2014年10月21日

もののあわれについて708

いとものあはれに眺めておはするに、御方参り給ひて日中の御加持にこなたかなたより参りつどひ、もの騒がしくののしるに、お前にこと人も候はず、尼君所えていと近く候ひ給ふ。明石「あな見苦しや。短き御几帳引き寄せてこそ候ひ給はめ。風など騒がしくて、おのづからほころびの隙もあらむに。医師などやうの様して、いと盛り過ぎ給へりや」などなまかたはらいたく思ひ給へり。由めきそして振舞ふ、とは覚ゆめれども、もうもうに耳もおぼおぼしかりければ、「ああ」と、かたぶきていたり。さるはいとさ言ふばかりにもあらずかし。六十五六の程なり。尼姿いとかたはらにあてなる様して目つややかに泣き腫れたる気色の、あやしく昔思ひ出でたるさまなれば、胸うちつぶれて、明石「古代の僻事どもや侍りつらむ。よくこの世のほかなるやうなる僻覚えどもに取りまぜつつ、あやしき昔の事どもも出でまうで来つらむはや。夢のここちこそし侍れ」とうちほほえみて見奉り給へば、いとなまめかしく清らにて、例よりもいたく静まり、物思ひしたる様に見え給ふ。わが子とも覚え給はず、かたじけなきに、「いとほしき事どもを聞え給ひて思し乱るるにや。今はかばかりと御位を極め給はむ世に聞えも知らせむとこそ思へ。口惜しく思し捨つべきにはあらねど、いといとほしく心劣りし給ふらむ」と、覚ゆ。




とても、心を痛めて、物思いに沈んでいるところに、明石の御方が、お上がりになり、日中の加持に、修験者たちが、あちこちで集まり、大声で祈祷しているが、姫君の御前には、他の女房も控えず、尼君が、いい気になって、身近に、お付きしている。
明石は、いけませんね。短い御几帳を傍に置いて、お付きされませ。風などが酷くて、ひとりでに、ほころびの隙間も出来ましょう。まるで、医者のような恰好です。すっかり、盛りが過ぎていますよ。などと、はらはらしている。気取りすぎる振る舞いと解っているが、老いぼれて、耳も遠いので、ああ、と首をかしげている。
そんなに言うほどの、年でもありません。六十五、六くらいです。
尼姿が、大変すっきりと、上品な様子で、目がきらきらして、涙に濡れて、泣きはらした感じが、昔を思わせるようで、はっとして、明石は、大昔の、訳のわからないお話でも、していたのでしょうか。よく、この世には、ありそうもない、記憶違いも、色々一緒に、おかしな昔話も、出てきましょう。夢のような気がします。と、にっこりして、姫君を御覧になる。
姫君は、大変艶やかで、すっきりしていて、いつもより、とても沈んで、考え込んでいる様子である。自分のお腹を痛めた子とも思えない程で、勿体無く、お気の毒な事を、色々と申し上げたので、お心が静まらないのか。もうこれで最後の、御位に就くのだという時に、お話申し上げようとしていたのに。もう駄目だと、自信をなくしてしまう程のことではないが、とても、可愛そうに、随分と、気後れされるだろうと、ご心配される。

明石の娘、姫君は、もう、位が高くなるのである。
紫の上に、育てられた故に、母の身分が、子の身分になる時代である。




御加持果ててまかでぬるに、御くだものなど近くまかなひなし、明石「こればかりをだに」といと心苦しげに思ひて聞え給ふ。尼君はいとめでたう美しう見奉るままにも、涙はえ止めず。顔は笑みてはつきなどは見苦しくひろごえたれど、目見のわたりうちしぐれてひそみいたり。「あなかたはらいた」と目くすれど、聞きも入れず。




御加持が終わり、修験者たちが、退出したので、御果物などを、お傍にお持ちする。明石は、せめて、これだけでも、と、大変心を痛めて、申し上げる。尼君は、ご立派な方、可愛らしい方と、姫君を拝する。もうそれだけで、涙を抑えることができない。顔は、笑い、口の恰好は、みっともなく広がっているが、目の当りは、涙に濡れて、泣き顔をしている。御方が、見かねて、目配せされるが、構わないのである。




尼君
老の波 かひある浦に 立ちいでて しほたるあまを 誰が咎めむ

昔の世にも、かやうなる古人は罪許されてなむ侍りける」と聞ゆ。御硯なる紙に、


しほたるる あまを波路の しるべにて 尋ねもみばや 浜の苫屋を

御方も忍び給はで、うち泣き給ひぬ。

明石
世を捨てて 明石の浦に 住む人も 心の闇は 晴るけしもせじ
など聞え紛はし給ふ。別れけむ暁の事も夢の中に思し出でられぬを、口惜しくもありけるかなと、思す。




尼君
この老いた私が、かいある浦と、幸せな身の上を喜び、うれし涙にくれているからとて、誰が咎めるでしょう。

昔から、私のような年寄りは、何をしても、大目に見てもらえるのです。と、姫に申し上げる。御硯にある紙に、

姫君
泣いている尼君を頼りに、私の生まれたところを、尋ねてみたいものです。

御方も、堪えきれずに、泣いてしまわれた。

明石
出家して、明石の浦に住んでいる、入道も、子を思う心の顔は、晴れることはないでしょう。
などと、申し上げて、涙を隠される。
別れたという、その暁の事も、ほんの少しも、覚えていないのを、残念なことと、思いになる。




三月の十よ日の程にたひらかに生まれ給ひぬ。かねてはおどろおどろしく思し騒ぎしかど、いたく悩み給ふことなくて、男御子にさへおはすれば、限りなく思すさまにて、おとども御心おちい給ひぬ。




三月の十日過ぎに、ご無事にお生まれになった。
前々は、大変ご心配になり、大騒ぎだったが、たいして苦しみもせず、その上、男御子であったので、何から何まで、理想通りで、殿様、源氏も、ご安心された。




posted by 天山 at 06:20| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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