2015年03月26日

もののあわれについて731

童べは、容貌すぐれたる四人、赤色に桜のかざみ、薄色の織物のあこめ、浮紋のうへの袴、紅のうちたる、様もてなしすぐれたる限りを召したり。女御の御方にも、御しつらひなど、いとどあらたまれる頃の曇りなきに、おのおのいどましく尽くしたる装ひどもあざやかに二なし。童は、青色に蘇芳のかざみ、唐綾のうへの袴、あこめは山吹なる唐の綺を、同じさまに整へたり。明石の御方のは、ことごとしからで、紅梅二人、桜二人、あをじの限りにて、あこめ濃く薄く、打目などえならで着せ給へり。宮の御方にも、かくつどひ給ふべく聞き給ひて、童べの姿ばかりは、ことに縫はせ給へり。青丹に柳のかざみ、葡萄染のあこめなど、ことに好ましくめづらしきさまにあらねど、大方のけはひの、いかめしく気高き事さへいとならびなし。




紫の上の、女童は、器量のすぐれているものを、四人、赤色の上着に桜襲の、かざみ、薄紫の織り模様の下着、浮紋の上の袴、紅の打って艶を出した単衣。容姿も、身のこなしも、すぐれている者だけを、呼び出される。
明石の女御のお部屋でも、室内の装飾などを、常よりも一層、改まる正月のことで、晴れ晴れしい。そこへ女房が、それぞれ競い合い、華麗を尽くした衣装が、鮮やかである。女御の女童は、青色の上着に、蘇芳襲のかざみ、唐の綾織りの上の袴、下着は、山吹色の唐の綺を、揃いで着ている。
明石の御方の女童は、大袈裟ではなく、紅梅襲が二人、桜襲が二人、いずれも青磁色のかざみばかりで、下着は、濃い紫、また薄紫、単衣は、打目の模様など、素晴らしいものを、着せている。
宮のところでも、このように、方々が集まると聞いて、女童の恰好だけは、特に手を入れた。濃い青に、黄色を加えた柳襲のかざみ、青紫の下着など、殊に趣向を凝らしているわけではないが、全体の雰囲気が、威厳あり、気高い様子は、無類である。




廂の中の御障子をはなちて、こなたかなたに御几帳ばかりをけじめにて、中の間は院のおはしますべき御座よそひたり。今日の拍子合には童べを召さむとて、右の大殿の三郎、尚侍の君の御腹の兄君笙の笛、左大将の御太郎横笛と吹かせて、すのこにさぶらはせ給ふ。内には、御しとねども並べて、御琴ども参りわたす。秘し給ふ御琴ども、うるはしき紺地の袋どもに入れたる取り出でて、明石の御方に琵琶、紫の上に和琴、女御の君に筝の御琴、宮には、「かくことごとしき琴はまだえ弾き給はずや」とあやふくて、例の手ならし給へるをぞ、調べて奉り給ふ。




廂の間の、隔ての襖を取り外して、婦人方の間は、几帳だけを境にして、真ん中の一間は、院がお座りになるための、御座所を設けた。
今日の合奏には、童たちを呼び出してされるということで、右大臣の三男、かんの君のお生みになった兄君は、笙の笛、左大将のご長男は、横笛と、それぞれ吹かせて、すのこに控えさせる。御簾の内には、敷物を並べて、琴を婦人方の前に置いて並べる。秘蔵の琴の数々、堂々たる紺地の袋に、一つ一つ入れてあるのを、取り出して、明石の御方には、琵琶、紫の上には、和琴、女御の君には、筝の琴。そして、宮には、こういう物々しい名器は、まだ弾きこなすことが出来ないと心配で、いつも通り、弾き慣れているものを、源氏御自身が調律して、差し上げる。




源氏「筝の御琴は、ゆるぶとなけれど、なほかく物に合はする折の調べにつけて、琴柱のたちど乱るるものなり。よくその心しらひ整ふべきを、女はえ張りしづめじ。なほ大将をこそ召し寄せつべかめれ。この笛吹きども、まだいと幼げにて、拍子整へむ頼み強からず」と笑ひ給ひて、源氏「大将こなたに」と召せば、御方々恥づかしく、心づかひしておはす。明石の君を放ちては、いずれも皆すてがたき御弟子どもなれば、御心くはへて、「大将の聞き給はむに、難なかるべく」と思す。女御は、常に上の聞し召すにも、物に合はせつつ弾きならし給へれば、うしろやすきを、「和琴こそ、いくばくならぬ調なれど、あと定まりたる事なくて、なかなか女のたどりぬべけれ。春の琴の音はみな掻き合はするものなるを、乱るる所もや」と、なまいとほしく思す。




