2014年11月22日

もののあわれについて711

若君国の母となり給ひて願満ち給はむ世に、住吉の御社をはじめ、はたし申し給へ。さらに何事をかは疑ひ侍らむ。この一つの思ひ、近き世にかなひ侍りぬれば、はるかに西の方十万憶の国隔てたる九品の上の望み疑ひなくなり侍りぬれば、今はただ迎ふる蓮を待ち侍る程、その夕まで、水草清き山の末にて勤め侍らむとてなむまかり入りぬる。
 光出でむ 暁近く なりにけり 今ぞ見し世の 夢がたりする」
とて、月日かきたり。




姫君が、国母とおなりになり、願いが叶うことができたら、住吉の御社をはじめとして、お礼参りをなさいませ。さらさら何事を、疑いましょう。姫君についての、唯一の願いが、すぐに叶いましたら、はるかに、西の方、十万億土を隔てた極楽の、上品上生に往生する望みも、間違いないことになります。今は、ただ弥陀の来迎を待ちます間、臨終の夕まで、水も草も清らかな山の奥で、勤行いたしましょうと思いまして、入山いたしました。
光の差し出る、暁が近くなりました。今はじめて、昔見た夢の話をいたします。
とあり、月日が書いてある。




入道「命終らむ月日もさらにな知ろしめしそ。いにしへより人のそめおきける藤衣にも、何かやつれ給ふ。ただわが身は変化の物と思しなして、老法師の為には功徳をつくり給ふ。この世の楽しみにそへても後の世を忘れ給ふな。願ひ侍るところだに至り侍りなば、必ずまた対面は侍りなむ。娑婆の外の岸に至りてとくあひ見むとを思せ。」
さてかの社にたて集めたる願文どもを大きなる沈の文箱にふんじてこめて奉り給へり。




入道は、何月何日に死のうとも、決して、お構いくださるな。昔から、皆が着ることになっている、喪服なども、お召しになる必要は、ございません。ひたすら、自分は神仏の権化と思い、この老僧のためには、冥福を祈ってください。現世の楽しみと共に、後世のことを、お忘れなさいますな。願っております、極楽にさえ、行き着けば、きっと改めて、お目にかかるでしょう。苦界の外の彼岸に行って、早く逢おうと考えてください。
それから、住吉の神社に、たてた多くの願文を、大きな沈香木の文箱に入れ、封をして、差し上げになった。

何とも、見事な、死ぬ準備である。




尼君にはことごとにも書かず。ただ、入道「この月の十四日になむ、草の庵まかり離れて、深き山に入り侍りぬる。かひなき身をば熊狼にも施し侍りなむ。そこにはなほ思ひし様なる御世を待ちいで給へ。あきらかなる所にてまた対面はありなむ」とのみあり。




尼君には、詳しく書くことはない。ただ、入道は、この月の十四日に、草庵を捨てて、山奥に入ります。役にも立たない、この身は、熊や狼にでも、施してやろうと思います。あなたは、長生きして、望み通りの、御世にしなさい。極楽浄土で、再びお目にかかりましょう。と、あるのみだった。




尼君、この文を見てかの使ひの大徳に問へば、僧「この御文かき給ひて三日といふになむ、かの絶えたる峰にうつろひ給ひにし。なにがしらも、かの御送りに麓までは候ひしかど、みな返し給ひて、僧一人童二人なむ御供に候はせ給ふ。今はと世を背き給ひし折りを、悲しきとぢめと思う給へしかど、残り侍りけり。年頃行なひのひまひまに、寄り臥しながら、かき鳴らし給ひし琴の御琴、琵琶とり寄せ給ひて、かい調べ給ひつつ、仏にまかり申し給ひてなむ、御堂に施入し給ひし。さらぬ物どもも多くは奉り給ひて、その残りをなむ、御弟子どね六十余人なむ、したしき限り候ひける、程につけて皆処分し給ひて、なほし残りをなむ京の御料とて送り給へる。「今は」とてかきまかり、さるはるけき山の雲霞に交り給ひにし、むなしき御跡にとまりて、悲しび思ふ人々なむ多く侍る」など、この大徳も、童にて京より下りし人の、老法師になりてとまれる、いとあはれに心細しと思へり。




