立ちて、いかめしくこまやかに、もののさよら儀式をつくし給へりけり。督の君も、そのついでにぞ、思ひおこしていで給ひける。なほ悩ましく例ならず、やまひづきてのみ過ぐし給ふ。




衛門の督が、引き受けている宮さまが、その月に、御賀にお上がりになった。太政大臣が席のあたたまる暇もなく、堂々と、丁重に、美しく儀式らしく、考えられる限りのことを、された。督の君も、この御賀を機として、やっと元気を出して、人の中にお出になった。それでも、まだ気分は優れず、普通ではなく、病人らしいことで、日を過ごしている。

引き受けている宮さまは、女二の宮、である。




宮も、うちはへて、ものをつつましく、いとほしとのみ思し嘆くけにやあらむ、月おほくかさなり給ふままに、いと苦しげにおはしませば、院は心うしと思ひ聞え給ふかたこそあれ、いとらうたげにあえかなるさまして、かく悩みわたり給ふを、「いかにおはせむ」と嘆かしくて、さまざまに思し嘆く。




女三の宮は、引き続き、辛いことばかり思い嘆いているせいか、懐妊の月数が重なるにつれて、酷く苦しそうで、院は、嫌だと思いつつも、たいそう可愛らしく、弱々しい様子で、いつまでも、お悩みなさるのを見ては、どうなのだろうかと、心配し、あちらもこちらもと、思い嘆いておられる。

院とは、源氏である。




御祈りなど、今年は紛れおほくて過ぐし給ふ。
御山にも聞し召して、らうたく恋しと思ひ聞え給ふ。月ごろかくほかほかにて、渡り給ふこともをさをさなきやうに、人の奏しければ、いかなるにかと御胸つぶれて、世の中も今更にうらめしく思して、対の方のわづらひけるころは、なほ、そのあつかひにと聞こし召してだに、なま安からざりしを、そののちなほりがたくものし給ふらむは、その頃ほひ、びんなきことやいできたりけむ。みづから知り給ふことならねど、よからぬ御うしろみどもの心にて、いかなる事かありけむ。内わたりなどの、みやびをかはすべき仲らひなどにも、けしからず憂きこと言ひいづるたぐひも聞ゆかし、とさへ思しよるも、こまやかなること思し捨てて世なれど、なほこの道は離れがたくて、宮に御ふみこまやかにてありけるを、おとどおはしますほどにて見給ふ。




御祈りなどで、今年は、忙しく、日をお過ごしになる。
お山におかれても、お耳にあそばして、愛おしく、逢いたく思いになる。何ヶ月も別居で、お越しになる事も、めったに無いように、ある者が申し上げたので、どういうことかと、どきり、とされて、夫婦というものの、頼りなさを、今更恨めしく思い、対の方が、病気の間は、その介抱のためと、お耳にされてさえ、矢張り、何か嬉しくなかったのに、その後も、変らない風でいらっしゃるとは、その頃に、何か不都合なことでも、起きたのかと。宮自身がされなくても、良くないお付き合いの連中の、考えで、どんなことがあったのか。宮中などで、交際しあう仲などでも、感心しない評判を立てる例もあるようだと、考えて御覧になるのも、俗世の、こまごました事は、お忘れになったのだが、矢張り、親子の道だけは、捨てにくくて、宮に、お手紙をこまごまと書いて、お上げになったのを、源氏のおられる時だったので、御覧になる。

朱雀院の心境を書いている。




朱雀院「そのことなくて、しばしばも聞えぬほどに、おぼつかなくてのみ、年月の過ぐるなむあはれなりける。悩み給ふなるさまは、くはしく聞きしのち、念誦のついでにも思ひやらるるは、いかが。世の中さびしく思はずなることもありとも、しのび過ぐし給へ。うらめしげなる気色など、おぼろけにて、見しりがほにほのめかす、いとしなおくれたるわざになむ」など教へ聞え給へり。




朱雀院は、用事もなくて、時々に、お便りも上げないうちに、いつの間にか、年月が過ぎるのは、寂しいもの。ご病気でいらっしゃるご様子。詳しく聞いてからは、念仏などにつけても、気にしていますが、どうですか。殿のお越しが無く、寂しかったり、思い掛けないことがあっても、我慢して暮らしなさい。恨めしそうな素振りを、はっきりしないのに、知ったふりをして、言うのは、酷く品の無いことです。など、教え申し上げる。




「いといとほしく心ぐるしく、かかるうちうちのあさましきをば、聞し召すべきにはあらで、わがおこたりに本意なくのみ聞き思すらむことを」とばかり思しつづけて、源氏「この御かへりをばいかが聞え給ふ。心ぐるしき御せうそこに、まろこそいと苦しけれ。思はずに思ひきこゆることありとも、おろかに人の見とがむばかりはあらじとこそ思ひ侍れ。だが聞えたるにかあらむ」と宣ふに、恥ぢらひてそむき給へる御すがたもいとらうたげなり。いたく面やせて、もの思ひ屈し給へる、いとどあてにをかし。




お気の毒で、心が痛み、こんな内々の、驚くほかないことを、お耳あそばすはずはなく、私の怠慢ゆえと、不満に思いあそばすだろう。と、そればかりを、思い続けて、源氏は、この、ご返事は、どのようにお書きか。拝見するのも、辛いお便りに、私が苦しくてならない。たとえ、感心しないことをされても、よろしくないお扱いと、傍が気づくようなことはすまいと、思っています。誰が、院に申し上げたのだろう。と、おっしゃるので、きまりが悪く、横を向かれるそのお姿も、酷くいじらしい。すっかりと、面やつれて、物思いに、沈んでいらっしゃるのは、益々、上品で、美しい。





posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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