2015年05月21日

もののあわれについて744

女宮も、かかるけしきのすさまじげさも、見しられ給へば、何事とは知り給はねど、恥づかしくめざましきに、物思はしくぞ思されける。女房など物見にみな出でて、人少なにのどやかなれば、うちながめて、筝の琴なつかしくひきまさぐりておはするけはひも、さすがにあてになまめかしけれど、「同じくは今ひときはおよばざりける宿世よ」と、なほ覚ゆ。

柏木
もろかづら 落葉を何に 拾ひけむ 名はむつまじき かざしなれども

と書きすさびいたる、いとなめげなるしりうごとなりかし。




女宮、女二の宮は、夫の、つまらなさそうな様子が、つい、良くわかるので、どういう訳か分らないが、顔向けできず、じっとしていられずに、煩悶している。女房など、祭見物に、皆出てしまい、人も少なく、静かなので、物思いに耽り、筝の琴を、やさしく手遊びに弾いているご様子は、さすがに、上品で、美しくはあるが、同じ事なら、もう一つ上の方を、得たかったが、及びかねた運命と、今なお思う。

柏木
もろかずらの、落葉のほうを、どうして拾ったのだろう。名は、嬉しい、かざし「姉妹」だが・・・

と、遊び半分書き付けているとは、失礼な陰口です。

最後は、作者の言葉。
柏木は、女二の宮と、三の宮を比べているのである。




おとどの君は、まれまれ渡り給ひて、えふとも立ちかへり給はず、しづ心なく思さるるに、使者「絶え入り給ひぬ」とて、人まいりたれば、さらに何事も思しわかれず、御心もくれて渡り給ふ。道のほどの心もとなきに、げにかの院は、ほとりの大路まで人立ち騒ぎたり。殿のうち泣きののしるけはひ、いとまがまがし。われにもあらで入り給へれば、女房「日頃はいささかひま見え給へるを、にはかになむかくおはします」とて、候ふかぎりは、われもおくれ奉らじと、まどふさまども限りなし。御修法どもの壇こぼち、僧なども、さるべきかぎりこそまかでね、ほろほろと騒ぐを見給ふに、さらば限りにこそはと思しはつる、あさましきに、何事かはたぐひあらむ。




源氏は、たまたまお出でになって、すぐにお帰りになることも出来ず、落ち着かない気持ちで、いるところへ、使者が、息がおなくなりになりました。と、参ったので、全く狼狽して、お心も真っ暗になり、お出ましになる。
道々気が気でなく、いかにも、二条の院は、近くの大路まで、人立ちがして、騒いでいる。御殿の中では、大声で泣く様子で、不吉な予感がする。
無我夢中で、中に入ると、ここのところ、数日間は、少し具合がよろしかったのに、急にこのように、おなりです。と、お付きの女房達が、皆、後を慕って、死にたいと、うろうろしている様は、この上も無い。
幾つもの壇を壊して、僧なども、残るべき人は、残るが、他の者は、帰ろうとしているのを御覧になると、それでは、もう最後だと、思い切る、心の驚き。他に、またとあるだろうか。




源氏「さりとも物怪のするにこそあらめ。いとかくひたぶるにな騒ぎそ」と、しづめ給ひて、いよいよいみじき願どもをたてさせ給ふ。すぐれたる験者どものかぎり召し集めて、験者「かぎりある御命にてこの世つき給ひぬとも、ただ今しばしのどめ給へ。不動尊の御本の誓あり。その日数をだにかけとどけ奉り給へ」と、頭よりまことに黒煙をたてて、いみじき心をおこして加持し奉る。院も、「ただ今一たび目を見合はせ給へ。いとあへなく、かぎりなりつらむ程をだに、え見ずなりにける事の、くやしく悲しきを」と思し惑へるさま、とまり給ふべきにもあらぬを、見奉るここちども、ただおしはかるべし。いみじき御心のうちを、仏も見奉り給ふにや、月ごろさらにあらはれ出でこぬ物怪、ちひさき童に移りて、よばひののしるぼとに、やうやう生きいで給ふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる。