源氏は、筝の御琴は、糸が弛むというのではないが、矢張りこのように合奏する時の調子によって、琴柱の場所が動くものだ。十分にその心遣いをして、用意すべきだが、女では、納まるように、良く弦を張れないだろう。大将を呼んだほうがいい。この笛吹き連中は、まだ幼く、拍子を合わせるのは、頼り無い、と笑い、大将、こちらへと、お呼びになる。ご婦人方は、気詰まりに思い、緊張する。
明石の君を除いて、どなたも皆、源氏の御弟子なので、ご注意されて、大将がお聞きになっても、落ち度の無いようにと思う。
女御はいつも主上が、お聞きの所でも、他の楽器と合わせて弾き慣れているから安心だが、和琴だけは、数多くない調子だが、決まった弾き方がなく、かえって女は、まごつくだろう。
春の琴の音は、全部が揃い、合奏するものである。もし、調子が狂うことがあっては、と、源氏は、少し気の毒になる。




大将、いといたく心げさうして、御前のことごとしく、うるはしき恩こころみあらむるよりも、今日の心づかひはことにまさりて覚え給へば、あざやかなる御直衣、香しみたる御衣ども、袖いたくたきしめて、ひきつくろひて参り給ふほど、暮れはてにけり。ゆえあるたそがれどきの空に、花はこぞのふる雪思ひ出でられて、枝もたわむばかり咲きみだれたり。ゆるるかにうち吹く風に、えならずにほひたる御簾の内のかをりも吹きあはせて、鶯誘ふつまにしつべく、いみじきおとどのあたりにほひなり。御簾の下より、筝の御琴のすそすこしさしいでて、源氏「かるがるしきやうなれど、これが緒ととのへて調べこころみ給へ。ここにまたうとき人の入るべきやうもなきを」と宣へば、うちかしこまりて賜はり給ふほど、用意多くめやすくて、一越調の声に、はちの緒を立てて、ふとも調べやらで候ひ給へば、源氏「なほ掻合ばかりは、手一つ。すさまじからでこそ」と宣へば、夕霧「さらに今日の御遊びのさしいらへに、まじらふばかりの手づかひなむ、覚えず侍りける」と気色ばみ給ふ。源氏「さもあることなれど、女楽にえことまぜでなむ逃げにけると、伝はらむ名こそ惜しけれ」とて笑ひ給ふ。調べはてて、をかしき程に掻き合はせばかり弾きて、参らせ給ひつ。この御孫の君達の、いとうつくしき宿直姿ともにて、吹き合せたる物のねども、まだ若けれど、生先ありていみじくをかしげなり。




大将、夕霧は、とても緊張して、御前の大掛かりで正式な試楽よりも、今日の気の張りようは、大変だと、感じられたゆえに、素晴らしい御直衣に、香のしみたお召し物を重ねて、緒は特に、香を焚き染めて、めかしこんで、参上される頃、日はすっかりと暮れてしまった。
趣深い夕暮れの空に、花は、去年の雪かと思わせるほど、枝もたわわに咲き乱れている。ゆったりと、かすかに吹く風に、言葉に出来ぬほどの、匂いが御簾の内から流れる、香の香りと一緒になり、鶯を連れ出す種にもできそうな、素晴らしい、御殿の匂いである。
御簾の下から、筝の琴の尾を、少し差し出して、源氏が、失礼な頼みだが、この弦を合わせて、弾いてください。ここへは、他に知らない人が、入って来る事はない、とおっしゃるので、慎んで、お受けする。その態度は、行き届いて立派で、一越調の音に、発の緒を合わせて、すぐに弾かず、控えているので、源氏は、矢張り、調子合わせだけは、一曲、雰囲気を壊さないように、とおっしゃる。夕霧は、全然、今日の演奏のお相手に、お仲間入りするほどの、技量は考えられません、と、謙虚なご挨拶である。
源氏は、さもあろうが、女楽の相手もできず、逃げ出したと評判になれば、不名誉なこと、と、笑う。
調子を合わせ終わり、感心する程度に、調子合わせだけを弾いて、お琴を御簾中に、差し上げた。
控えている、孫の若君たちが、可愛らしい直衣姿で、いっせいに吹きたてる笛の音は、まだ幼いが、素質があり、見事である。

鶯誘ふつまにしつべく・・・
古今集
花の香を 風の便りに たぐへてぞ うぐひすさそふ しるべにはやる
紀友則



posted by 天山 at 05:51| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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