2014年11月27日

もののあわれについて714

ありつる箱も、惑ひ隠さむもさま悪しければ、さておはするを、源氏「なぞの箱ぞ。深き心あらむ。懸想人の長歌よみて封じ込めたる心地こそすれ」と宣へば、明石「あなうたてや。今めかしくなり返らせ給ふめる御心ならひに、聞き知らぬやうなる御すさび言どもこそ、時々出でくれ」とて、ほほえも給へれど、ものあはれなりける御気色どもしるければ、「あやし」とうちかたぶき給へるさまなれば、わづらはしくて、明石「かの明石の岩屋より、忍びてはべし御祈りの巻数、またまだしき願などの侍りけるを、御心にも知らせ奉るべき折りあらば、御覧じ置くべくやとて侍るを、ただ今は序なくて、何かはあけさせ給はむ」と聞え給ふに、げにあはれなるべき有様ぞかしと思して、源氏「いかに行ひまして住み給ひにたらむ。命長くて、ここらの年ごろ勤むるつみもこよなからむかし。世の中に由あり賢しき方々の人とて見るにも、この世に染みたる程の濁り深きにやあらむ、かしこき方こそあれ、いと限りありつつ及ばざりけりや。さもいたり深く、さすがに気色ありし人の有様かな。聖たちこの世離れ顔にもあらぬものから、したの心は、皆あらぬ世にかよひ住みにたるとこそ見えしか。まして今は心苦しきほだしもなく、思ひ離れにたらむをや、かやすき身ならば、忍びていと会はまほしくこそ」と宣ふ。




先ほどの文箱も、あわてて隠すのも、見苦しいと、そのままにしてあるのを、源氏は、何の箱だ。深い仔細があるのだろう。恋する男が長歌を詠んで、入れて封をした様子だ、と仰せになるので、明石は、まあ、嫌なことです。今風に、若返り遊ばされたお癖で、聞いても解らないようなご冗談が、時々、お口から漏れます、と微笑んでいられる。が、何となく、沈んでいる様子が、二人ともはっきりとしているので、源氏は、変だと、首をかしげている。明石は困り、あの明石の岩屋から、内々でいたしました、ご祈祷の巻数や、それにまだ願い解きをしていません願いもあり、殿様にも、お知らせする機会がありましたら、御覧頂いてと思いました。という事で、送って参りましたが、只今は、その時でもございませんので、何の、お開け遊ばすことは、ございません。と、申し上げると、源氏は、なる程、それなら、沈んでいるのも、無理は無いと思い、どんな修行に励んで、暮らしていられることだろう。長生きして、長年の勤行の功徳も、積もり、大変なことだろう。世間で奥ゆかしい立派な名僧と言われるのも、気をつけてみると、俗世を抜けられぬ煩悩のせいか、学問はあるが、それも限度があり、入道には、及ばない。実に悟りは深く、それでいて、風情のあった人だ。聖者ぶったり、現世から離れた顔付きでもない。本心はすっかり、別の世界に行き、住んでいると見えます。まして、今は、気にかかることもなく、解脱し切っているのだろう。気軽な体なら、こっそりと行って、逢いたいものだ。と、おっしゃる。

ものあはれなりける御気色
何とも、沈み込んでいる様子である。
げにあはれなるべき有様ぞかし
その様子が、理解出来るという。

人の心の様に、あはれ、という言葉を使う。




明石「今はかの、侍りし所をも捨てて、鳥の音聞えぬ山にとなむ聞き侍る」と聞ゆれば、源氏「さらばその遺言ななりな。消息はかよはし給ふや。尼君いかに思ひ給ふらむ。親子の中よりも、またさるさまの契りはことにこそ添ふべけれ」とて、うち涙ぐみ給へり。




明石は、今は、あのおりました住まいも捨てて、鳥の声も聞えない、山奥に、とのことでございます。と、申し上げる。源氏は、それでは、その遺言だな。手紙は、やり取りされているのか。尼君は、どんなに思っているだろう。親子の間よりも、夫婦の仲は、また格別のことだ、と、涙ぐみになった。




源氏「年のつもりに、世の中の有様を、とかく思ひ知り行くままに、怪しく恋しく思ひ出でらるる人の御有様なれば、深き契りの中らひは、いかにあはれならむ」など宣ふ序に、この夢語りも思し合はすることもやと思ひて、明石「いと怪しき梵字とか言ふやうなるあとにはべめれど、御覧じとどむべき節もやまじけり侍るとてなむ。今はとて、別れ侍りにしかど、なほこそあはれは残り侍るものなりけれ」とて、様よくうち泣き給ふ。とり給ひて、源氏「いと賢く、なほほれぼれしからずこそあるべけれ。手などもすべて何事も、わざと有職にしつべかりける人の、ただこの世ふる方の心おきてこそ少なかりけれ。かの先祖の大臣は、いと賢くありがたき心ざしを尽くして、朝廷に仕うまつり給ひける程に、もののたがひ目ありて、その報いに、かく末は無きなり、など人言ふめりしを、女子の方につけたれど、かくていと嗣なしと言ふべきにはあらぬも、そこらの行ひのしるしにこそあらめ」など涙おしのごひ給ひつつ、この夢のわたりに目とどめ給ふ。




源氏は、年をとったゆえに、世間の事があれこれと解ってくるにつけ、変に恋しく思い出されてくる入道のことゆえ、深い契りの夫婦では、どんなに思いが深いものか。などと、おっしゃる。そして、この夢物語も、思い当たることがあるかも知れぬと、明石が、何とも、変な、梵字とか申します文字でございますが、あるいは、お目にとまることもありましょうと、存じまして、最後と思い、別れたのでございますが、矢張り、思いは、残るものでございました。と言い、見事に泣かれる。
手紙を手に取り、源氏は、実に見事で、まだまだ老衰していない。筆跡もその他、何につけても、特に有職といってよいはずの人だったが、ただ、世渡りの心得だけが、不十分だった。入道の先祖の大臣が、大変賢く、世に稀な真心をもって、朝廷にお仕えしていらした間に、何か行き違いがあり、その報いで、こんなに子孫が絶えるのだなどと言う者もいるようだが、娘の系統でだが、こうして決して子孫が無いと言えない。多年の修行のしるしだろう。などと、涙を拭きになりつつ、この夢物語の所に、目を留めるのである。




「怪しくひがひがしく、すずろに高き心ざしありと人もとがめ、またわれながらも、さるまじき振舞を、仮りにてもするかなと思ひし事は、この君の生まれ給ひし時に、契り深く思ひ知りにしかど、目の前に見えぬあなたのことは、おぼつかなくこそ思ひ渡りつれ。さらばかかる頼みありて、あながちには望みしなりけり。横さまにいみじき目を見、ただよひしも、この人一人のためにこそありけれ。いかなる願をか心に起こしけむ」と、ゆかしければ、心のうちに拝みて取り給ひつ。




源氏は、心の中で、変に偏屈で、むやみに大それた望みを持つと、人を批難し、また自分自身も、よろしくない結婚を、かりそめにもすることだと、思ったのは、姫君が生まれた時に、前世からの約束事だと思ったが、目の前の見えない将来のことは、不安に思い続けていたのだ。そして入道は、この夢を頼りに、無理に私を望んだのだ。無実の罪で、酷い目にあい、流浪したのも、この姫君一人のためだった。入道は、どんな願を思い立ったのかと、知りたいと、心の中で拝んで、願文を、取り上げた。


posted by 天山 at 06:33| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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