2014年10月01日

国を愛して何が悪い157

その二は、民衆の動揺である。平城京の造営をはじめ、聖武朝には各地に宮殿の造営が行なわれた。また東大寺はじめ全国に国分寺の建立されるに当って、農民の徴集が行なわれた。いわゆる「役民」である。彼らのあいだに生じた動揺、逃亡、流離、餓死は、奈良朝の見逃しえない暗黒面である。
亀井

それを続日本記は、記す。

そして、
京に近き左側の山原に、多くの人をあつめ、妖言して、衆を惑す。多きときはすなわち万人、少なきときはすなわち数千なり・・・
とある。

異端妖術取締りである。

その三は、犯罪の増加である。

皇族大氏族間の血族相克による流血はないが、その頃は、僧侶が介入して、策謀的になり、陰姓を帯びるようになる。

殺人、強盗、贋金作りなどの、犯罪は、各層に渡り、激増していた。

いつの時代も、それらは、付き物であるが・・・
顕著に多くなったという、感想である。

智恵がついた・・・
そのようにも、思う。

続記がとくにこの点に留意して記録したわけではない。大赦がくりかえされたその記録によってわかるわけである。
亀井

天災、地異、病気が起こるたびに、神祇仏法の祈り、重罪以外の、大赦が行なわれた。
特に、聖武朝では、毎年それが、行なわれている。

ある一定期間の安定の後には、人心が乱れる。
更に、社会が苦難に満ちる時である。

その際の、精神的な状況は、どのようなものだったのか。
仏教も、民衆に浸透していたとは、思われない。
それは、まだ、朝廷と、氏族のものだった。

亀井は、
次に七世紀から継承した八世紀の精神の主題とは何か。天平びとはそれを自覚し、それに応えようとしたかどうか。これが一番重要な問題である。
と、言う。

だが、七世紀の、神ながら、と、仏教への思索による帰依、その双方において、応えようとしたが、八世紀は、それを引き継ぐのか・・・

神ながら、と、仏教は、激しい対立を見せず、万葉集にも、仏教の影響は皆無といってもよい。

しかし、
八世紀天平びとの一種の衰弱の原因は、この主題に応えようとする意志あるいは祈念の弱さにあると言っていいのではないか。さらに原因を辿るならば、「神ながら」と仏教信仰との対決・持続の殆ど皆無な点に求められよう。
亀井

棚上げしてしまったのである。
それが、衰弱なのか、否か。

国造りの混乱を経て、ようやく落ち着きを取り戻した状態・・・
それが、八世紀の特徴なのではないか。

衰弱というより、休憩である。

その亀井の主題は、消滅していないのである。

鎮魂と帰依、歌(後には物語)と仏教信仰、その交流と内面化は、様々なかたちを変えつつ、平安朝から中世へとつづいてゆく。
亀井

この辺りのことは、最も、注視する精神史の一つである。

すでに、仏教の対立は、蘇我氏と物部氏の、豪族の争いとして、終わったものである。
その、仏教派の蘇我氏が勝ち、仏教が、国の精神に大きな影響を与えた。
これ以上に、それによる、争いを好まなかった。

そして、天武天皇は、明確に、仏教の国教化を計ったのである。

神ながら、と、仏の教え・・・
その仏の教えが、十分に理解されていない状態を続けていた。

その仏教も、大陸を通して伝えられたものであり、インドの仏教とは、全く姿を違えていた。
特に、中国仏教によるものである。

そして、仏教の新興宗教といえる、大乗仏教経典が伝えられている。
後にそれが、大きな、問題を引き起こすのである。

仏教という宗教から見ると、行を見出せない中国仏教と、日本仏教である。

だから、空海が、行らしきことを、行なったといえる。

天平びとは、八世紀初頭から、中期以後にかけて、万葉集を中心に見ると、大伴旅人、山上憶良という、彼らを巡る、筑紫サロングループ。
そして、長屋王を中心とする、漢詩人たち。
山部赤人、笠金村の、宮廷歌人たち。

更に、天平後期の、大伴家持を巡る、大伴家の人々と、多くの女流歌人たち。
もう一つは、家持の採集した、防人の歌となる。

亀井は、その中から特徴的な歌人を取り上げて、説明するが・・・
それについては、省略する。

精神史に関しては、特に、歌を見ることが第一だと思うが・・・
一人一人を上げて、説明、解釈するのではなく、全体を俯瞰したいと、思う。
posted by 天山 at 06:24| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月02日

