2014年10月20日

もののあわれについて707

折節につけたる御いとなみ、うちうちの物の清らをも、こなたにはただ他所の事にのみ聞き渡り給ふを、何事につけてかは、かかるものものしき数にも交ひ給はまし、と覚えたるを、大将の君の御縁に、いとよく数まへられ給へり。




何かの折々の、催し、内輪での飾り付けも、こちら、花散里は、全く関係ないことと、聞き過ごしていられる。どのようなことで、このような堂々とした方々の、お仲間に入りなさろうかと思うが、大将の君、夕霧の、御縁で、立派に方々の一人として、成り立っていた。

突然、花散里が、登場するという・・・




年かへりぬ。桐壺の御方近づき給ひぬるにより、正月ついたちより御修法不断にせさせ給ふ。寺寺、社々の御祈りはた数も知らず。大殿の君、ゆゆしき事を見給ひてしかば、かかる程の事はいと恐ろしきものに思ししみたるを、対の上などのさる事し給はぬは口惜しくさうざうしきものから、うれしく思さるるに、まだいとあえかなる御程にいかにおはせむと、かねて思し騒ぐに、二月ばかりよりあやしく御けしき変はりて悩み給ふに、御心ども騒ぐべし。陰陽師どもも所をかへて慎み給ふべく申しければ、ほかのさし離れたらむはおぼつかなしとて、かの明石の御町の中に対に渡し奉り給ふ。こなたはただおほきなる対二つ、廊どもなむ廻りてありけるに、御修法の壇ひまなく塗りて、いみじき験者ども集ひてののしる。母君、この時にわが御宿世も見ゆべきわざなめれば、いみじき心を尽くし給ふ。




年が改まった。
桐壺の御方は、お産が近づき、正月上旬から、御修法を、不断にやらせになる。多くの寺社のご祈祷も、これまた、数えられないほどである。お殿様は、大変な事を御覧になったことがあるので、こういう時の事は、とても恐ろしいものと、心から思っている。そこで対の上、紫の上などが、こんな事が無かったことが残念で、物足りなくあるが、嬉しく思いで、姫はまだ小さい年頃で、どんななことになるのかと、前々からご心配であったところ、二月頃から、妙にご容態が変わり、苦しみになるので、皆様方々、ご心配であった。
陰陽師連中も、お住まいを移して、大事にされるように申したので、離れたところでは、気掛かりとあり、明石のお預かりの町の、中の対に、移される。
こちらは、ただ大きな対が、二つ、幾つもの廊があり、つながっていて、御修法の壇を、すっかりと塗りかためて、素晴らしい修験者たちが集い、大声を上げる。
母君は、このお産で、自分の御運のほども、はっきりすると、非常に気を揉んで、待たれている。

明石の姫君の、お産である。
その母、明石の君・・・




かの大尼君も、今はこよなきほけ人にてぞありけむかし。この御有様を見奉るは夢の心地して、いつしかと参り近づきなれ奉る。年ごろ母君はかう添ひ候ひ給へど、昔の事などまほにしも聞え知らせ給はざりけるを、この尼君喜びにえ堪へで、参りては、いと涙がちにふるめかしき事どもをわななきいでつつ語り聞ゆ。




あの、大尼君も、すっかり耄碌して、いたようです。このお産を拝するのは、夢の心地がして、早速、お傍に上がり、いつもお付きしている。長年、母君は、このようにお傍に付いているが、昔の事などは、特に話していないのに、この尼君は、喜びに堪えかねて、お傍に上がり、すぐに涙を流しては、大昔のことなどを、震える声で、お話申し上げる。

大尼君とは、明石の母親である。
姫の、祖母に当る。




はじめつ方は怪しくむつかしき人かなと、うちまもり給ひしかど、かかる人ありとばかりは、ほの聞き置き給へれば、なつかしくもてなし給へり。
生まれ給ひし程の事、おとどの君のかの浦におはしましたりし有様、今はとて京へ上り給ひしに、誰も誰も心を惑はして、「今は限り、かばかりの契りにこそはありけれ、と嘆きしを、若君のかくひき助け給へる御宿世のいみじく悲しきこと」と、ほろほろと泣けば、「げにあはれなりける昔の事をかく聞かせざらましかば、おぼつかなくても過ぎぬべかりけり」と思して、うち泣き給ふ。




はじめのうちは、変な、困った人だと、顔を見つめていたが、こういう祖母がいると、耳にしていらしたので、優しく、お相手される。
お生まれになったころの事、殿様が、あの明石の浦においであそばしたご様子、もう、お別れと京へ上られた時は、皆が皆、途方にくれて、これが最後、これだけの御縁であったとだろうと、悲しんだが、姫君が、このようにお助け下さった御運は、本当に涙の種と、ほろほろと、涙を流すと、本当に大変だった昔の事を、このように、尼君が聞かせてくれなかったら、知らずに過ごしていただろうと思い、涙を流すのである。




心の中には、「わが身はげにうけばりていみじかるべき際にはあらざりけるを、対の上の御もてなしに磨かれて、人の思へる様なども、かたほにはあらぬなりけり。身をばまたなきものに思ひてこそ、宮仕への程にも、かたへの人々をば思ひ消ち、こよなき心驕りをばしつれ、世人は下に言ひ出づる様もありつらむかし」など思し知りはてぬ。母君をばもとよりかく少し覚え下れる筋と知りながら、生まれ給ひけむ程などをばさる世離れたる境にてなども、知り給はざりけり。いとあまりおほどき給へるけにこそは、あやしくおぼおぼしかりける事なりや。
かの入道の、今は、仙人の世にも住まぬやうにて居たなるを、聞き給ふも、心苦しく、など、かたがたに思ひ乱れ給ひぬ。




心の中では、自分は、大きな顔をして、威張っていられぬ身分だったのに、対の上の、御養育で、磨かれ、それで皆の思いなしも、駄目な者の、扱いではなかった。自分ほどの者が、他にないように思い、宮仕えででも、他の人たちを問題にせず、すっかり威張りきっていた。世間の人々は、蔭で噂することもあったろう。などと、十分に解った。
お母様を、元々、このように少し身分の低い家柄とは、知っていたが、自分のお生まれになった所などを、そんなに都を離れた田舎であったなどとは、知らなかったのである。
あまり、鷹揚過ぎて、いらしたのでしょう。変に頼りない話です。
あの入道が、今では、世俗に住まない、仙人のようでいるとの話を、お耳にされるのも、気の毒なことと、いったふうに、あれこれと、心が、落ち着かないのである。

明石の姫君の心境である。
中で、作者の言葉が入る。



posted by 天山 at 06:25| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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