2015年04月23日

玉砕22

ドイツが、ソ連に侵攻した。
二年前の、独ソ不可侵条約締結を、ヒトラーは、廃棄したのだ。

軍部は、勢い立った。
南部インドシナ、ベトナムへの進駐を目論む。

その時、天皇は、
私の主義として、相手の弱みに付け込んで要求をなすような、火事場泥棒式のことは、好ましくないが・・・
今日の世界の大変局に処すためには、宋襄の仁、に陥るような結果となっても、面白くなかろう。ただ、実行には、慎重を期すように・・・
との、仰せである。

これは、木戸を通じて戒めたものである。
が、軍部の再三の要求に根負けし、七月に、
国際信義上どうかと思うが、まあよろしい。
後半の、よろしい、の語尾は、特に強く高められた。

それにより、アメリカは、直ちに、在米日本資産を凍結し、綿花と食糧を除く全物資の対日禁輸を発表した。
続いて、イギリス、オランダ、フィリピン、ニュージーランドも、アメリカに習い、石油が一滴も入らぬ形勢になった。

これだけを、眺めると、日本の行為に対する制裁に見えるが・・・
アメリカは、初めから、対日戦争を望んでいたのであるから、何をかいわんやである。

どんどんと、日本を追い詰めるべくの、アメリカの作戦である。
それに、日本側が、気づかない。

だが、刻々と、対米戦争への道が開けてくるのである。

その年の、春からはじまっていた、日米交渉も進まず、近衛首相は、なおも日米トップの会議を提案するなどの、打開に努めたが、実りには、遠い。

日本は、いやが上にも、南方に活路を求める他に道はなくなるのである。

軍は、決意を固めて、準備に着手し、大本営と政府の連絡会議で、帝国国策遂行要領が、立案された。

9月6日の、御前会議にて、決定する運びとなった。
その前に、内奏を受けた天皇は、近衛首相に、
これを見ると、第一に戦争準備を記し、第二に外交交渉を掲げている。戦争が主で、外交が従であるかの感じを受けるが、どうか・・・
との、仰せである。

そして、外交と戦争準備は並行せしめず、外交を先行せしめよ・・・
との、仰せだった。

更に、杉山参謀長を呼んで、南方作戦の見込みについて、質した。
南方方面ならば、三ヶ月くらいで、片付けるつもりであります。
との、奉答である。

お前は、日中事変勃発の当時、陸軍大臣としては、事変は一ヶ月くらいで、片付けるといったが、四年後の今も続いているではないか・・・
との、仰せ。

シナは、奥地が広いものですから・・・
と、弁明すると、
シナの奥地が広いというなら、太平洋は、なお広いではないか。いかなる確信があって、三ヶ月というのか・・・
との、仰せである。

杉山は、ただ、頭を垂れるばかりだった。

絶対に勝てるのか・・・
天皇の仰せに、
絶対とは申しかねますが、勝てる公算のあることだけは、申し上げられます。必ず勝つとは、申し上げかねます。
杉山が、口を濁すと、
ああ、分った。
との、仰せである。

その声は、大きかった。

昭和天皇の戦争回避の御心・・・
しかし、それは、どの方法を辿っても、戦争に行き着く道になっていたのである。

アメリカが、日米戦争を望んでいたからである。
それは、アメリカの世界支配の、作戦である。
日本を植民地にしたいのである。
国益のため、世界支配のため・・・

現在、敗戦から、70年を経ても、日本は、独立国としてあるのではない。
アメリカの植民地である。
独立国という、姿を朧にしているが・・・

日本が、経済大国第二になった時期も・・・
今も、アメリカの植民地に変りはない。

日本が、二度と、白人に逆らうことなく、アメリカに逆らうことなく・・・
徹底的に、敗戦後に、叩きのめされた。

現在の、反日運動も、日本の社会の左翼系、反日運動も、何もかも・・・
アメリカが、準備し、種を蒔いたことである。

日露戦争に勝利して、有色人種たちを、歓喜させた時の、日英同盟も、イギリスの国益に、適ったがためである。

イギリスの植民地政策を、日本が助けていたからである。

信頼などではない。
国際社会は、複雑怪奇・・・
というより、悪魔の跋扈なのである。

その最大の国は、イギリスである。
そして、アメリカの世界支配の魔物。
今も、それは、続いている。

そして、その上には、偽ユダヤ人の組織が牛耳る。
シオニストという、連中である。



posted by 天山 at 06:08| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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