国を愛して何が悪い158

「我」の自覚は、生の悦びとともに、その翳りのように、生の空しさの自覚を伴うものだ。
亀井

天平びと、大宮びとの、衰退は、これである。
それは、衰退ではなく、自覚なのである。

初期、中期の万葉の歌にも、我という言葉が入るが、それの我という意識と、別な「我」という意識である。

それは、
仏教伝来や漢詩文の影響によって促がされ、様々なかたちでの表現を迫られるわけだが、すでに人麿歌集に、「まきむくの、山辺とよみて行く水の、水泡のごとし世の人我は」のような一首がある。人麿の自作かどうか。また年代も不明だが、この傾向は、「世の中は空しきもの」「うつせみの代は常なし」と言ったしらべとなって、旅人、憶良、家持なまでつづいているし、同時に、漢詩文の方からは、「遊」と「仙」と「隠」の影響をうけたことも指摘しておいた。
と、亀井は、言う。

自我というものの、自覚である。

今までの、私とは、違う、私の存在の在り方を、自覚した。
それは、学んだものである。
観念的なものを、学んだ。

これは、不安を生む。

亀井は、神人分離の精神を言うが・・・
それは、自然との分離と考えても良い。

それは、日本人だけのことではない。
人類の問題である。

自我意識の問題は、インドのみならず、西欧の哲学、思想で、延々と語られた問題である。

日本にも、その自我、この場合は、日本流の自我の問題である。

仏教の無常観は、これを土台にして、考えられたはずだ。

歌も漢詩も、次第に、その詩境に、一種の空虚感、虚無感が、現れてくる。

そこから様々な現世遊離のすがたがあらわれてくるし、或いは「事」と「言」とが密着せずに、自意識だけが回転してゆくような傾向もみられる。天平のいわゆる盛時を迎えるにつれて、特別の不安と動揺が次第に深まって行ったように思われる。
亀井

自意識・・・
自我の新たな目覚め・・・
それは、実は、新鮮な目覚めである。

それに、戸惑ったのが、天平びとである。

亀井の引用を少し長いが、掲載する。

ところで私は万葉集を読みながら、時々こんなことを考える。作者名のあきらかな人々の中には、当時の政治の最高責任者はむろん、高位高官の人が少なくない。初期万葉びとは言うまでもない。・・・
今日、「万葉びと」の名で政治家の姿を連想するのはむずかしいが、彼らの多くは政治家であった。私のいう空虚感は人生観や詩境の問題だけではなく、時代の政治とも関連しているのではないかということである。

政治的陰謀や駆引、また一身上の進退、自分の属する氏族への顧慮、派閥の問題、支配者としての民衆の統治など、彼らは政治のなまなましい現実にふれていた筈だ。・・・

万葉集の中に、あからさまな政治批判や風刺の歌が、幾編かはあってもよさそうなものだ。下級の官人から出てもいいし、作者未詳の民衆でもよい。いわゆる「政治詩」と言ったものは一篇もない。採集の過程で削除されたか。

