2015年01月08日

伝統について77

言とくは 中は淀ませ 水無し川 絶ゆといふことを 有りこすなゆめ

ひととくは なかはよどませ みなしがわ たゆといふことを ありこすなゆめ

人の言葉が酷ければ、途中で少し、控えてくたぜさい。でも、水無し川のように、絶えるということは、決してありません。

複雑な歌である。
人の噂が酷ければ、来るのを、控えてください。でも、私の心は、絶えるということは、ありません。

明日香川 行く瀬を速み 早けむと 待つらむ妹を この日暮らしつ

あすかがわ ゆくせをはやみ はやけむと まつらむいもを このひくらしつ

明日香川の、流れゆく瀬が早いように、早々と来てくれるだろうと、待っているに違いない妻なのに。行けないままに、この日を過ごしてしまった。

行くに行けない、焦りと、切なさ。

もののふの 八十氏川の 早き瀬に 立ち得ぬ恋も 吾はするかも

もののふの やそうちがわの はやきせに たちえぬこひも われはするかも

もののふの、八十氏、つまり宇治川の早瀬に、立つことができないような、心の激しさに流され、立っていられぬような恋を、私するのだ。

何々のように・・・
そのような、表現が続く、歌歌である。

神名火の 打廻の崎の 石淵の 隠りてのみや わが恋居らむ

かむなびの うちみのさきの いわふちの こもりてのみや わがこひをらむ

神山の、廻り鼻にある川の岩淵のように、隠り続けて、私は恋しているのだろう。

心の有様を、流れ、川に喩える歌である。
当時も、そのような教養があったということだ。

高山ゆ 出で来る水の 岩に触れ 破れてそ思ふ 妹に逢はぬ夜は

たかやまゆ いでくるみずの いわにふれ やれてそおもふ いもにあはぬよは

高山から流れ出る水が、岩に触れて、砕けるように、砕けて思う。妻に、逢わない夜は。

逢えないことが、砕ける思いなのである。
堪らぬ恋の、心情を歌う。

いつの時代も、恋とは、そのようなもの。

朝東風に 井堤越す波の 外目にも 逢はぬものゆえ 滝もとどろに

あさこちに いでこすなみの そとめにも あはぬものゆえ たきもとどろに

朝の東風に、せき止められる波が、よそへほとばしりように、外目にも、逢わないものなのに、噂は、滝も、轟くばかりだ。

噂についての、歌。
恋の歌には、噂の歌が多い。

恋が人に知られると、破綻してしまうような・・・
それほど、噂を恐れた。

当時の話の話題は、人の恋だったのだろうと、思われる。
その噂の元になると・・・

人の目が、気になる。
そして、逢わぬ、逢えぬようになってしまう。
だから、噂を恐れる歌が、多い。




posted by 天山 at 05:20| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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