2014年11月26日

もののあわれについて713

対の上などの渡り給ひぬる夕つ方、しめやかなるに、御方、お前に参り給ひて、この文箱聞え知らせ給ふ。明石「思ふさまに叶ひ果てさせ給ふまでは、とり隠しておきて侍るけれど、世の中定め難ければ、後めたさになむ。何事をも、御心と思し数まへざらむこなた、ともかくも、はかなくなり侍りなば、必ずしも今はのとぢめを御覧ぜらるべき身にも侍らねば、なほ、現心うせず侍る世になむ、はかなき事をも、聞えさせおくべく侍りけると思ひ侍りて、むつかしく、怪しき跡なれど、これも御覧ぜよ。




対の上、紫の上が、お部屋に戻られた夕方、物静かな時に、御方、明石は、姫君の御前に上がり、この文箱のことを申し上げる。明石は、望み通りになるまでは、隠しておくはずだったのが、この世は無常で、気になりますので、何事も、ご自分のお考えで、一つ一つを判断される前に、いずれにせよ、私が亡くなることもありましょう。きっと、臨終の際に、お見取りいただく身分ではありませんので、矢張り、気のしっかりしているうちに、つまらないことでも、お耳に入れておきますことと思います。見苦しく、何とも申しようがない筆跡ですが、これも、御覧ください。

現心、うつしこころ・・・
現在の心の様を言う。




この願文は、近き御厨子などに置かせ給ひて、必ずさるべからむ祈りに御覧じて、この中の事どもはせさせ給へ。うとき人にはな漏らさせ給ひそ。かばかりと見奉り置きつれば、みづからも世をそむきはべむと思う給へなり行けば、よろづの心のどかにも覚え侍らず。対の上の御心、おろかに思ひ聞えさせ給ふな。いとありがたくものし給ふ深き御けしきを見侍れば、身にはこよなくまさりて、長き御世にもあららなむとぞ思ひ侍る。もとより御身に添ひ聞えさせむにつけても、つつましき身の程に侍れば、ゆづり聞えそめ侍りにしを、いとかうしもものし給はじとなむ、年頃はなほ世の常に思う給へ渡り侍りつる。今は来し方行く先、後安く思ひなりにて侍り」など、いと多く聞え給ふ。涙ぐみて聞きおはす。




この願文は、お傍の御厨子などに置いて、必ずそのような時に、御覧あそばして、この中にある事を、果たしてください。気心の知れない者には、決して、お話になっては、いけません。このように、将来も予想がつきましたことで、私自身も、出家をしたいと、考えるようになりました。何かにつけて、ゆったりとした気持ちにはなりません。対の上のお心を、いい加減に思うことなく。世にも珍しいご親切が解りましたので、私などより、ずっと幸せに長生きをされるように、願っています。元々、私は、あなたのお傍にお付き上げるのも、控えた方が、よい身分です。最初から、あの御方に、お任せ申し上げたのでございますが、まさか、これ程までにとは、長い間、矢張り世間並みに考えていました。今は、過去から未来も、安心出来る気持ちになりました。などと、色々なことを、申し上げる。
姫君は、涙ぐんで、聞いていらっしゃる。




かく睦まじかるべきお前にも、常にうちとけぬ様し給ひて、わりなくものづづみしたる様なり。この文の言葉いとうたてこはく、憎げなる様を、陸奥紙にて、年経にければ、黄ばみ厚肥えたる五六枚、さすがに香にいと深くしみたるに書き給へり。いとあはれと思して、御額髪のやうやう濡れゆく御そばめ、あてになまめかし。



明石の御方は、このように親しくしてもよい姫君の前でも、いつも畏まった様子でいられる。むやみに遠慮しているのである。
入道の手紙の文句は、いやに堅苦しく、粗野なのだが、陸奥紙で、数年を経ているので、黄ばんで、ぶくぶくになっている五、六枚に、それでも、香が焚き染めてあるのに、書かれている。姫君は、大変にあはれに思い、御額髪が、だんだんと涙に濡れてゆく、その横顔が、上品で、艶やかである。

入道とは、明石の父親であり、姫君の祖父に当る。
明石は、我が子ながら、身分の違いから、遠慮がちに、対面している。

いとあはれと・・・
その場その場で、あはれの、風景が違うのである。




院は、姫宮の御方におはしけるを、中の御障子よりふと渡り給へれば、えしもひき隠さで、御几帳を少し引き寄せて、みづからははた隠れ給へり。源氏「若宮は驚き給へりや。時の間も恋しきわざなりけり」と聞え給へば、御息所は答へも聞え給はねば、御方「対に渡し聞え給ひつ」と聞え給ふ。源氏「いと怪しや。あなたにこの宮を領じ奉りて、ふところをさらに放ちずもて扱ひつつ、人やりならず衣もみなぬらして、脱ぎ変へがちなめる。かろがろしく、などかく渡し奉り給ふ。こなたに渡りてこそ見奉り給はめ」と宣へば、明石「いとうたて。思ひぐまなき御事かな。女におはしまさむだに、あなたにて見奉り給はむこそよく侍らめ。まして男は、限りなしと聞えさすれど、心安く覚え給ふを、たはぶれにても、かやうに隔てがましき事、なさかしがり聞えさせ給ひそ」と聞え給ふ。うち笑ひて、源氏「御中どもに任せて、見放ち聞ゆべきななりな。隔てて、今は、誰も誰もさし放ち、「さかしら」など宣ふこそをさなけれ。先はかやうにはひ隠れて、つれなく言ひおとし給ふめりかし」とて、御几帳をひきやり給へれば、母屋の柱に寄りかかりて、いと清げに、心恥づかしげなる様してものし給ふ。




院は、源氏は、姫宮の許にいらっしゃったが、間の襖から、不意に起こしになったので、手紙を隠すことも出来ず、御几帳を少し引き寄せて、体を少し隠した。
源氏は、若宮は、お目覚めか。少しの間も、恋しいものだ。と、申し上げると、御息所、姫宮は、お答えもしないので、御方、明石が、対の方に、お渡し申し上げました。と、申し上げる。源氏は、実にけしからん。紫の上では、若宮を独占して、懐から少しも放さず、お世話しては、着物もすっかりと、濡らして、しきりに着替えている様子。簡単に、どうして、お渡しするものですか。こちらに参って、お世話申し上げればいい。と、おっしゃるので、明石は、まあ、嫌なこと。思いやりもない、お言葉です。女宮でいらしても、紫の上の方で、お世話申し上げるのがよろしいでしょう。まして、男宮は、どれ程の身分でいらしても、ご自由と、存じ上げます。ご冗談にも、そのような隔てがましいことを、煩くおっしゃいますな。と、申し上げる。
源氏は、笑って、あなた方同士にお任せして、お構いされるのが、いいのだな。分け隔てして、この頃は、誰も彼もが、私をのけ者にして、「喧しい」などと、おっしゃるとは、浅はかだ。そのような、こそこそと、隠れて、容赦なく、こき下ろすのだから。と仰せになり、御几帳を引き寄せると、母屋の柱に寄り掛かり、大変に綺麗で、立派なお姿で、いられるのだ。

明石は、我が子を、紫の上に任せて、お世話をしてもらい、その姫が、東宮に嫁ぎ、大変な身分になったのである。
当時は、母親の身分が、父親より、上だった。
源氏が、その姫を引き取り、紫の上が、育てたお蔭である。



posted by 天山 at 07:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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