と、いうことである。

自我の意識と、政治的配慮・・・

しかし、民衆の中にも、政治的は、皆無である。

防人の歌にしても、政治批判は無い。

仏教と、政治の歌が皆無であるという、事実。
編纂者の作為があるのか・・・
何とも、不明である。

再度、自我の意識に戻ると、日本には、主語が無い文が多い。
その代表な物語は、源氏物語である。
そして、それは、現在に至るまで、続いている。

たゆたふ・・・たゆたひ・・・
曖昧さ・・・

自我を強烈に意識すると、日本人は、とても、不安になるようである。
これは、風土の問題か・・・

江戸の、松尾芭蕉でさえ、松のことは、松に、竹のことは、竹に習え、と言うのである。
つまり、自然とつながる意識が存在しているという、日本人の精神である。

自然との同通は、縄文期から発生した、心情である。
それは、心情であり、世界の何処にも無い、自我意識である。

つまり、つながる意識である。
万葉の歌に、亡き人を偲ぶと、雲や雨が、亡き人とつながる。
更に、煙が立つと、亡き人の心と、見る。

それが、漢詩や、仏教により、強烈に自我というものを、意識する事を求められたとすると。いや、意識せざるを得ない時代になるのである。

それは、進化でもある。
精神の進化とも言える。

現代から見れば、野蛮な行為も多々あるが、当時は、それを現在のような野蛮な意識を持たなかった。

時代は、進化し、更に、人間の精神も進化するということである。

そして、多分に日本の場合は、外から来たものに、大きく影響されるのである。
それは、周囲が海に囲まれている、島国という、風土の問題である。

posted by 天山 at 06:33| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

霊学181

この世に生をうけた人間は、物質界で創造活動を行なう。彼は霊的存在として創造活動を行なう。
シュタイナー

何故、霊的存在が、この世に生まれるのか・・・
誰もが、答えを出せない。

この世と、あの世・・・
あの世とは、次元を別にする世界である。

多くの宗教、その他、精神世界を扱う人々は、皆、そのように言う。
この世は、仮の宿とは、日本的な言い方である。

実相の世界は、あの世なのである。
では、何故、人間は、この世に生まれるのか。生まれなければならないのか・・・

死後の世界が、本当の世界実相の世界だとしたら、別に、生まれる必要はないのである。

何故、生まれる。
実に単純なことで、生まれたくて、生まれてきたのである。

因果律というものが、あれば、それである。
原因は、生まれたい、のであり、結果が、生まれたのである。

物質界の霊的存在として、創造活動をする・・・
上手く言ったものである。

彼は霊界の使者として、霊を物体界に同化させる。人間は肉体をもつことによってのみ、物体界に働きかけることができる。彼は肉体を道具として使用しなければならない。そうすれば物体的なものを通して物体的なものに働きかけることができるし、物体的なものが彼に働きかけることもできる。けれども人間の体的本性を貫いて働きかけるものは霊に他ならず、物体界で作用するための意図、方向は霊からきている。
シュタイナー

上記は、単に、
人間を突き動かしているものは、霊に他ならない。
で、言い尽くせる。

何故なら、人間は霊的存在であると、言うのであるから。

動物たちとは、人間は違うのである。
それは、霊的存在だから・・・
いや、動物たちも、霊的存在である。
だが、人間は、思考ができる。それは、大脳化ゆえである。

さて霊が肉体内で働く場合、霊としての真の姿で存在することはできない。いわば物質存在のヴェールを通して輝き出ることができるだけである。したがって人間の思想生活は本当は霊界に属しており、それが物質的存在の中で行なわれる場合、その真の姿はヴェールに被われている。肉体をもった人間の思想生活は、この生活が本来属しているところの真の霊的存在の影像であり、反映である。
シュタイナー

当たり前のことを、何度も書き付ける。
更に・・・
物質存在のヴェールを通して・・・
その真の姿はヴェールに被われている・・・

やたらに、面倒な説明である。

物質のヴェールを通して、更に、そこで真の姿は、ヴェールに被われている。
これも、比喩的なのであろう。

問題は、
肉体を持った人間の思想生活は、この生活が本来属しているところの真の霊的存在の影像であり、反映である。
つまり、無いということである。

この世の、物質界は、無いというのである。

ここ、ここに至ると、生まれてくるのは、遊びに来ているようである。
しかし、シュタイナーは、大真面目である。

私は、時々、別の見方をしてみる。
この世は、地獄である。地獄というものは、この世のことであり、今、地獄の世界で生きていると。
一方では、少数の人たちが、満腹に食べて、一方では、大勢の人たちが、飢えている。
こんな世界は、地獄に相応しいのである。

更に、紛争、戦争という、人殺しが、頻繁に行なわれる。
大災害で、多くの人命が奪われると、極端な判断をする人々・・・
それは、神の罰である、とか、神が彼らを浄化するために・・・云々

何とでも、言うし、言えるのである。

シュタイナーは、危機意識を持って、この神秘学を提唱していたが・・・
どんな危機意識か・・・
宇宙意識の進化に、寄与する・・・

だから、延々と、
このように、物質生活をおくる霊は、肉体を基礎として、地上の物体界と互いに作用しあう。
シュタイナー
という、暢気なことを、書けるのである。

一体、こんな説明が必要なのか・・・
肉体を基礎として・・・当たり前のことを言う。

これは、一種の文芸である。
勿論、この文芸を奉じて、何やらやるのも、いいだろうが・・・

これで、修行などした暁には、この世から、遊離するだろう。
現に、多くの人が、遊離してしまった。

シュタイナーを翻訳する人は、本を出すことで、満足するだろう。
新しい思想、考え方等々・・・

人間の霊は死ぬ度に、繰り返してこの霊たちの国に生きなければならない。
シュタイナー
それは得たものによって、用意を新たに、ふたたびこの世での仕事につくことができるためなのである。
シュタイナー

