2014年11月09日

国を愛して何が悪い163

さて、奈良時代は、写経の時代でもある。

これは寺院の本尊と同様の重要性をもつものだ。三宝の「法」の記録だから当然だが、その筆写とは、言うまでもなく信仰の行為であり、功徳のひとつに数えられている。
亀井

天皇、氏族家の発願と、各地における国分寺建立により、莫大な量の経文を必要としたはずである。

国分寺には、聖武天皇の詔により、金光明最勝王経が、安置された。
これは、紫紙に、金字で書かれた、当時、最も荘厳美を著したものである。

この時代になると、写経所が拡大され、専門の写経生という職業も発生した。

元来、筆写ということのなかには、それを写した人の生理が、はっきり浮かび出てくるものだ。毛筆は呼吸を伝える上で、微妙なはたらきをするらしい。一字一字をあやまらぬように、絶対の正確さをめざして、息をひそめながらの重労働と言ってもよい。それを職業として写経生にとっては、大寺の礎石を運ぶ労働にも劣らぬ激しいものであったろう。
亀井

写経の行為の内に、目覚めた信仰の有様を、思う。
行為によって、信仰への道に向った時代であると言う。

そして、仏像である。
飛鳥、白鳳には見られない、天平固有のもの・・・

時代性と、天平びとの動きを、そこから、想像するのである。
仏師たちは、その時代の人々の、表情を見て、仏像に生かしたのではないか。

その一々の例は、上げない。

天平仏教を概観すれば、結局それは造型仏教と言っていいほどだ。時代とともに僧尼下級は激増したが、たびたびの統制にも拘わらず堕落して行った例が実に多い。
亀井

確かに、奈良仏教の堕落と退廃は、限りなく見える。
人物を挙げないが、特に、政治的権力、支配欲に現れている。
僧侶の堕落は、奈良時代からだということだ。

その知識により、支配者から、重要視される。
そして、個人的野心を持って、政治に関与しようとする。
あるは、天皇の位置を望むという、愚かな者まで、現れたのである。

それらは、特に、宗派に属する者たちである。
奈良末期には、実に奇怪な、形相を帯びた。

それ以後も、仏教の僧侶は、その権力が強くなると、比叡山の僧兵のように、兵士としての僧も現れるのである。

九世紀、平安期に入り、最澄、空海により、宗教改革がなされて、一応は、漸く、内的な仏教の始まりとなるが・・・

天平仏教の特徴は、書いたとおりである。
内的には、非常に貧弱だったと言うしかない。

さて、亀井は、
仏教思想に内在する超国家性は、天平仏教では充分に自覚されていたとは言えない。帰化人や入唐僧や混血によって、国際的な規模で成立したにちがいないが、それは外的条件であって、思索のうちに超国家性はあらわれなかった。
と、言う。

要するに、大和朝廷中心の国家による、抑圧が強かったということである。

ただし、一つ、正倉院宝物を見ると、極めて、広汎な世界を含んでいる。
この時代の異国への夢を見るようである。

工芸品に見る、様々な模様などは、日本には無いものが多い。
その創造性には、驚く。

ペルシャ、インドから唐の全域に渡る伝説と、風物、習慣を反映しているのだ。
それらの、工芸品が後の日本に与えた影響は、甚大である。

それから見ると、奈良時代は、美術国と言ってもいい。
更に、その正倉院には、古代の秘薬の数々がある。
いずれも、当時の貴重薬である。

病気が流行すると、施薬院から、分かち合ったことが、伺われる。
そして、それは、信仰の行為の一つであったこと。

飛鳥、白鳳、天平と、早足で俯瞰してきた。
古代びと・・・と、いわれる時代であるが・・・

それ以前の弥生、そして、縄文の伝えたもの・・・
人の心は、千年前と大差ないことを思えば、断絶してあるものではない。

つまり、歴史とは、心の内に存在するものなのである。
特に、精神史とは、心の古里を訪ねるのに、似る。

亀井勝一郎は、それぞれ、人物を挙げて、解説しているが・・・
その時代を象徴する人たちである。
しかし、私は、それは、残されたものにより、解説が可能であり、残されていないものは、無いものと考えられるという、文献主義に対して、その残されたものから、つまり、書かれたものから、書かれなかったものを、意識する。

また、書く必要が無かったこと、である。
当時は、説明抜きで、理解が可能だった。
しかし、時代を経ると、その意味さえ不明になってゆく。

最後に、天平を去るに当り、万葉集を編纂した、大伴家持のみを、取り上げてみたい。
彼の万葉集編纂は、偉業である。

そして、大伴家は、家持で没落するのである。
天皇に仕えた家系であり、文人の多い家系である。

また、万葉集の一部も、彼の一族で賑わう。
また、家持の歌も多く残り、名歌も多い。
不思議なことは、ある一時期から、全く、歌詠みしなくなったことである。

そこから、時代にある、普遍的なものを、見つめてみたい。



posted by 天山 at 07:32| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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