2015年06月04日

もののあわれについて749

まだ朝すずみの程に渡り給はむとて、とく起き給ふ。源氏「よべのかはほりを落として。これは風ぬるくこそありけれ」とて、御扇おき給ひて、きのふうたたねし給へりし御座のあたりを、立ちとまりて見給ふに、御しとねの少しまよひたるつまより、あさみどりのうすやうなる文の、押し巻きたるはし見ゆるを、なに心もなく引きいでて御覧ずるに、をとこの手なり。紙の香などいと艶に、ことさらめきたる書きざまなり。ふたかさねにこまごまと書きたるを見給ふに、まぎるべき方なく、その人の手なりけり、と見給ひつ。




朝の、まだ涼しいうちに、お出掛けになろうとして、早く起きられる。源氏は、夕べの扇子を落として。これは、風が涼しくない、と、檜扇を置き、昨日、うたた寝をなさっていた御座所のあたりを、立ち止まって御覧になると、座布団の少し乱れている端から、薄い緑の薄様紙の、手紙の押し巻いている、その端が見えるので、何気なく、引き出して御覧になる。男の手紙である。紙の香りも見事に、いかにも、意味ありげな書き振りだ。二枚にびっしりと、書いてあるのを見て、紛れもなく、あれの筆跡と、御覧になる。




御鏡などあけて参らする人は、見給ふ文にこそはと、心も知らぬに、小侍従見つけて、昨日の文の色と見るに、いといみじく胸つぶつぶと鳴るここちす。御粥など参る方に目も見やらず、「いでさりともそれにはあらじ。いといみじく、さる事はありなむや。隠い給ひてけむ」と思ひなす。




御鏡の蓋を開けて差し上げる女房は、御覧になるはずの手紙なのだろうと、何も考えないが、小侍従が見つけて、昨日の手紙の色だと思うと、大変だと、胸がどきどき鳴る気がする。朝ごはんなど、お給仕するほうには、見向きもせず、いや、いくらなんでも、あの手紙ではないだろう。本当に、大変だ。そんなことが、あるはずがない。お隠しされたことだろうと、思うようにするのである。




宮はなに心もなく、まだおほとのごもれり。「あないはけな。かかるものを散らし給ひて、われならぬ人も見つけたらましかば」と思すも、心おとりして、「さればよ。いとむげに心にくき所なき御ありさまを、うしろめたしとは見るかし」と思す。




宮様は、無心に、まだお休みである。
何とまあ、子供っぽい。このようなもものを、放っておおきになり、私以外の人が見つけたなら、と思うと、軽蔑され、だからなのだ、まるっきり、なっていないご様子を、気掛かりでたまらないと、思っていたのだと、思いになる。

小侍従の気持ちである。




いで給ひぬれば、人々すこしあかれぬるに、侍従よりて、侍従「きのふの物はいかがせさせ給ひてし。けさ院の御覧じつる文の色こそ似て侍りつれ」と聞ゆれば、あさましと思して、涙のただ出で来に出で来れば、いとほしきものから、いふかひなの恩さまやと見奉る。




宮様が、お出ましになったので、女房たちも、少々退屈していたので、侍従が傍により、昨日の手紙は、どうあそばされましたか。今朝、院が御覧になっていた、手紙の色が、似ていました。と申し上げると、びっくりして、涙が後から後からと、こぼれてくるのを見て、お気の毒だけれど、お話にならない方だと、拝見する。




侍従「いづくにかは置かせ給ひてし。人々の参りしに、事あり顔に近くさぶらはじと、さばかりのいみをだに、心の鬼に去りはべしを、入らせ給ひし程は、すこし程へ侍りにしを、隠させ給ひつらむとなむ思う給へし」と聞ゆれば、女三「いさとよ。見し程に入り給ひしかば、ふともえおきあがらでさしはさみしを、忘れにけり」と宣ふに、いと聞えむ方なし。




侍従は、どこへ、まあ、置き遊ばしましたか。女房たちが、お傍に参ったので、何かありそうに、お近くにいることはすまいと、そのくらいの事さえ、気がとがめて、下がりましたのに、お入りあそばした時まで、少し時間がありましたもの、お隠しになったと思っておりました。と、申し上げると、女三の宮は、いいえ、あの見ていたところに、お入りになったので、すぐに起き上がることが出来ず、はさんでおいたのを、それっきり、忘れてしまった。と、おっしゃるので、何とも、申し上げようがない。




寄りて見れば、いづくのかはあらむ。小侍従「あないみじ。かの君もいといたくおぢはばかりて、けしきにても漏り聞かせ給ふ事あらばと、かしこまり聞え給ひしものを、程だにへず、かかる事のいでまうで来るよ。すべていはけなき御ありさまにて、人にも見えさせ給ひければ、年ごろさばかり忘れがたく、恨み言ひわたり給ひしかど、かくまで思う給へし御ことかは。たが御ためにも、いとほしく侍るべきこと」と、はばかりもなく聞ゆ。心やすく若くおはすれば、なれ聞えたるなめり。




座布団の方に、寄って探すが、どこにあろう。侍従は、まあ、大変。あの方も、酷いこと怖がり、小さくなり、ちょっとでも、お耳に入ると、慎んでいらっしゃったのに。まだ月日が経たないうちに、このようなことが起こってしまうなんて。だいたい、あなた様が、幼いお方で、あの人に、姿をお見せになったので、長い間、あれほど、忘れることが出来ずに、逢わせて欲しいと、私に言い続けていらしたのだけれど、こうまでとは、思いも寄らないことでした。と、遠慮なく、申し上げる。それも、宮が、気楽な方で、子供子供していらっしゃるので、平気になっているのだ。

作者の言葉と、小侍従の心境が、ごちゃまぜになっている。




いらへもし給はで、ただ泣きにのみぞ泣き給ふ。いと悩ましげにて、露ばかりの物もきこしめさねば、女房「かく悩ましくせさせ給ふを、見おき奉り給ひて、今はおこりはて給ひにたる御あつかひに、心を入れ給へること」と、つらく思ひ給ふ。




宮は、お返事もされず、ただ泣きに泣くばかりである。すっかり、気を病んで、何も召し上がらない。女房が、こんなに、お苦しみになっていられるのに、放っておいて、もう、お治りになったお方の、お世話にご熱心でいらっしゃること。と、源氏が、薄情だと、女房たちは、思いを口にする。

女房達は、事の次第を、知らないのである。








posted by 天山 at 06:00| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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