2015年03月19日

もののあわれについて729

朱雀院の、今はむげに世近くなりぬる心地して、もの心細きを、さらにこの世のこと顧みじと思ひ捨つれど、対面なむ今一度あらまほしきを、もし恨み残りもこそすれ、ことごとしきさまならで渡り給ふべく、聞え給ひければ、おとども、源氏「げにさるべき事なり。かかる御気色なからむにてだに、進み参り給ふべきを、ましてかう待ち聞え給ひけるが心苦しき事」と、参り給ふべきこと思し設く。




朱雀院が、今はすっかり、死ぬ時期が近くなってしまった気がして、何やら心細いが、この世の事は、心にかけぬと、思い捨てた。だが、対面は、もう一度だけしたいと思う。もし、恨みでも残れば大変だと。大袈裟ではなく、お越しいただきたいと、申してきたので、源氏も、なるほど、無理も無い。このようなご内意がなくとも、姫宮から進んで、お伺いされるべきなのだ。それどころか、こうしてお待ちしていられるとは、お気の毒なことだ。と、お見舞いされる支度をされる。




「ついでなく、すさまじきさまにてやは、はひ渡り給ふべき。なにわざをしてか御覧ぜさせ給ふべき」と思しめぐらす。「このたび足り給はむ年、若菜など調じてや」と思して、さまざまの御法服のこと、斎の御設のしつらひ、何くれと、さまことに変はれる事どもなれば、人の御心しらひども入りつつ、思しめぐらす。




ついでもなく、何の愛想もなしに、簡単に出掛けるわけにはいかない。どんな趣向を凝らして、お目にかけようかと、思案される。今度は、丁度五十歳になられる年に、若菜などを整えて、と思いつき、色々の法服のことや、精進を差し上げるご準備、なにやかにやと、御出家ゆえ、勝手が違うので、皆の意見も取り入れ、工夫を凝らすのである。




いにしへも遊の方に、御心とどめさせ給へりしかば、舞人楽人などを、心ことに定め、すぐれたる限りを整へさせ給ふ。右の大殿の御子ども二人、大将の御子、典侍の腹の加へて三人、またちひさき七つよりかみのは、皆殿上せさせ給ふ。兵部卿の宮の童孫王、すべてさるべき宮たちの御子ども、家の子の君達、みな選びいで給ふ。殿上の君達も、かたちよく、同じき舞の姿も心ことなるべきを定めて、あまたの舞の設をせさせ給ふ。いみじかるべき度の事とて、みな人、心を尽くし給ひてなむ。道々の物の師、いとまなきころなり。




御出家以前も、音楽の方面には、お心をひかれていらしたので、舞人、楽人などを、特に気をつけて、選び、堪能な者ばかりを、揃えた。右の大臣の子たち二人、大将の子は、典侍の腹のを加えて、三人で、その他、七歳以上の子は、皆、童殿上をさせる。
兵部卿の宮の子の、王孫など、しかるべき宮家の子たちすべて、また良家の若君たちも、すべて選ばれる。殿上の若殿ばらも、容姿端麗で、同じ舞姿といっても、また格別な者を選び、沢山の舞の支度をさせる。晴れがましいこの催しゆえ、誰も皆、一生懸命になっていている。その道々の師匠や腕の確かな者たちは、大忙しの、この頃である。




宮はもとより、琴の御琴をなむ習ひ給ひけるを、いと若くて院にも引き分かれ奉り給ひしかば、おぼつかなく思して、朱雀「参り給はむついでに、かの御琴の音なむ聞かまほしき。さりとも琴ばかりは弾き取り給ひつらむ」と、しりうごとに聞え給ひけるを、内にも聞し召して、今上「げにさりとも、けはひ異ならむかし。院の御前にて、手つくし給はむついでに、参りきて聞かばや」など宣はせるを、おとどの君は伝へ聞き給ひて、「年頃さりぬべきついでごとには、教へ聞ゆる事もあるを、そのけはひはげまさり給ひにたれど、まだ聞召し所ある、もの深き手には及ばぬを、何心もなくて参り給へらむついでに、聞召さむと許しなくゆかしがらせ給はむは、いとはしたなかるべき事にも」と、いとほしく思して、この頃ぞ御心とどめて教へ聞え給ふ。




女三の宮は、もとから琴のお琴を、習っていたが、小さいとき、父院にもお別れされたので、院は心もとなく思い、起こしになるついでに、あのお琴の音を、是非聞きたいものだ。いくらなんでも、琴だけは、ものになったことだろう。と、陰で申されたのを、主上もお耳にして、仰せの通り何と言っても、人とは違うだろう。院の御前で、奥義を見せられるとき、私も、参上して、聞きたいものだ。などと、仰せられるのを、源氏は人伝に聞いて、今まで、機会ある度に、教えて差し上げた事もあるが、弾き具合は、上達されたが、まだお聞かせするほどの、冴えた音色を出すまでに至っていない。何の用意もなく、お伺いした際に、ついでにお聞きになろうと、強く望まれたら、きまり悪い目になるのではないか。と、気の毒に思い、この頃は、本気になって、教えて差し上げる。




調ことなる手二つ三つ、おもしろき大曲どもの、四季につけて変はるべき響き、空の寒さぬるさを調へいでて、やむごとなかるべき手の限りを、取り立てて教へ聞え給ふに、心もとなくおはするやうなれど、やうやう心え給ふままに、いとよくなり給ふ。源氏「昼はいと人しげく、なほ一度もゆしあんずるいとまも、心あわただしければ、夜々なむ静かに、事の心もしめ奉るべき」とて、対にも、その頃は御いとま聞え給ひて、明け暮れ教へ聞え給ふ。




珍しい曲を、二つ三つ、面白い大曲で、四季につれて変化する響き、空の寒さ、暖かさ加減を調子に乗せて、秘曲中の奥許しの手ばかりを、特に念入りに教えて差し上げる。危なっかしい様子でいらっしゃるが、だんだんと会得されて、弾きこなせるようになってゆく。源氏は、昼は、人の出入りが多く、矢張り、揺し案じて弾く間も、気ぜわしいので、毎夜、静かに、秘密の奏法も、じっくりと教え申しましょう。と言い、対の上、紫の上にも、その頃は、お暇を頂き、朝から晩まで、教えて差し上げる。

矢張り、敬語の敬語が多い。
兎に角、相手が身分ある人であり、更に、作者も、登場人物が、皆、身分の高い人たちであるから、敬語になる。

教へ聞え給ふ
教えて差し上げる・・・
教えることも、差し上げる、のである。






posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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