2015年06月10日

もののあわれについて753

二条の院におはします程にて、女君にも、今はむげにたえぬる事にて、見せ奉り給ふ。源氏「いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに心づきなしや。さまざま心ぼそき世の中のありさまを、よく見すぐしつるやうなるよ。なべての世の事にても、はかなくものを言ひかはし、ときどきによせて、あはれをも知り、ゆえをも過ぐさず、よそながらのむつかはしつべきく人は、斎院とこの君とこそは残りありつるを、かく皆そむきはてて、斎院はた、いみじう勤行めて、紛れなく行にしみ給ひにたなり。なほここらの人のありさまを聞き見る中に、深く思ふさまに、さすがになつかしき事の、かの人の御なずらひにだにもあらざりけるかな。




二条の院にいらした時で、女君、紫の上にも、今は、まるっきり絶えてしまった、女の事として、お見せ申し上げる。
源氏は、酷くやられた。全く、面白くも無い。何やかやと、心細い世の中の有様を、よく、我慢して、生きてきたものだ。
世間話でも、深い意味なしに、言葉を交わし、その時々に応じて、興も感じ、趣も見逃さず、離れていても、仲良くできる人は、斎院と、この人とが、生き残っていたのだが、このように、皆、入道してしまい、斎院はと言えば、立派なお勤めぶりで、余念なく勤行に精進していらっしゃるということだ。矢張り、大勢の婦人方の様子を見聞きしてきた中に、深く考えるたちで、それでいて、慕わしい感じのすることでは、斎院と、比べられる人は、いなかった。

斎院とは、朝顔で、出家している。




をんなごをおほし立てむ事よ、いとかたかるべきわざなりけり。宿世などいふらむものは、目に見えぬわざにて、親の心にまかせがたし。おひ立たむほどの心づかひは、なほ力いるべかめり。よくこそあまたかたがたに、心を乱るまじき契りなりけれ。




女の子を育て上げるということ、これは、まことに難しい仕事だ。前世の約束などは、目に見えないもので、親の心のままにはならない。大きくなって行く際の注意は、矢張り、力を入れなくてはならないだろう。うまい具合に、大勢、あちこちの子供に心配しないですむ、運勢だった。




年ふかくいらざりし程は、さうざうしのわざや、さまざまに見ましかばとなむ、嘆かしきをりをりありし。若宮を心しておほしたて奉り給へ。女御はものの心を深く知り給ふほどならで、かくいとまなきまじらひをし給へば、何事も心もとなき方にぞものし給ふらむ。御子たちなむ、うしろめたかるまじき心ばせ、つけまほしきわざなりける。限りありて、とざまかうざまのうしろみまうくるただ人は、おのづからそれにも助けられぬるを」など聞え給へば、紫「はかばかしきさまの御うしろみならずとも、世にながらへむ限りは、み奉らぬやうあらじと思ふを、いかならむ」とて、なほものを心細げにて、かく心にまかせて、行ひをもとどこほりなくし給ふ人々を、うらやましく思ひ聞え給へり。




まだ、年が若く、のんびりとしている間は、子供がないと、物足りないことだ。何人もいたらいいがと、嘆かわしく思ったことも、何度かある。若宮を注意して、お育て申し上げてくれ。女御は、何も十分に分らない年頃で、こんな気の張るお付き合いを続けていらっしゃるから、何につけても、うまく出来ない点があるだろう。皇子様方は、矢張り、十分に、誰からも悪口を言われぬように。一生心配なく、お過ごしされるのに、困らないだけの、考えを、十分につけたいことだ。たいした身分でなくても、それぞれに相応しい結婚相手を見つける、臣下の女は、自然と、夫にも助けられるのだが。などと、申し上げると、紫の上は、お役に立つお世話ではなくとも、私は、生きております限りは、お世話いたしますつもりですが、でも、どうなのでしょう。と、矢張り、何か、心細い感じで、こんなに思う分、勤行を、邪魔なしにされる方々を、羨ましく思うのである。




源氏「尚侍の君に、さまかはり給へらむ装束など、まだ栽ちなれぬ程はとぶらふべきを、袈裟などはいかに縫ふものぞ。それせさせ給へ。ひとくだりは六条の東の君にものしつけむ。うるはしき法服だちては、うたて見めもけうとかるべし。さすがにその心ばへ見せてを」など聞え給ふ。青鈍のひとくだりをここにはせさせ給ふ。つくも所の人めして、しのびて、尼の御具どものさるべきはじめ宣はす。御しとね、うはむしろ、屏風、几帳などのことも、いとしのびて、わざとがましくいそがせ給ひけり。




源氏は、尚侍の君に、入道されての御装束など、まだ作るに不慣れな間は、してあげるべきだが、袈裟などは、どのように縫うものなのだ。それを、やってくれ。一そろいは、六条の東の君に、頼むとしよう。儀式ばった法服となっては、見た目もおかしな、面白くないだろう。出家の服装であっても、女らしいものにするように、なとど、お頼みになる。青鈍の一揃いは、こちらで、お作りになる。宮中の、作物所の役人をお召しになって、こっそり、尼君のお道具の適当なものを、作るように、命ずる。座布団、上敷き、屏風、几帳なども、目立たぬように、それでいて、特に気をつけて、ご準備なさったのである。




かくて、山の帝の御賀ものびて、秋とありしを、八月は大将の御忌月にて、楽所のこと行ひ給はむに、びんなかるべし、九月は院の大后のかくれ給ひにし月なれば、十月にと思しまうくるを、姫いたく悩み給へば、またのびぬ。




こうして、法王陛下の、御賀も延びて、秋には、ということだったが、八月は、大将の母君の祥月なので、楽所のお世話をされるのに、都合が悪いだろう。九月は、院の御母、皇太后のお亡くなりになった月だから、十月にとのご予定のところ、姫宮が、酷く苦しみになられるので、また、延びた。

大将の母は、葵の上である。
姫宮の、苦しみとは、妊娠のことである。








posted by 天山 at 05:37| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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