2014年11月25日

もののあわれについて712

尼君久しくためらひて、尼君「君の御徳には、嬉しく、おもだたしき事をも、身にあまりて並びなく思ひ侍り。あはれに、いぶせき思ひもすぐれてこそ侍りけれ。数ならぬ方にても、長らへし都を捨てて、かしこに沈みいしをだに、世人に違ひたる宿世にもあるかな、と思ひはべしかど、生ける世にゆき離れ、隔てるべき中の契とは思ひかけず、同じ蓮に住むべき後の世の頼みをさへかけて、年月を過ぐしきて、俄かに、かく覚えぬ御事出できてそむきにし世に立ち返りて侍る。かひある御事を見奉り喜ぶものから、片つ方には、おぼつかなく悲しきことのうち添ひて絶えぬを、遂にかく逢ひ見ず隔てながら、この世を別れぬるなむ口惜しく覚え侍る。世にへし時だに、人に似ぬ心ばへにより、世をもてひがむるやうなりしを、若きどち頼みならひて、おのおのはまたなく契おきてければ、かたみにいと深くこそ頼みはべしか。いかなれば、かく耳に近き程ながら、かくて別れぬらむ」と言ひ続けて、いとあはれにうちひそみ給ふ。




尼君は、長い間、涙を抑えていたが、あなたのお蔭で、嬉しく、光栄な事も、身に過ぎて、またとないことと、思います。しかし、胸を痛め、晴れない思いのことも、人並み以上です。たいした身分でもないながら、長年住み着いた都を離れ、明石にうらぶれて住んだことさえ、人とは、違った運命だと、思っていました。生きながら、夫と別れて、別々に住むような夫婦になるとは、思いもかけず、同じ蓮の上に住むことが、出来るはずだと、あの世に望みをかけて、年月を過ごして来た末に、急に、こんな思いがけない縁談が起こり、出て来た都に立ち返り、戻って来ました。嬉しい御運と拝見して、嬉しいものの、一方では、気掛かりで、悲しいことが、つきまとって絶えませんが、とうとう、主人に逢えず、離れたまま、一生の別れとなってしまったこと、残念に思います。都に住んでいた時でさえ、風変わりな性質のため、世をすねているようでしたが、若い同士は、頼みにつけ、二人は、またとない約束をしていましたから、互いに深く頼りにしあっていました。どういうわけで、こんな便りの通じる近いところでありながら、こうして、別れてしまったのでしょう。と、話し続けて、大変悲しい泣き顔をしていられる。

いとあはれに・・・
この情景からは、とても、悲しく・・・




御方もいみじく泣きて、明石「人にすぐれむ行く先の事も覚えずや。数ならぬ身には、何事もけざやかにかひあるべきにもあらぬものから、あはれなる有様に、おぼつかなくてやみなむのみこそ口惜しけれ。万の事、さるべき人の御為めとこそ覚え侍れ。さてたえ籠もり給ひなば、世の中も定めなきに、やがて消え給ひなば、かひなくなむ」とて、夜もすがら、あはれなる事どもを言ひつつ明かし給ふ。




明石の御方も、大変泣かれて、将来、人より出世する事など、考えもしません。どうせ、たいした身分ではない私は、何につけても、はっきりとした、しっかりした扱いは、受けませんけれど、情けない日陰者の有様で、不安なままに、終わってしまうことだけが、残念なのです。何もかも、因縁を持つ、父上の為だと、思われます。そうして、人里離れた山に入り、人間は、いつ死ぬか解らないもの。そのままにして、お亡くなりになれば、何にもなりません。と、一晩中、悲しい話を、あれこれと、話し合って、夜を明かしたのである。

あはれなる事ども・・・
悲しい話である。




明石「昨日も、おとどの君の、あなたにありと見おき給ひてしを、俄かにはひかくたらむも、かろがろしきやうなるべし。身一つは、何ばかりも思ひはばかり侍らず、かく添ひ給ふ御為めなどのいとほしきになむ、心に任せて、身をももてなしにくかるべき」とて、暁に帰り渡り給ひぬ。




明石は、昨日も、殿様は、あちらの姫君の所に、いるとご存知でいらしたのに、お許しも得ず、こちらに、こっそりと来ているのも、よくないこと。私一人は、たいして遠慮もしません。ああして、若宮までお生まれになった御方の為に気掛かりですから、思うままに、私も動きにくいのです。と言い、暗いうちに、お帰りになった。




尼君「若宮はいかがおはします。いかでか見奉るべき」とても泣きぬ。明石「今見奉り給ひてむ。女御の君もいとあはれになむ、思し出でつつ聞えさせ給ふめる。院も、事のついでに、「もし世の中思ふやうならば、ゆゆしき予言なれど、尼君その程まで長らへ給はなむ」と宣ふめりき。いかに思すことにかあらむ」と宣へば、またうち笑みて、尼君「いでや、さればこそ、さまざま例なき宿世にこそ侍れ」とて、喜ぶ。
この、文箱は持たせて、まうのぼり給ひぬ。




尼君は、若宮は、どうしています。何とかして、拝することはできないのか、と言い、また尼君は、泣いた。
明石は、すぐにお会いになれましょう。女御の君も、懐かしく、あなたを思い出しになって、お口に遊ばすようです。院も、何かの時に、もし世の中が、思い通りになるなら、恐れ多い望みだが、尼君も、その頃まで、長生きしてほしいもの、と仰いました。どういうお考えがあるのでしょう。と、おっしゃると、今度は、にっこりとして、尼君は、さあ、それだからこそ、喜びも悲しみも、またと、例のない私の運命なのです。と言い、喜ぶ。
御方は、この願文を入れた、文箱を、侍女に持たせて、姫君のところに、参上した。




宮より、とく参り給ふべき由のみあれば、紫「かく思したる、理なり。珍しき事さへ添ひて、いかに心もとなく思さるらむ」と、紫の上も宣ひて、若宮忍びて参らせ奉らむ御心遣ひし給ふ。御息所は、おほんいとまの心安からぬに懲り給ひて、かかる序にしばしあらまほしく思したり。程なき御身に、さる恐ろしき事をし給へれば、少し面痩せ細りて、いみじくなまめかしき御様し給へり。明石「かくためらひがたくおはする程、つくろひ給ひてこそは」など、御方などは心苦しがり聞え給ふを、おとどは、「かやうに面痩せて、見え奉り給はむも、なかなかあはれなるべき業なり」など宣ふ。




東宮より、早く参内されるように、とのお召しがあるので、紫の上は、そのように思われるのも、無理の無いこと。おめでたいことまでありました。どんなに、待ち遠しく思っていらっしゃるか、と、おっしゃり、若宮を、こっそりと東宮に上がらせようと、ご準備をされる。御息所は、お里下がりのお許しが容易に出来ないので、懲りて、このような機会に、しばらくお里に、居たいと思うのである。年も行かない御体で、あんな恐ろしいことをなさったので、少しお顔もやつれ、痩せて、大変なまめかしいご様子である。明石は、このように、ゆっくりと出来ない、お体ですから、もう少し、静養されてからに、などと、御方などは、気の毒に思い、申し上げるが、殿様、源氏は、このようにして、面痩せして、御前にお出になるのも、かえって、魅力あるもの、などと、おっしゃる。

さる恐ろしき事をし給へれば・・・
出産のことである。



posted by 天山 at 06:55| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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