尼君は、この手紙を見て、使いの大徳に尋ねると、僧は、このお手紙をお書きになって、三日目という日に、お手紙にあります、人跡の絶えた、山の峰に入りました。拙僧なども、入道様のお見送りに、麓まで参りましたが、一人残らず、帰されて、僧一人と童二人だけを、御供に、お連れされました。もうこれまでと、ご出家された時を、悲しみの最後と思いましたが、まだ残りがありました。長年の間、勤行の合間に、寄りかかり、掻き鳴らした、琴の御琴や、琵琶を取り寄せられて、最後の演奏をされて、本尊にお別れをして、楽器を御堂に寄進されました。その他の物も、仏に差し上げて、その残りを、御供して、入道した六十人あまり、安心な者ばかりが、お使えしていましたが、身分に応じて、それぞれ、形見分けされて、その上で、残ったものを、京の方々に、お送り申し上げました。これが最後と、引き籠り、あのような遠い山の霞の中に、入ってしまいました。その後は、空しく取り残されて、悲しく思う者が、大勢おります。などと言う大徳も、子供の頃から、京から下った人が、今は、老法師になり、明石に残った人で、大変、情けなく、心細いと思っている。




仏の御弟子の賢しき聖だに、鷲の峰をばたどたどしからず頼み聞えながら、なほ、たきぎつける夜のまどひは深かりけるを、まして尼君の悲しと思ひ給へること限りなし。




仏の弟子たちの、賢い聖者でも、霊鷲山を心から信じていながら、それでも、釈迦入滅の際の、悲しみは深かったのだから、それ以上に尼君が、悲しく思うのは、限りも無いのである。




御方は南の御殿におはするを、「かかる御消息なむある」とありければ、忍びて渡り給へり。重々しく身をもてなして、おぼろけならでは通ひあひ給ふ事も難きを、あはれなる事なむ、と聞きて、おぼつかなければ、うち忍びてものし給へるに、いといみじく悲しげなる気色にて居給へり。火近く取り寄せてこの文を見給ふに、げに、せきとめむ方ぞなかりける。




御方、明石の君は、南の御殿にいらしたが、明石からお手紙がきましたと、知らせがあり、こっそりとお出でになった。若宮の祖母として、重々しく振舞って、いい加減なことでは、尼君と、行き来し、お会いになることも難しいが、悲しいことがある、と聞いて、気に掛かり、こっそりお出でになったところ、尼君は、酷く悲しそうに、座っている。灯火を傍に引き寄せて、この手紙を御覧になる。いかにも、涙が止めようにもなかった。

あはれなる事なむ・・・
父の入道が、出家して、山に入ること。




よその人は何とも目にとどむまじき事の、まづ昔きし事思ひ出で、恋しと思ひわたり給ふ心には、あひ見で過ぎ果てぬるにこそはと見給ふに、いみじく言ふかひなし。涙をえせき止めず、この夢語りを、かつは行く先き頼もしく、さらばひが心にてわが身をさしもあるまじきさまに、あくがらし給ふと、中頃思ひただよはれし事は、かくはかなき夢に頼みをかけて、心高くものし給ふなりけり。と、かつがつ思ひあはせ給ふ。




他人は、別に気に掛けないことだが、何より先に、今までの事を思い出し、恋しいと思い続けていられる御方には、二度と逢えずに終わってしまうのだと思うと、たまらなくて、何を言っても、どうにもならない。涙を止めることが出来ない。手紙にある、夢物語を、一方では、正夢かと、将来が頼もしく思われ、いや、それは考え違いをして、自分を、とんでもない状態にして、困らせ、苦しめると、一時は、思案に暮れた。それは、実はこんな頼みにならない、夢に期待して、高望みしていらしたと、やっと、お分かりになる。

何とも複雑な心境である。
自分の姫が、男子を生み、いずれ帝の位に就けば、姫が、国母となるという・・・
しかし・・・
それは、我が身が、ありそうもないこと、源氏と結婚することから始まった。
そして、父親とは、もう逢う事が出来無いと言う、悲しみ・・・



posted by 天山 at 07:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。