2015年03月21日

もののあわれについて730

女御の君にも、対の上にも、琴は習はし奉り給はざりければ、この折、をさをさ耳なれぬ手ども弾き給ふらむを、ゆかしと思して、女御も、わざとあり難き御いとまを、明石女御「ただしばし」と聞え給ひて、まかで給へり。御子二所おはするを、またも気色ばみ給ひて、五月ばかりにぞなり給へれば、神業などにことつけて、おはしますなりけり。十一月過ぐしては、参り給ふべき御消息うちしきりあれど、かかるついでに、かく面白き夜々の御遊びをうらやましく、「などてわれに伝へ給はざりけむ」と、つらく思ひ聞え給ふ。




女御の君にも、対の上にも、琴は、習わせて上げなかったので、この折りに、めったに耳に出来ない曲を、弾かれるだろうと、聞きたいと思い、女御も、特にお許しの出にくい暇を、ほんのしばらく、と申し上げて、御退出になる。皇子がお二人おいでだが、またまた、兆しが見えて、五ヶ月ぐらいになっておられる。神事などにかこつけて、お里下がりあそばしたのだ。
十一月も過ぎると、参内されるようにと、お使いがしきりにあるが、こんな機会に、この面白い夜毎の御演奏を、嫉ましく思い、どうして、私にご伝授くださらなかったのか、と、恨み申していらっしゃる。




冬の夜の月は、人に違ひてめで給ふ御心なれば、面白き夜の雪の光に、折りに合ひたる手ども弾き給ひつつ、候ふ人々も、少しこの方にほのめきたるに、御琴どもとりどりに弾かせて、遊びなどし給ふ。年の暮つ方は、対などにはいそがしく、こなたかなたの御いとなみに、おのづから御覧じ入るる事どもあれば、紫の上「春のうららかならむ夕べなどに、いかでこの御琴の音聞かむ」と宣ひわたるに、年返りぬ。




冬の夜の月は、人と違い、喜ばれる源氏なので、感激した夜の雪の光の中で、季節に相応しい曲を、幾つもお弾きになる。お傍に控えている人々も、多少この音楽に心得のある人に、弦楽器をそれぞれ弾かせて、音楽会をされる。
年の暮れは、対などでは、忙しく、あちらこちらのお支度に、いつもながらお指図されることも多くあるので、紫の上は、春のうららかな夕方などに、是非、宮のお琴の曲を聴きたいと、おっしゃるうちに、年が改まった。




院の御賀、先づおほやけよりせさせ給ふ事どもいとこちたきに、さしあひては便なく思されて、少し程すごし給ふ。二月十余日と定め給ひて、楽人舞人など参りつつ、御あそび絶えずあり。源氏「この対に常にゆかしくする御琴の音、いかでかの人々の筝・琵琶の音も合せて、女楽こころみさせむ。ただ今の物の上手どもこそ、さらにこのわたりの人々の御心しらひどもにまさらね。はかばかしく伝へ取りたることは、をさをさなけれど、何事も、いかで心に知らぬ事あらじとなむ、幼き程に思ひしかば、世にある物の師といふ限り、また高き家々のさるべき人の伝どもをも、残さずこころみし中に、いと深く恥づかしきかなとおぼゆる際の人なむなかりし。そのかみよりも、またこの頃の若き人々の、ざれよしめき過ぐすに、はた浅くなりにたるべし。琴はた、まして、さらにまねぶ人なくなりにたりとか。この御琴の音ばかりだに伝へたる人をさをさあらじ」と宣へば、何心なくうち笑みて、うれしく、「かく許し給ふ程になりにける」と思す。二十一二ばかりになり給へど、なほいといみじく片なりに、きびはなる心地して、細くあえかにうつくしくのみ見え給ふ。源氏「院にも見え奉り給はで年へぬるを、おびまさり給ひにけりと御覧ずばかり、用意くはへて見え奉り給へ」と、ことに触れて教へ聞え給ふ。げにかかる御後見なくては、まして、いはけなくおはします御ありさま、隠れなからまし、と人々も見奉る。




朱雀院の五十の御賀は、第一に今上陛下のあそばす事の、様々は、まことに盛大で、それに重なっては、不都合だと思い、少し期日を遅らせた。
二月の十何日と決められて、楽人舞人などが、次々に六条の院に参上して、合奏の会が多々ある。源氏は、この対でいつも聴きたいと言っている、あなたのお琴の音に、是非この人々の、筝、琵琶を合奏させて、女楽をさせてみたい。当代の名人たちでも、この院の人々の、たしなみは、到底勝てないだろう。私は、きちんと伝授を受けたことはないが、何事も、知らぬことがないようにと、幼い頃に思ったので、名のある師は、全部、また名家のこれという人の秘伝をも、残らず受けてみた中で、奥深く極めていて、敬服をしたという人は、いなかった。その当時よりも、もう一つ今の若い者たちは、砕け過ぎで、気取り過ぎる。もう一段浅くなっているだろう。七弦の琴は、他の楽器以上に、全く稽古する者もいなくなった。あなたのお琴の音ほどにも、習い伝えた者は、いないだろう。と、おっしゃるので、姫宮は、無邪気に、にっこり笑い、嬉しくて、殿様が、こんなに認めたのだと、思うのである。
宮様は、二十一、二、ほどになられたが、今でも、ひどく幼くて、ほっそりとして、弱々しく、可愛らしく見える。源氏は、上皇様にも、お目にかからず、何年にもなったのだから、大人になったと、御覧になられるよう、一段と気をつけて、お目にかかりなさい。と、何かにつけて、教える。
このようなお世話役がなくては、実際以上に、幼い様子が目に付くだろうと、女房達も、拝するのである。




正月二十日ばかりになれば、空もをかしき程に、風ぬるく吹きて、御前の梅も盛りになりゆく。大方の花の木どもも皆けしきばみ、霞みわたりにけり。源氏「月たたば、御いそぎ近くもの騒しからむに、掻き合せ給はむ御琴の音も、試楽めきて人いひなさむを、このころ静かなる程にこころみ給へ」とて、寝殿に渡し奉り給ふ。御供に、われもわれもと物ゆかしがりて、参う上らまほしがれど、こなたに遠きをば、選りとどめさせ給ひて、少しねびたれど、よしあるかぎり選りてさぶらはせ給ふ。




正月の二十日頃になると、空も美しく、風がなま暖かく吹き、庭先の梅も、盛りになって行く。凡その花咲く木は、皆つぼみが膨らんで、梢が一面霞んでいる。源氏は、月が替われば、御賀の準備も近くなり、騒々しいだろうから、合わせるお琴の音も、御賀の予行のように、噂されるだろう。今の静かな間に、合奏しなさい。と、おっしゃり、宮のいらっしゃる寝床に、紫の上を、お連れする。御供として、我も我もと、合奏を聞きたがり、皆、参上したがるが、この方面に疎い人は、残して、少し年をとっていても、心得のある者だけを、選んでお付けになる。




posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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