2014年10月31日

伝統について75

明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも

あすかかわ あすもわたらむ いしばしの とおきこころは おもほえぬかも

明日香川の名前のように、明日も渡って行こう。石橋のように、間遠い心は、考えられないのだ。

石橋のように、間遠い・・・
恋する相手との、距離を縮めたいのだ。
いつも、いつも、思っていたいのである。

石橋とは、飛び石のような橋のことである。
その石が、遠い・・・
飛び跳ねて渡るのだろう。
その感覚が、恋人との距離感を持たせるものである。

飛鳥川 水行き増り いや日けに 恋の増らば ありかつましじ

あすかかわ みずゆきまさり いやひけに こひのまさらば ありかつましじ

飛鳥川の水かさが増すように、日々、一層、恋心が募るので、私は、生きていられそうにない。

何とも、切ない恋心である。
このまま読めば、理解出来る歌である。

真薦刈る 大野河原の 水隠りに 恋ひ来し妹が 紐解くわれは

まこもかる おおのかはらの みずごもりに こひこしいもが ひもとくわれは

マコモを刈る、大野川の河原の水のように籠もり、密かに恋してきた娘の紐を、今こそ解くのだ。

何とも、大胆な歌である。
紐解くとは・・・
体の交わりを言う。

この、大胆、素直な性の感情は、実に、万葉集らしい。
しかし、今も、昔も、変わらないはず。

あしひきの 山下響み ゆく水の 時ともなくも 恋ひ渡るかも

あしひきの やましたとよみ ゆくみずの ときともなくも こひわたるかも

あしひきの、山下を響き流れる水のように、その時と定めず、いつも、恋し続けることなのだ。

いつも、いつも、時を定めることなく、思い続けるという、告白である。

恋ひ渡る・・・
恋し続けるというのである。

渡るという、言葉の意味合いが、広がるようだ。
そこから、晴れ渡る・・・など生まれた。

愛しきやし 逢はぬ君ゆえ 徒に この川の瀬に 玉裳ぬらしつ

はしきやし あはぬきみゆえ いたずらに このかわのせに たまもぬらしつ

愛しい、逢い難いあなたのために、私は、空しく、この川瀬に、玉裳を濡らすることだ。

いたずらに・・・
空しくも・・・
逢いたいために、玉裳を濡らす。
着ている、服の裾を濡らすというのだ。

その相手が、逢い難い人である。
その理由は解らないが・・・

万葉の恋の歌を読み続けると、心が素直になる。
これが、日本人の先祖たちの歌である。



posted by 天山 at 07:17| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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