2015年02月25日

もののあわれについて727

夜一夜遊び明かし給ふ。二十日の月遥かに澄みて、海の面おもしろく見えたるに、霜のいとこちたく置きて、松原も色まがひて、よろづの事そぞろ寒く、おもしろさもあはれさも立ち添ひたり。対の上、常の垣根のうちながら、時々につけてこそ、興ある朝夕の遊びに、耳ふり目なれ給ひけれ、御門より外の物見、をさをさし給はず、ましてかく都の外のありきは、まだならひ給はねば、めづらしくをかしく思さる。




一晩中、音楽をされて、夜を明かされる。
二十日の月が、遥かに澄み、海原が風情よく目の前に広がる。霜が大変にひどく置いて、松原も同じ色に見え、何もかにもが、肌寒く感じられる。風情の深さも、趣の深さも、ひとしおに感じられる。対の上は、いつもお邸の中であるが、その時その時に応じて、面白い朝晩の音楽会は、聞きなれ、見慣れているが、御門から外に出ての遊山は、めったにされず、まして、このように都の外にお出掛けになる事は、まだされたことがないので、珍しく、興味深く感じられる。




紫の上
住の江の 松に夜ふかく おく霜は 神のかけたる ゆふかづらかも

たかむらの朝臣の、「比良の山さへ」といひける雪の朝を思しやれば、祭の心うけ給ふ験にやと、いよいよたのもしくなむ。女御の君、

明石女御
神人の 手にとりたる 榊葉に ゆふかけ添ふる 深き夜の霜

中務の君、
祝子が ゆふうちまがひ おく霜は げにいちじるき 神のしるしか

つぎつぎ数知らず多かりけるを、何せむにかは聞きおかむ。かかるをりふしの歌は、例のじやうずめき給ふ男達も、なかなかいで消えして、松の千歳より離れて今めかしきことなれば、うるさくてなむ。




紫の上
住吉の松に夜更けておく霜は、神がおかけになった、ゆうかずらでしょうか。

たからむの朝臣が、比良の山さえ、といった雪の朝を考えると、奉納の心をお受けになった、証拠だろうかと、ますます、頼もしい。
女御の君は、
神主が、手にしている榊に、更に、木綿をかけ添える、深夜の雪です。

中務の君、
神宮の、木綿鬢と間違えるほど、おく霜は、仰せの通り、神の御霊験の証拠です。

次々と、数えられないほど、沢山の歌があったが、何もそれを、聞いておく必要もありません。こんな場合の歌は、例の通り、いかにも上手な顔をしている殿方も、かえって、うまくゆかず、松の千歳を祝うよりほか、新しいものもないので、書くのが面倒です。




ほのぼのと明けゆくに、霜はいよいよ深くて、本末もたどたどしきまで、酔ひすぎにたる神楽おもてどもの、おのが顔をば知らで、面白きことに心はしみて、庭火も影しめりたるに、なほ、「万歳、万歳」と榊葉を取り返しつつ、祝ひ聞ゆる御世の末、思ひやるぞいとどしきや、よろづのこと飽かずおもしろきままに、千夜を一夜になさまほしき夜の、何にもあらで明けぬれば、かへる波にきほふもくちをしく、若き人々思ふ。




ほのぼのと明けてゆくと、霜はいよいよ深く、本か末かわからぬほど、酔い過ぎた神楽の楽人たちが、自分の顔が、どのようになっているのか知らず、面白さにひかれて、庭火の光が消えかけているのに、まだ、万歳、万歳と、榊葉を振りつつ、お祝い申し上げる。その寿命の長さ、考えると大変なことである。
あれもこれも、尽きせず面白いままに、千夜の長さを一夜の長さにしたいと思う今夜も、何と言うことなく、明けてしまったので、返る波と先を争い帰るのも残念と、若い人々は、思うことだ。




松原にはるばると立てつづけたる御車どもの、風にうちなびく下簾のひまひまも、常盤の蔭に、花の錦を引き加へたると見ゆるに、うへのきぬのいろいろけぢめおきて、をかしき懸盤とり続きて、物参りわたすをぞ、下人などは目につきて、めでたしとは思へる。尼君の御前にも、浅香の折敷に、青鈍の表をりて、精進物をまいるとて、下人「目ざましき女の宿世かな」と、おのがじしはしりうごちけり。




松原に、遥かに遠く並べて止めてある車が、風になびく下簾の間に、出だし衣も、常盤の松を背景に、花の錦を引き並べたように見える所に、袖の色々な色を、階位で区別して着て、美しい懸盤を取り、次から次へと並び、お給仕するのを、身分の無い者などは、目が離せず、立派だと思う。尼君の御前にも、浅香の折敷に、青鈍の表をつけて、精進料理を差し上げるということで、驚くほかにない運命の人だ、と各々、陰口を言い合う。




詣で給ひし道は、ことごとしくて、わづらはしき神宝、さまざまにところせげなりしを、かへさはよろづの逍遥を尽くし給ふ。言ひ続くるもうるさくむつかしき事どもなれば、かかる御有様をも、かの入道の、聞かず見ぬよにかけはなれ給へるのみなむ飽かざりける。難き事なりかし。交らはましも見苦しくや。世の中の人、これを例にて、心高くなりぬべき頃なめり。よろづの事につけてめであざみ、世の言ぐさにて、「明石の尼君」とぞ、幸人にいひける。かの到仕の大殿の近江の君は、双六うつ時の言葉にも、「明石の尼君、明石の尼君」とぞ賽は乞ひける。




参詣の道は、大変なほどで、うるさいほどの供物が、あれこれと持ちかねるほどあったが、帰りは、あらゆる遊覧を試みになられる。
次々と申すのも、面倒なので。このような様子をも、あの入道が、耳にも目にもしない世界に、離れさってしまいになるようだけを、不満に思う。出来る事ではありません。でも、ご一緒したら、これも見られたものではない。世間の人は、これを例として、望みを高く持とうとする時代でした。
あれもこれもと、誉めて驚き、世間話の種で、明石の尼君と、幸福な人を呼んだのだ。あの大殿の近江の君は、双六を打つ時の言い分でさえ、明石の尼君、明石の尼君と、賽の目を望んだのだ。

つまり、明石の尼君の、幸運な人生に、世間の人は、感嘆し、思いも掛けない、高位に上れると。
明石の尼君の娘が産んだ姫が、皇太子になる男子を産んだということ。









posted by 天山 at 05:48| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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