2014年11月21日

もののあわれについて710

かの明石にもかかる御事伝へ聞きて、さるひじり心地にもいと嬉しく覚えければ、入道「今なむこの世のさかひを心安く行き離るべき」と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうの物は、みなその寺の事にしおきて、この国の奥の群に人も通ひがたく深き山あるを、年頃も占めおきながら「あしにこ籠もりなむ後、また人には見え知らるべきにもあらず」と思ひて、ただ少しのおぼつかなき事残りければ、今まで長らへけるを、今はさりともと、仏神を頼み申してなむ、移ろひける。




あちらの、明石でも、こういう話を人伝に聞いて、その悟りきった心にも、大変嬉しく思い、入道は、今こそ、現世から安らかな気持ちで、離れて行くことが出来る。と弟子たちに話して、住んでいた家を、寺にして、近くの田などのようなものは、皆、その寺の領にして、播磨の国の、山奥の土地に、人も通わない深い山があるのを、昔から領地にしておきながら、そこに籠もってしまった後は、再び、誰にも顔を合わせたり、消息を知らせたり出来ないと、ほんの少しの、心がかりが残って、今まで、籠もらずにいたが、今は、もう入山しても大丈夫と、仏神をお頼みして、山奥に移ったのである。

明石の入道とは、明石の君の父親である。
尼君は、その妻。
源氏が、明石に出た頃に、親しく付き合った。




この近き年頃となりては京に殊なる事ならで、人も通はし奉らざりつ。これより下し給ふ人ばかりについてなむ、一行にても、尼君にさるべき折節の事も通ひける。思ひ離るる世のとぢめに文書きて、御方に奉れ給へり。




ここ最近では、都に、特別の事ではなくて、使いを差し上げることもしなかった。京の方から、下される使者に持たせて、一行の手紙なりと、尼君に、しかるべき場合の、お返事をするのだった。俗世を捨てて、山に入る、お別れに、手紙を書いて、御方に差し上げになった。




入道「この年頃は、同じ世のうちに、めぐらひ侍りつれど、なにかは、かくながら身を変へたるやうに思う給へなしつつ、させる事なき限りは聞え承らず。仮名文見給ふるは日のいとまいりて、念仏も懈怠するやうに益なうてなむ。御消息も奉らぬを、伝に承れば、若君は東宮に参り給ひて、男宮生まれ給へる由をなむ、深く喜び申し侍る。そのゆえは、みづからかくつたなき山伏の身に、今更にこの世の栄えを思ふにも侍らず。過ぎにし方の年ごろ心ぎたなく、六時の勤めにも、ただ御事を心にかけて、蓮の上の露の願ひをば、さし起きてなむ、念じ奉りし。




入道は、ここ数年というもの、同じこの現世に生きておりますが、何の何のと、このままで、生まれ変わったように、考えることにしまして、特別の事が無い限りは、お手紙を差し上げたり、いただいたりせずに、おります。仮名の手紙を見ますのは、時間ばかりかかり、念仏も、怠けるようで、無益だと考え、お手紙も差し上げません。人伝によると、姫君は、東宮に入内されて、男宮が、お生まれになったとのこと。深くお喜び申し上げます。その訳は、私自身、このように、取るに足りない、山伏にして修行する身で、今更、この世の栄華を願うものではありません。過ぎ去った何年もの間、未練がましく、六時の勤行にも、ただ、あなた様の事だけを思い続けて、極楽往生したい願いを、二の次にして、お祈り、申しました。




わが御許、生まれ給はむとせしその年の二月のその夜の夢にみしやう、みづから須弥のやまを右の手に捧げたり。山の左右より、月日の光さやかにさし出でて世を照らす。みづからは山の下の蔭に隠れてその光にあたらず。山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて西の方をさして漕ぎ行く、となむ見はべし。




あなた様が、お生まれになろうとした、あの年の二月の、ある日の夜の夢に、見ましたのは、私自身須弥山を右手に捧げている、山の左と右から、月の光、日の光が、赤々と差しいで、天下を照らす。私自身は、山の下の蔭に入り、その光は当らない。山を広い海に浮かべて、小さい舟に乗って、西の方へ向って、漕いで行く、という夢を見ました。




夢覚めてあしたより数ならぬ身に頼む所いできながら、何事につけてかさるいかめしきことをば侍ちいでむ、と心のうちに思ひ侍りしを、その頃よりはらまれ給ひにしこなた、俗の方の文を見侍しにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべきこと多く侍しかば、賎しき懐のうちにも、かたじけなく思ひいたづき奉りしかど、力及ばぬ身に思う給へかねてなむかかる道におもむきはべにし。




夢が覚めて、翌朝から、物の数でもない、この私に、希望が出て来たのですが、どんな事によって、そんな立派なことを期待できようかと、心の中で、思っていましたところ、その頃から、あなたが宿られになり、それ以来、仏典以外の書を見ましても、それとは別に、仏教の真意を求めましても、夢を信じるべきだと言うことが、多くございました。賎しい身ながら、勿体無く思い、大事にお育て申してきましたが、力の足りない身に、辛抱できずに、こんな田舎に、下ったのです。




またこの国のことに沈み侍りて、老の波にさらに立ち返らじ、と思ひとぢめて、この浦に年ごろ侍し程も、わが君を頼むことに思ひ聞えはべしかばなむ、心ひとつに多くの願をたてて侍し。その返申たひらかに、思ひのごと、時にあひ給ふ。




そして、播磨の国の守を最後に、老いの身で、都にむざむざ帰ることはしないと、覚悟を決めて、この浦に、長年おりました。その間も、あなた様に、期待をかけておりましたので、誰にも言わず、多くの願を立てました。そのお礼参りも、無事にできる望み通りの、時節に会いました。



posted by 天山 at 06:56| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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