2015年06月09日

もののあわれについて752

「右の大臣の北の方の、とりたてたる後見もなく、幼くよりものはかなき世にさすらふるやうにて生ひいで給ひけれど、かどかどしく労ありて、われも大方には親めきしかど、憎き心の添はぬにしもあらざりしを、なだらかにつれなくくもてなして過ぐし、この大臣の、さる無心の女房に心合はせて入り来たりけむにも、けざやかにもてはなれたるさまを人にも見え知られ、ことさらに許されたる有様にしなして、わが心と、罪あるにはなさずなりにし」など、「今おもへばいかにかどある事なりけり。ちぎり深き中なりければ、長くかくてたもたむ事は、とてもかくても同じごとあらましものから、心もてありしこととも、世人も思ひいでば、少しかるがるしき思ひ加はりなまし。いといたくもてなしてしわざなり」と思し出づ。




右大臣の北の方、つまり、玉葛が、特に世話役もなく、小さい時から、心細い生活をして、大人になったのに、才気があり、やり方が上手で、自分も表向きは、親みたいにしていたが、困った気持ちも、なくはなかったのを、やんわりと、問題にせず、受け流し、この右大臣が、あんな無分別な女房と、心を合わせて、入って来た時も、はっきりと、何も無かったと、誰にも分らせて、改めて、許されたこととして、自分の仕向け方で、不義密通ではないことにした。などと、今になって思えば、何と上手な、やり方だったことか。前世からの約束の深い二人になったのだから、長く夫婦で暮らして行くことは、どちらにしても、確かだったが、自分の心で、したのだと、世間の人も思っていたら、少しは、身分に相応しくないという、感じも、交じるだろう。まことに、上手にしたものだと、思い出しになる。

源氏の、心境である。
右大臣とは、髭黒大将だった。
玉葛を妻にした、髭黒の、やり方を、源氏は思いだしている。




二条の内侍のかんの君をば、なほたえず思ひいで聞え給へど、かくうしろめたき筋のこと、うきものに思し知りて、かの御心よわさも少しかるく思ひなされ給ひけり。つひに御本意のごとし給ひてけりと聞き給ひては、いとあはれにくちをしく御心うごきて、まづとぶらひ聞え給ふ。今なむとだににほはし給はざりけるつらさを、あさからず聞え給ふ。




源氏は、二条の尚侍の君、朧月夜を、いつも変らず、思い出していらっしゃるが、こんなに目も離せないことでは、やりきれないと、身にしみて、朧月夜の、お心の弱さも、少々軽蔑されるようになった。とうとう、ご希望通り、出家されたと、お聞きになって、まことに、あはれに惜しい気がして、とりあえず、お手紙を差し上げた。予定も知らせず、辛いことを、色々と申し上げる。




源氏
あまの世を よそに聞かめや 須磨の浦に もしほたれしも 誰ならなくに

さまざまなる世の定めなさを、心に思ひつめて、今まで後れ聞えぬる口惜しさを、思し捨てつとも、さりがたき御回向のうちには、まづこそはと、あはれになむ」など、多く聞え給へり。




源氏
あなたの、尼におなりなのを、よそ事とは、思いません。須磨の浦で、涙に濡れたのは、他の誰のせいでもありません。

人生の無常を、あれこれと考えて、今日まで、出家せず、先を越されて残念ですが、私の事は、捨てられたが、御回向の中には、まず、第一に私を入れて下さろうと思うと、涙が出ます。などと、細々と、書いている。




とく思し立ちにし事なれど、この御さまたげにかかづらひて、人にはしかあらはし給はぬことなれど、心のうちあはれに、昔よりつらき御契りを、さすがに浅くしも思し知られぬなど、かたがたに思しいでられる。御かへり、今はかくしも通ふまじき御ふみのとぢめと思せば、あはれにて、心とどめて書き給ふ、墨つきなどいとをかし。
朧月夜「常なき世とは身ひとつのみ知り侍りにしを、おくれぬと宣はせたるになむ、げに、

あま船に いかがは思ひ おくれけむ あかしの浦に いさりせし君

えかうには、あまねきかどにてもいかがは」とあり。濃きあをにびの紙にて、しきみにさし給へる。例の事なれど、いたくすぐしたる筆づかひ、なほふりがたくをかしげなり。




早くから、考えていたことであるが、源氏の反対に、押されて、誰にも、そんなことは、おっしゃらないが、胸の中は、涙で、昔からの、辛い約束事を、それでも、浅いことと、考えられない。などと、思い出される。
ご返事は、今はもう、こんなやり取りもしてはならない、最後の、お手紙と思うので、気をつけて、書かれる。その書き振りの見事さ。

朧月夜
無常の人生と、私は、分りましたが、先を越されたとの、お言葉、本当に、

あま船に、どうして、お乗り遅れされたのでしょう。明石の浦で、いさりをなさった、あなたが。

回向は、一切衆生のためです。勿論、お入れします。と、ある。
濃い、青鈍色の紙で、しきみに、差しているのは、決まり通りだが、今は、まるきり、絶えてしまった、女の事とて、お見せ申し上げる。

玉葛、そして、朧月夜と、突然のように、出てくる話。
これが、源氏物語である。





posted by 天山 at 06:48| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。