2015年06月08日

もののあわれについて751

姫宮は、かく渡り給はぬ日ごろのふるも、人の御つらさにのみ思すを、今はわが御おこたりうちまぜてかくなりぬると思すに、「院もきこしめしつけて、いかに思い召さむ」と世の中つつましくなむ。




姫宮は、このように、お越しのない日が続くのも、院が薄情だからだと、思うのだが、今は、ご自分の過ちも加わり、こうなったのだと、思うと、父の院も、お耳にされて、どう思うであろうかと、二人の事で、身の縮まる思いである。




かの人もいみじげにのみ言ひわたれども、小侍従もわづらはしく思ひ嘆きて、「かかる事なむありし」と告げてければ、いとあさましく、「いつのほどにさること出で来けむ。かかる事は、ありふれば、おのづから気色にても、もりいづるやうもやと思ひしだに、いとつつましく空に目つきたるやうにおぼえしを、ましてさばかり、だがふべくもあらざりし事どもを見給ひてけむ、はづかしくかたじけなくかたはらいたきに、朝夕すずみもなきころなれど、身もしむるここちして、言はむ方なくおぼゆ。年ごろ、まめごとにもあだごとにも、召しまつはし参りなれつるものを、人よりはこまかに思しとどめたる御けしきの、あはれになつかしきを、あさましくおほけなきものに、心おかれ奉りては、いかでかは目をも見あはせ奉らむ。さりとてかきたえ、ほのめき参らざらむも人目あやしく、かの御心にも思し合はせむ事のいみじさ」など、安からず思ふに、ここちもいと悩ましくて、内へも参らず。さして重き罪にはあたるべきならねど、身のいたづらになりぬるここちすれば、「さればよ」と、かつはわが心も、いとつらくおぼゆ。




あちら、柏木も、熱心な手紙ばかりを、何度もよこすが、小侍従も面倒に思い、困ってしまい、こんな事があったと、知らせたので、酷く驚き、いつの間に、そんなことが起こったのだろう。こういうことは、何度もしているうちに、自然な雰囲気でも、知れてしまうのではないかと、思うだけでも、身が縮まる思いで、空に目がついているような気がした。それどころか、あのようにはっきりした手紙を、御覧になり、顔も向けられず、勿体無く、きまりが悪いので、朝晩と、涼しくも無い頃なのに、風が見にしむ気がして、言いようも無い感じがする。
長い年月、用のあるときも、遊びのときも、お呼びくださり、参上しなれていたのに、他の人よりは、お心にかけて下さっている、ご様子を、ありがたくも、嬉しくも思っていたのに、驚くほど、知らずの奴と、隔てをおかれたりしたら、とても、お顔が拝めない。だからといい、全然参上もせず、少しばかり、顔を出すということもしなければ、これまた、人が変だと思うだろう。あちらでも、さてはと、思うだろう。それが、たまらない。などと、気が気ではない思いがして、気分も悪く、御所へも、参内しない。特に重い罪に処せられるはずではないが、一生を無駄にしてしまった気がするので、矢張りと、一つには、自分の恋も、辛く感じられる。

柏木の心境を綴る。




「いでや、しづやかに心にくきけはひ見え給はぬわたりぞや。まづはかの御簾のはざまも、さるべき事かは。かるがるしと、大将の思ひ給へる気色みえきかし」など、今ぞ思ひあはする。しひてこの事を思ひさまさむと思ふ方にて、あながちに難つけ奉らまほしきにやあらむ。「よきやうとても、あまりひたおもむきに、おほどかにあてなる人は、世の有様も知らず、かつ候ふ人に心おき給ふこともなくて、かくいとほしき御身のためにも、人のためにも、いみじき事にもあるかな」と、かの御事の心苦しさも、え思ひはなたれ給はず。




そう言えば、落ち着いた心の深さというものが、無い方だ。第一、あの御簾の隙間だって、あろうことか、身分に相応しくないと、大将は、思っていた。などと、今になって、気が付く。無理に、自分の恋心の思いを、覚まそうとするあまり、無理矢理、あちらを悪く言いたいのでしょうか。
良いことだからといい、あまり、一途におっとりして、上品な人は、世間の事も知らなく、一つには、お付きの女房に気をつけることも無く、このように、お気の毒なご自分のためにも、相手のためにも、大変なことになるのだ。と、あの方が、お気の毒だという気持ちも、捨て切れないでいる。

柏木の思いと、作者の感想が、交じる文である。
柏木も、女三の宮のことに、少し気づいたのだ。




宮はいとらうたげにて、悩みわたり給ふさまの、なほいと心苦しく、かく思ひはなち給ふにつけては、あやにくに、うきに紛れぬ恋しさの苦しく思さるれば、渡り給ひて見奉り給ふにつけても、胸いたくいとほしく思さる。御祈りなど、さまざまにせさせ給ふ。大方の事はありしに変はらず、なかなかいたはしく、やむごとなくもてなし聞ゆるさまを増し給ふ。けぢかくうちかたらひ聞え給ふさまは、いとこよなく御心へだたりて、かたはらいたければ、人目ばかりを目やすくもてなして、思し乱るるに、この御心のうちしもぞ苦しかりける。さる事みきともあらはし聞え給はぬに、みづからいとわりなくおぼしたるさまも、心をさなし。いとかくおはするけぞかし。よきやうといひながら、あまり心もとなくおくれたる、たのもしげなきわざなり、と思すに、世の中なべてうしろめたく、女御のあやまりやはらかにおびれ給へるこそ、かやうに心かけ聞えむ人は、まして心みだれなむかし。女はかうはるけ所なくなよびたるを、人もあなづらはしきにや、さるまじきにふと目とまり、心強からぬあやまちはし出づるなりけり、と思す。




宮は、可愛らしく、引き続き、気分が優れない様子で、矢張り、気の毒で、こんなに捨てるとなると、かえって、嫌だという気持ちでは、消えない、恋しい思いが辛くてたまらず、お出かけになって、お会いするときも、胸がつまり、気の毒に思う。
御安産の御祈り、その他あれこれと、させる。一通りの事は、今までと変らず、かえって、いたわりを見せて、大事にお扱い申し上げることを、強める。お二人で、お話をされるときは、全然、気持ちが離れてしまい、具合が悪いので、人前だけは、体裁をつくり、源氏の煩悶は、続いているゆえ、宮のお心の中が、たまらないのだ。
あの手紙を見たことを、打ち明けることはないのに、自分勝手に、酷く、悩むのも、子供っぽいことだ。こんなでいらっしゃるから、鷹揚なのがよいといっても、男女の間は、どれも心配になり、女御は、度を過ぎて、やさしくのんびりしているから、こんな思いを起こす男がいたら、柏木以上に、無我夢中になるだろう。女が、これほどに、話しにならないほど内気なら、相手も馬鹿にして、ひかれてはならない女に心惹かれて、気強くないがために、過ちを犯すのだと、源氏は、思うのである。

源氏の複雑な心境である。
女三の宮は、妊娠して、いるのである。




posted by 天山 at 05:16| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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