2015年05月27日

もののあわれについて748

からうじて思し立ちて渡り給ひしかば、ふともえ帰り給はで、二三日おはするほど、いかにいかにとうしろめたく思さるれば、御文をのみ書きつくし給ふ。女房「いつのまにつもる御言の葉にかあらむ。いでや安からぬ世をも見るかな」と、若君の御あやまちを知らぬ人は言ふ。侍従ぞ、かかるにつけても胸うちさわぎける。




やっと思い立って、お越しになったのだが、さっさと帰ることも出来ず、二、三日お出でになる間も、紫の上が、気掛かりで、お手紙ばかり、次から次へと書かれる。女房は、いつの間にたまるお言葉なのでしょう。いいえ、心配なお方ですね。と、若君の、間違いを知らぬ人は言う。当の侍従は、このようなことにつけても、胸が騒ぐのだった。




かの人も、かく渡り給へりと聞くに、おほけなく心あやまりして、いみじき事どもを書き続けて、おこせ給へり。対にあからさまに渡り給へる程に、人まなりければ、しのびて見せ奉る。女三の宮「むつかしき物見するこそいと心うけれ。ここちのいとどあしきに」とて臥し給へれば、侍従「なほただこのはしがきのいとほしげに侍るぞや」とてひろげたれば、人の参るに、いと苦しくて、御几帳ひき寄せて去りぬ。いとど胸つぶるるに、院入り給へば、えよくも隠し給はで、御しとねの下にさしはさみ給ひつ。




あの人も、このように六条の院に、お出でになったと聞くと、大胆にも、考え違いをして、宮への恋慕を書き連ねて寄こした。紫の上がいらした、対の屋に少しお出であそばした間に、お傍に誰もいなかったので、小侍従が、こっそり手紙をお見せすると、女三の宮は、困ったものを見せるのは、辛い。気分が悪くなる。と横になったままなので、侍従は、でも、このはじめに書いてあるのでも、お気の毒な気がいたします。と言い、広げたとき、誰かが来るので、困ってしまい、御几帳の宮様の方へ、引き寄せて出て行った。宮は、いっそう、どきりとするのに、院がお入りになったので、上手に隠すことが出来ず、座布団の下に、差し入れた。




ようさりつ方、二条の院へ渡り給はむとて、御いとま聞え給ふ。源氏「ここには、けしうはあらず見え給ふを、まだいとただよはしげなりしを、見すてたるやうに思はるるも、今さらにいとほしくてなむ。ひがひがしく聞えなす人ありとも、ゆめ心おき給ふな。いま見なほし給ひてむ」と語らひ給ふ。例は、なまいはけなきたはぶれごとなども、うちとけ聞え給ふを、いたくしめりて、さやかにも見あはせ奉り給はぬを、ただ世のうらめしき御けしきと心え給ふ。昼の御座にうち臥し給ひて、御物語りなど聞え給ふ程に、暮れにけり。少しおほしのごもり入りにけるに、ひぐらしのはなやかに鳴くにおどろき給ひて、源氏「さらば道たどたどしからぬ程に」とて、御ぞなど奉りなほす。




その夜、二条の院に、お帰りされようと、ご挨拶をなさる。源氏は、あなたは、具合が悪くないようだが、あちらは、まだ酷くふらふらしているようだった。構わずに、出で来たように思われると、今更、可愛そうなので。けしからぬことを、申し上げる者が居ても、決して、お疑いなさらぬように。私の気持ちは、すぐにお分かりになるはずです。と言って聞かせる。いつもなら、子供っぽい冗談など、気楽におっしゃるのに、今日は、酷く沈みこんで、目を合わせることもされないのを、ただ愛情を疑ってのことと、考える。
昼の御座所に、お休みになり、お話などをされている間に、夕暮れになった。少しお休みされたが、ひぐらしが派手に鳴くので、目を覚まされ、源氏は、それじゃあ、道が暗くならない前に、と、おっしゃり、お召し物などを、着直す。




女三の宮「月待ちて ともいふなるものを」と、いと若やかなるさまして宣ふは、憎からずかし。そのまにもとや思すと、心苦しげに思して、立ちとまり給ふ。

女三の宮
夕露に 袖ぬらせとや ひぐらしの なくを聞く聞く 起きてゆくらむ

かたなりなる御心にまかせて言ひいで給へるもらうたげれば、つい居て、源氏「あな苦しや」と、うち嘆き給ふ。

源氏
待つ里も いかが聞くらむ かたがたに 心さわがす ひぐらしのこえ

など思しやすらひて、なほ情なからむも苦しければ、とまり給ひぬ。静心なくさすがにながめられ給ひて、御くだものばかり参りなどして、おほとのごもりぬ。




女三の宮は、月を待って、とも言うそうですのに、と若々しい様子で、おっしゃるのは、可愛らしい。その間でも、と言うのだろうかと思うと、気の毒な感じがして、立ち止まる。

女三の宮
この夕露に、袖をぬらせという、おつもりで、ひぐらしの鳴くのを、お耳にされならが、起きて、行かれるのですか。

子供のような気持ちのまま、おっしゃるのも、いじらしいので、その場に、膝をついて、源氏は、困ったなあ、と、溜息をつく。

源氏
待っている方も、どのように聞くのだろうか。あちらこちらに、私の心を騒がす、ひぐらしの声だ。

などと、お心は定まらず、矢張り、無情に帰るのも、気の毒なので、お泊りになった。けれども、心は、落ち着かず、物思いに沈むばかりで、果物だけを、召し上がりになり、お休みあそばした。

さらば道たどたどしからぬ程に
古今六帖
夕やみは 道たどたどし 月待ちて 帰れわがせこ そのままにも見む

待つ里も・・・
古今集
来めやとは 思ふものから ひぐらしの 鳴く夕ぐれは 立ち待たれつつ

歌にかけて、紫の上が、気掛かりだという。




posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。