2014年10月19日

もののあわれについて706

今日は仰せ事ありて渡り給へり。院もいとかしこく驚き申し給ひて、御座につき給ひぬ。母屋の御座に向へて大臣の御座あり。いと清らにものものしく太りて、この大臣ぞ今盛りの宿徳とは見え給へる。あるじの院はなほいと若き源氏の君に見え給ふ。
御屏風四帖に内の御手書かせ給へる唐の綾の薄だんに、下絵の様などおろかならむやは。




今日は、勅命があり、太政大臣が六条の院に、お出でになった。院も、非常に恐縮して、御座所に着席された。母屋にある院の御座所に、向かい合って、太政大臣の御席がある。まことに、すっきりとし、堂々と恰幅があり、この大臣こそが、今盛りの立派な方と見える。主人の院は、今もなお若い、源氏の君と見える。
御屏風四帖に、主上が御自筆で、書き遊ばした、唐の綾の、ぼかしの薄紫、その下絵の出来栄えなど、結構なものである。




面白き春秋の作り絵などよりも、この御屏風の墨つきの輝くさまは、目も及ばず思ひなしさへめでたくなむありける。置き物の御厨子、弾物、吹物など蔵人所より賜はり給へり。大将の御いきほひいといかめしく成り給ひにたれば、うち添へて今日の作法いとことなり。御馬四十疋、左右馬寮、六衛府の官人、上より月々にひき整ふるほど、日暮れ果てぬ。




趣のある、四季の作り絵などよりも、この御屏風の、御筆の見事さは、目もくらむほどで、御筆と思うせいで、一層素晴らしいのである。置き物を載せる厨子、弦楽器や管楽器などは、蔵人所から、頂戴した。
大将のご威勢が、堂々たるものになり、それも加わり、今日の儀式は、格別である。お馬四十疋、左右の馬寮や、六衛府の官人が、上の者から順に、馬を引き並べる頃、日がすっかり、暮れてしまった。




例の万歳楽、質皇恩などいふ舞、気色ばかり舞ひて、大臣の渡り給へるに、珍しくもてはやし給へる御遊びに、皆人、心を入れ給へり。琵琶は例の兵部卿の宮。何事にも世にかたき物の上手におはして、いと二なし。御前に琴の御琴、大臣和琴弾き給ふ。年ごろ添ひ給ひにける御耳の聞きなしにや。いと憂にあはれに思さるれば、琴も御手をさをさ隠し給はず、いみじき音ども出づ。




例により、万歳楽、質皇恩などいう、舞いを形ばかり舞い、太政大臣がお出でになったので、珍しいことと、沸き立った音楽会に、一同心を込めて、演奏された。
琵琶は、矢張り、兵部卿の宮。すべての事に世に稀な名手でいられる。二人といない方である。源氏には、琴の御琴、太政大臣は、和琴を弾かれる。長年、聞くことのなかった御耳で聞いたせいか、誠に素晴らしく、心の動く思いがする。院の琴も、その腕を隠さず、それぞれ見事な、音色が出る。




昔の御物語りどもなど出で来て、今はたかかる御仲らひに、いづかたにつけても、聞え通ひ給ふべき御睦びなど心よく聞え給ひて、御酒あまたたび参りて、物の面白さもとどこほりなく、御酔ひ泣きどもえ止め給はず。
御贈物にすぐれたる和琴一つ、好み給ふ高麗笛添へて、紫檀の箱一具にからの本ども、ここの草の本など入れて、御車に追ひて奉れ給ふ。




昔のお話など出て来て、今は今で、こうした親しい間柄ゆえ、どちらの御縁組からも、仲良くされるはずの、親しいお付き合いのことなど、気持ち良く話し合い、盃を何度も酌み交わして、音楽の楽しさもきわまるところなく、お二人ともに、御酒の酔いに、涙を抑えられないのである。
大臣への、贈物として、見事な和琴を一つ、お好きな、高麗笛も加え、紫檀の箱一揃えに、唐の手本と、日本の草の手本を入れ、お車まで、追いかけて行き、差し上げる。




御馬ども迎へ取りて、右のつかさども、高麗の楽してののしる。六衛府の官人の禄ども大将賜ふ。
御心とそぎ給ひていかめしき事どもはこの度とどめ給へれど、内、東宮、一の院、后の宮、次々の御縁いつくしき程、いひ知らず見えたる事なれば、なほかかる折にはめでたくなむ覚えける。




主上からの、お馬を受け取り、右馬寮の役人たちが、高麗楽を演奏し、大騒ぎである。六衛府の官人の禄などは、大将がお与えになる。
ご意志により、簡略にされたが、主上、東宮、一の院、后の宮、それからそれへと、御縁者の堂々たることが、申しようもないほどのこと。矢張り、こういう時は、結構なことと、思われた。




大将のただ一所おはするを、さうざうしく栄なき心地せしかど、あまたの人にすぐれ、覚え殊に人柄も傍なきやうにものし給ふにも、かの母北の方の伊勢の御息所との恨み深く、いどみ交し給ひけむ程の宿世どもの行末見えたるなむさまざまなりける。
その日の御装束どもなどこなたの上なむし給ひける。禄ども大方の事をぞ三条の北の方はいそぎ給ふめりし。




お子は、大将ただお一人なのを、物足りなく、張り合いのない気がしたが、大勢の人に抜きん出て、評判も特に良く、生まれつきも、肩の並べる一はいないと、思われる程であるにつけても、これの母の北の方が、伊勢の御息所との間に、恨みが深く、競争されたお二方の御運の結果が、現れたのが、中宮と大将の違いだ。
当日のお召し物は、こちらの奥方が用意された。
色々な禄やその他のことは、三条の北の方がご用意されたようである。

かの母北の方、とは、葵上。
伊勢の御息所、とは、六条の御息所。

こなたの上、とは、花散里。
三条の北の方、とは、雲居の雁である。



posted by 天山 at 06:56| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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