2015年04月07日

玉砕17

結局、張鼓峰事件は、小規模な衝突を繰り返したが、天皇の意向により、無抵抗に近い撤退をした。そのために、追撃のソ連軍により、かなりの損害を出した。

そして、停戦協定にこぎつけたのは、発端より、一ヵ月後のことである。

だが・・・
一年も立たぬうちに、再び、ソ連との紛争が勃発する。
満州と外蒙古が国境を接する、ノモハンに、ソ連の後押しを受けた、外蒙古軍が、突然、侵入してきたのだ。

国境といっても、標識がない、地帯である。
満州国が独立した際に、ハルハ河を国境と定めたが、外蒙古は、満州側に食い込んだ、ラインを引いた。

ソ連の狙いは、威力偵察、更に、日本軍への牽制である。
軍中央では、ソ連の策に、警戒したが、関東軍は、ここでも猪突したのである。

ソ連、外蒙古軍の補給線は、長い山岳地帯である。
それは、至難のことと、目に物見せると、関東軍は、奮い立った。

関東軍の気持ちは、理解出来る。
当時、現場にいれば、ソ連の脅威は、確実である。
しかし、天皇は、戦争を極力抑えての、行為をもって、対処したかったのである。

結局、戦いは、関東軍と、ソ連軍の死闘になった。
双方共に、航空機、戦車、重火器を投入してりの、本格的激戦である。

だが、ソ連軍は、関東軍を遥かに凌いだ。
関東軍は貧弱な輸送力を持っていたのみ。
地上戦は、圧倒的な機甲部隊と、火砲陣で、関東軍は、歩兵部隊が主力である。

将兵たちは、ハルハ河畔に散華したのである。
これが、世に言う、ノモハン事件である。

その大敗振りに、天皇の逆鱗もなく・・・
関東軍司令官は将来を戒め、謹慎ぐらいは止むを得ざるべし
との、お言葉である。
一緒の、諦めに似たお言葉である。

ここで、陸軍と、海軍の差について言う。
海軍は、伝統的に、対米重視であり、南進策をとっていた。
陸軍の、対ソ連重視、北進策は、国を危うくするものとして、対立してきたのである。

大東亜戦争でも、海軍は、乗り気ではなかった。
しかし・・・それは、後々に書く。

ここで、再度、天皇陛下と、陸軍の関係を見ると、陸軍は、陛下が、知らず知らずに、諦めて、陸軍の方法に、馴らされる状況を望んでいたといえる。

更に、畏れおおくも、陸軍は、陛下を利用して、兵士たちを教育したということだ。

ちなみに、ノモハン事件の日本の被害は、戦死者、行方不明者、約二万人で、戦傷病者も約、二万人である。

ここで、陸軍が何故、天皇陛下と、時の政府に対して、勝手な行動を取ったのかという問題の、種が、憲法にあるということを言う。
明治憲法である。

その第一章、天皇の項目の、第十一条では、
天皇は陸海軍を統帥す
とあるのだ。

これは、行政府、立法府とは関係が無いということである。
極めて、重大な問題だった。しかし、明治初期は、元老制度があり、問題はなかった。
つまり、元老たちの意見は、天皇の意見として、認識されたからだ。

だが、元老がいなくなった状態では、憲法の欠陥が、目に見えて現れたのが、軍部のあり方である。

そして、内閣のことを、軍部が尊重せずとも、問題がなかったのである。

1930年、昭和5年前後、人種問題、ソ連革命問題、ブロック経済問題、軍縮問題など、日本にそれらが押し寄せてきた時、明治憲法に内在していた欠陥が、吹き出てきたのである。

それが、統帥権の問題である。
満州事変までは、それが表に出ることはなかった。
しかし、満州事変により、それが、明確になった。

それにより、日本は、満州事変以降、外交政策に対する世界の信用を失うことになる。
それは、統帥権を振りかざして、軍部が独走したためである。

日本は、二重政府の国か、ということになった。

であるから、憲法から言えば、満州事変を起こした軍部は、憲法に違反していないという、事実である。
更に、軍部は、政府も議会も、自分たちを抑えることが出来ないと、知っていた。

ちなみに、もう一つ加えれば、明治憲法には、内閣総理大臣は、存在しないのである。
つまり、責任内閣の制度なく、内閣の規定もなく、内閣総理大臣の規定もない。

確かに、初代首相は、伊藤博文であるが・・・
内閣、首相の存在は、憲法の条文にはないのである。

首相の権限が明示されていない、つまり、他の大臣と法制上は、全くの同権である。だから、大臣が一人でも辞職すれば、内閣は、潰れてしまうのである。
そいうことが、多々起こった。

内閣や、議会が、軍隊を統帥するという、規定も無いのである。

軍部の暴走は、そういう事実があって、成り立っていたということだ。

ただ、思うに、歴史は、様々な角度から、俯瞰して見渡す必要がある。
決して、一面的ではない。
そして、それらのことは、未来の歴史感覚で、左右される。
が、それもまた、愚かなことである。

当時の時代感覚を持って、理解するべきである。
そのために、多面的なものの見方が必要なのだ。

良し悪しの問題ではないのである。







posted by 天山 at 06:42| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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