源氏は、それでは、物の怪の仕業だろう。そんなに、むやみに騒ぐな。と、静めて、今まで以上に、大変な願を、次々と、立てられる。効験のある行者たちだけを、集められて、ご寿命が尽きて、この世が終わりになさったとしても、もう暫く、お命を延ばしてください。不動尊の御本願もある。その日数六ヶ月だけでも、生かして上げて、ください、と、頭から、黒い煙を立てて、大変な熱心さで、加持をする。
院、源氏も、ただもう一度、目と目を見合わせて欲しい。全くあっけなく、臨終のところさえ、見ることが出来なかったのが残念で、悲しいのだと、心も静まらない様子で、お命も、危なそうなことを拝する、一同の気持ちを、想像して見てください。大変なご心中を、仏も御覧になったのか、この幾月の間、全く姿を現さなかった物の怪が、小さい女の童に移り、大声で怒鳴るころ、次第に息をし始めたので、嬉しくもあり、恐ろしくもあって、お心も騒ぐのである。




いみじく調ぜられて、物怪「人は皆さりね。院ひとところの御耳に聞えむ。おのれを月ごろ調じわびさせ給ふが、情なくつらければ、同じくは思し知らせむと思ひつれど、さすがに命もたふまじく、身をくだきて思し惑ふを見奉れば、今こそかくいみじき身を受けたれ、いにしへの心の残りてこそ、かくまでも参り来たるなれば、物の心苦しさをえ見すぐさで、つひにあらはれぬること。さらに知られじと思ひつるものを」とて、髪をふりかけて泣くけはひ、ただ昔見給ひし物怪のさまと見えたり。あさましくむくつけしと思ししみにし事の変はらぬもゆゆしければ、この童の手をとらへて、引きすえて、さまあしくもせさせ給はず。源氏「まことにその人か、よからぬ狐などいふなるものの、たふれたるが、なき人の面伏なること言ひいづるもあなるを、確なる名のりせよ。また人の知らざらむ事の、心にしるく思ひいでられぬべからむを言へ。さてなむ、いささかにても信ずべき」と宣へば、ほろほろといたく泣きて、

物怪
わが身こそ あらぬさまなれ それながら そらおぼれする 君はきみなり

いとつらし、つらし」と泣きさけぶものから、さすがにもの恥ぢしたるけはひ変はらず。なかなかいとうとましく心憂ければ、物言はせじと思す。




ひどく調伏されて、物の怪は、他の人は、皆、出て行って、院、お一方のお耳に、お入れ申す。私の事を、幾月も祈り、苦しめるが、情けなく、辛くもあるので、同じことなら、思い知らせて差し上げよう。と、思いはしたが、それでも、お命も危ないほど身を粉にして、うろうろしていらっしゃるのを拝すると、今でこそ、こんなに酷い姿になっているが、昔の気持ちが残っていればこそ、こんな所まで、参上したのだから、お気の毒な様子を知らないふりは、出来ず、とうとう姿を現したのです。決して、知られまいと思っていたのに。と、髪を振り乱して泣く様子は、全く、昔御覧になった、物の怪の姿と見えた。
情けなく、恐ろしいと、深く心に思った、あの様子そのままなのも、不吉で、この女の童の手を、しっかりと捕らえ引き据えて、変な真似は、させない。
源氏は、本当に、その人か。悪い狐などという、気の狂ったものが、死んだ人の名誉を汚すことを言い出すこともあるというが、名を名乗れ。それでなければ、他の誰も知らない事で、私の心に、はっきりと思い出されるようなことを言え。そうすれば、少しは、信じよう、と、おっしゃると、ぽろぽろと酷く涙を流して、

物の怪
私は、こんな変わり果てた姿になっていますが、昔の姿そのままで、知らぬふりをするあなたは、昔のままです。

酷い方、酷い方、と、泣き叫ぶのだが、そのくせ恥ずかしがっている様子は、昔と、変らず、かえって、ぞっとして、情けない気がするので、何も言わせまいとするのである。







posted by 天山 at 06:26| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。