2015年01月29日

国を愛して何が悪い171

空海が、最澄と共に、唐へ渡ったのは、桓武天皇の延暦23年、804年である。
密教の体系化は、その後であるが、それ以前に空海は、三教指帰、を著している。

それは、儒教、道教、仏教の三つの教えを検討しているものだ。
内容は、省くが、登場人物は、五人である。
三つの教えにそれぞれ、一人、そした、それを招いた主人が、一人、更に、当時の不良青年の五人である。

結果は、仏教の教えが一番というものである。
24歳の時の、著作であるから、空海が、いかに多くの知識を得ていたかということが、伺われる。

12歳の頃から、母方の叔父に漢籍を教えられたという、秀才である。
それは、朝廷に仕えるために、教えられたが・・・

青年空海の、周囲に存在した、様々な、歴史的混乱と、奈良朝末期の、廃頽した雰囲気である。

空海の危機意識の現れる、時代背景がある。
それが、三教指帰、に表れている。

儒教も道教も、「無常の暴風」の前には何ものでないことを論証させる。空海自身の求道の方向を、この乞食に託しているわけで、最も力をこめて語っているのは無常観である。
亀井

切実として、無常を感じた空海が、目指したものが、仏教の教えにあったのだ。

仏教への帰依の動機として当然だが、ここで注目したいのは、美女の死体の描写に入念の筆をふるっている点である。
亀井

美女の死体の、描写・・・

つまり、人間の無情を切々として、説くのである。

美女をめぐる快楽に対して、死体を以ってする応酬であり、無常観想像力の駆逐である。こういう美文調が連綿とつづいてゆくのだ。・・・
原文の成立が十八歳の頃とすれば、当時彼の得たかぎりの知識と、学んだかぎりの漢文の能力を、最大限に発揮したものと言ってよかろう。むろん三教の真髄を徹して語ったものではない。儒教道教についての叙述も平凡である。奈良朝末期の思想界に流布していた教説を、唐文を模してとりいれ、少なくとも仏教が自分にとっての最後の目標であることを宣言すればよかったのだ。
亀井

空海の、二十歳前後から、唐へ渡る、三十歳までの、十年間は、殆ど不明である。
諸国を廻り、山岳に隠れて、修行を続けたのである。

山岳信仰の修行は、すでに存在していた。
更に、密教系の経典も、すでに日本に入っていたはずである。

凄まじいエネルギーを感じる。
空海の、教えに関しては、別エッセイ、神仏は妄想である、に書いているので、具体的な仔細は、ここでは、省略する。

歴史的事実のみに、目を向ける。

外国の多種多様な書物が伝来して、人々を知的困惑の状態におとしいれるのは、民族変貌期の当然の現象だ。
亀井

その、困惑の中での、空海の存在である。
後に、天皇にも帰依されて、天下を取るほどの勢いを見せた。

人間はいかにして迷妄を去って、悟りの世界に入りうるか。いわゆる「転迷開悟」は、各宗に共通の根本の課題だ。・・・
究極の救いとは何か。空海は自覚してそれを求めた最初の人だが、いかなる場にも自己を限定せず、あたうかぎりの心と行動の振幅を示したところに、彼の固有性とともに苦悩があったと思う。
亀井

求道という、行動を続けた空海は、時代の人となるのである。

空海は、一体、何をしたのか・・・

高野山と平安京と奈良にわたる朝野の生活の幅の広さと、著述、詩作、造型指導、私学経営、社会事業など、その活動は、多岐に渡る。

その理由を亀井は、
大日如来は空海の邂逅した窮極の、理想の如来であった。古代インドの太陽神崇拝に発したと言われるが、光明遍照とも訳されている。宇宙に偏在する大生命の光源ともいうべきもので、仏教自体のもつ汎仏論的性格を、彼はこのようなかたちで徹底した。換言すればそれは仏性の極限である。
と、なる。

そして、その大日如来と共に成るのである。
仏と人間の距離を滅却して、吾自身が金剛身となる。

そのように、空海が、考えた。そして、それを、実行した。
つまり、万能の人間である。

日本の精神史から見れば、それは、大変な時期となる。
そのような、人物が出たということである。

亀井は、日本史上最初の、普遍的人間、と言う。
その評価は、人それぞれでいい。

唯一つ、亀井が見逃れていることがある。
それは、奈良の六宗との係わりである。
最澄は、奈良の六宗を認めず、その堕落にあった、彼らを、やや追放した天皇、朝廷であった。そこで、奈良六宗は、空海に、命綱を見出した。
つまり、空海は、完全否定をしなかった。

空海が、都に出るための準備を、奈良の六宗がしている。
空海を通して、政治的権力を、求めたと思われる。

ただし、それにしても、空海の行動は、画期的である。
そして、遂に、天皇の信頼をも、得ている。
皇居の前に、寺院を建立して、その威力を見せ付けたのである。

更に、その祈祷と、教えは、多くの人に、希望を与えた。



posted by 天山 at 06:19| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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