2015年02月13日

もののあわれについて723

左大将殿の北の方は、大殿の君達よりも、右大将の君をば、むほ昔のままに疎からず思ひ聞え給へり。心ばへのかどかどしく、気近くおはする君にて、対面し給ふ時々も、こまやかに隔てたる気色なくもてなし給へれば、大将も、淑景舎などの、うとうとしく及びがたげなる御心ざまのあまりなるに、さま異なる御睦にて、思ひ交し給へり。




左大将殿の北の方、つまり、玉葛は、太政大臣家の若様たちよりも、右大将、夕霧の君を、今も昔と変わらず、親しく思うのである。性分は才気があり、親しみのあるお方で、お会いする時も、親しみ深く、お客扱いの様子なしの扱いなので、大将も、淑景舎、つまり、明石の女御で、夕霧の妹などが、他人行儀で、近寄り難い態度が過ぎるのに比べて、また特別の親しさで、交わりになっている。




男君は、今はまして、かの初めの北の方をももて離れはてて、並びなくもてかしづき聞え給ふ。この御腹には男君達の限りなれば、さうざうしとて、かの真木柱の姫君を得てかしづかましく給へど、おほぢ宮など、さらに許し給はず。「この君をだに人わらへならぬさまにて見む」と思し宣ふ。




男君、つまり髭黒は、以前にも増して、あの前の奥方を、まるっきり相手にせず、並ぶ者なく、大切にしていられる。この方との間には、男の子達ばかりなので、物足りないと思い、あの真木柱の姫君を引き取り、大切に育てたいと思うが、おじい様の宮様などが、絶対にお許しにならない。おじい様、式部卿の宮は、せめて、この姫君を人に笑われないように、世話をしようと、思いになり、おっしゃったりする。




親王の御おぼえいとやむごとなく、うちにも、この宮の御心よせいとこよなくて、この事と奏し給ふことをばえ背き給はず、心苦しきものに思ひ聞え給へり。大方も今めかしくおはする宮にて、この院、大殿にさしつぎ奉りては、人も参り仕うまつり、世人も重く思ひ聞えけり。大将も、さる世のおもしとなり給ふべきしたかたなれば、姫宮の御おぼえ、などてかは軽くはあらむ。聞えいづる人々、ことに触れて多かれど、思しも定めず。衛門の督を、さも気色ばまばと思すべかれど、猫には思ひおとし奉るにや、かけても思ひよらぬぞ、口惜しかりける。




親王の、つまり式部卿の宮は、ご信頼は大変なもので、主上におかれても、この宮への、お心配りは、この上ないもので、こうだと、奏上されることは、背かず、気にかけていられる。一体、現代的で、おられる宮様で、六条の院、太政大臣についでは、人々も、お出入り申し上げ、世間の人も、重々しく思っていた。
左大将も、国家の柱石に当然なられる予定の御方で、姫宮に対するご寵愛が、どうして軽いことがあろう。申し出る人が、何かに付けて多いのだが、決定されない。衛門の督を、そういう態度があるならばと、思うが、猫ほどに思わないようで、一向に考えもしないことは、残念なことである。




母君の、あやしくなほひがめる人にて、世の常の有様にもあらず、もてけち給へるを、口惜しきものに思して、継母の御あたりをば、心つけてゆかしく思ひて、今めきたる御心ざまにぞものし給ひける。




お母様が、変に、今も普通ではない方で、非常識に、世間を問題にされないのを、残念なことに思い、継母の傍を、いつも慕わしく思う。現代的な、気性であられる。




兵部卿の宮、なほ一所のみおはして、御心につきて思しける事どもは皆たがひて、世の中もすさまじく、人わらへに思さるるに、さてのみやはあまえて過ぐすべき、と思して、このわたりにけしきばみより給へれば、大宮「何かは。かしづかむと思はむ女子をば、宮仕へにつぎては、親王達にこそは見せ奉らめ。ただ人のすくよかになほなほしきをのみ、今の世の人のかしこくする、品なきわざなり」と宣ひて、いたくも悩まし奉り給はず、うけひき申し給ひつ。みこ、あまりうらみ所なきを、さうざうしと思せど、大方のあなづりにくきあたりなれば、えしも言ひすべし給はで、おはしましそめぬ。いと二なくかしづき聞え給ふ。




兵部卿の宮は、まだ独身でいらして、ご熱心に望まれた縁談は、皆うまくゆかず、お付き合いも、つまらなく、笑われ者だと思うのだが、このまま一人身で過ごせないと思いになり、この宮に、気持ちがないわけでもないふりを、見せると、大宮は、いではないか。大事にする気の娘ならば、御所勤めに次いでは、親王に差し上げよう。臣下で真面目な、平凡なのだけを、近頃の人はありがたがるのは、品のない考え方だ、とおっしゃり、たいして気を揉ませることなく、ご承諾された。
親王は、あまり口説く機会もないので、拍子抜けするが、一般的に言えば、大切にしなければならない方なので、今更、言い逃れも出来ずに、通い始めた。そして、例にないほど、大切にされる。

兵部卿の宮とは、蛍の宮とも言われる。源氏の弟に当る。
兵部卿は、玉葛、女三の宮などを、希望していたが、叶わなかったのである。
大宮とは、式部卿の宮のことである。




大宮は、女子あまたものし給ひて、さまざまもの嘆かしき折々多かるに、物懲しぬべけれど、なほこの君の事の思ひ放ち難く覚えてなむ。母君は、あやしきひがものに、年ごろに添へてなりまさり給ふ。大将はた、わがことに従はずとて、おろかに見捨てられためれば、いとなむ心苦しき、とて、御しつらひをも、立ちい御手づから御覧じいれ、よろづにかたじけなく御心に入れ給へり。




大宮は、女の子が沢山いらして、色々と嘆きの種になることが多く、懲り懲りしたはずだが、それでも、この君のことは、放っておけず。お母様は、変な人で、普通ではない人に、年とともになってゆく。大将はまた、自分の言うことに、従わないと、言い、いい加減に放っているので、何とも気の毒なことだ。と、おっしゃり、飾り付けも、座の暖まる碑間なく、ご自分の手で、気をつけて、何かにつけ、勿体無くも、ご熱心である。




宮は、うせ給ひにける北の方を世とともに恋ひ聞え給ひて、ただ「昔の御有様に似奉りたらむ人を見む」と思しけるに、「あしくはあらねど、さま変はりてぞものし給ひける」と思すに、口惜しくやありけむ、通ひ給ふ様いとものうげなり。大宮、「いと心づきなきわざかな」と思し嘆きたり。母君も、さこそひがみ給へれど、うつし心いでくる時は口惜しく、うき世と思ひはて給ふ。大将の君も、「さればよ。いたく色めき給へる親王を」と、初めよりわが御心に許し給はざりし事なればにや、ものしと思ひ給へり。




宮は、お亡くなりになった本妻を、いつも思い出し、ひたすら、亡くなった方と、そっくりな方と結婚したいと、思いであったが、悪くはないが、似ていないと思うと、残念だったのか、お出掛けになるのが、とても億劫のようだ。大宮は、全く心外なことと、ご不満である。
お母様も、あれほど気が変なのだが、正気に戻る時には、残念で、辛い運命と、思うのである。大将の君も、思った通りだ。酷く女出入りの多い親王を、と、最初から、感心しない方だったのか、心にくからず思うのである。



posted by 天山 at 06:10| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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