信じるしかなくなる。

posted by 天山 at 07:07| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

霊学182

人間の霊は死ぬ度毎に、繰り返してこの霊の国に生きなければならない。
シュタイナー

輪廻転生である。
キリスト教では、それを認めていないせいか・・・
この輪廻の話が、また、くどいのである。

人間の創造活動の建築家である霊もしくは高次の自我は、「霊界」の中で、霊界の法則に従って、能力を身に付け、目標を知り、そして地上の世界のためにそれを役立たせるのである。
シュタイナー

シュタイナーは、この世も、霊界とは、認めていないようである。
この世は、霊界に含まれてある。

地上の世界・・・
この世が、霊界に含まれているから、彼の理論が生かされるはずなのだが・・・
もし、断絶していれば、関わることは、無理である。

肉体に宿る人間の霊は、繰り返して自分の世界(霊界)に滞在するのでなければ、この世の現実の中で霊的存在であり続けることはできないであろう。
シュタイナー

この世を、現象の世界と捉え、霊界を実相の世界と捉える、考え方がある。
もし、霊的存在を認めるならば、上記のことは、当然過ぎるほど、当然である。

比喩など用いる必要も無い。

それなりに説明した後に、
以上は勿論、人間の転生についてのひとつの一般的な観念に過ぎない。そして現実とこの観念とは決して完全にではなく、多かれ少なかれ一致するというだけに過ぎない。事情によっては或る人生が前世のときよりも、ずっと不完全にならざるをえない場合が起こりうる。しかし全体としては、転生を続けていく間に、このような不規則な事態は一定の範囲内でふたたび調節される。
シュタイナー

霊界の諸相は、永遠に広がる。
まさに、百人百様であるから、断定して書く事が出来ないのである。

様々な霊界通信が、それである。
更に、シュタイナーも述べるように、その段階、彼は、領域と言うが、限りないのである。

ある意味では、教科書のように、説明しているが、決して、全てではない。
勿論、シュタイナーも、それを表現するのは、比喩によると言う。
それも、当然である。

何せ、シュタイナーも完全なものではないのである。

もし、完全なものであると、言えば、宗教になる。
そして、信じる行為になってしまう。

「霊界」の第一領域における人間は、地上の事物の霊的原像にとりかこまれている。この世の生活においては、思考内容として捉えたこれらの原像の影だけを、人間は知ることができた。地上では単に考えられるだけのものが、この領域では体験されるものとなる。
シュタイナー

要するに、死後直後から、目覚めた霊は、地上の生活の中にいるということだ。
目覚めなければ、何年も、何百年も、何千年も、眠っている。

更に、目覚めた霊は、その指導霊により、ある場所に連れて行かれる。
自分では、何も出来ないのである。

そして、意識のレベルの問題になる。
それを、領域という言葉で、段階を上がることを、シュタイナーは言う。

だから、次ぎの、
この領域で人間は思考内容の中を遍歴する。しかしその思考内容というのは現実の生きた存在なのである。
と、言う。

これは、肉体を失った故に、光になり、思考のみが存在するということである。

霊体になったのである。
当然、思考内容が、現実のものになる。

次ぎの説明も、あえてそのような書き方をしているが・・・

今や思考内容の形式をとって、彼に働き掛けてくる。
シュタイナー

このように、繰り返して説明するが、実に好きな人だ。

そして、これは、シュタイナーの霊界なのである。
その霊界が、すべての人に当て嵌まるということではない。

人は自分の肉体を外界の一部分として、外界に属する或る物として、考察することを学ぶ。
シュタイナー

それは、遺体のことである。
あえて、このように表現するのである。

肉体を離れた霊は、当然、自分の遺体を見て、驚くだろう。
それは、生きていた我が身の姿だ。

シュタイナーの霊界は、物質界の霊界である。
だから、このような説明になる。

その物質界の霊界の中では、このように、実に、回りくどい言い方になるのだろう。

一見すると、詳しい解説のようだが・・・
霊界の中に、そのような世界が存在するという、よい見本である。

だから、シュタイナーの修行をすると、物質界の霊界に赴くことになる。

宇宙が果てないように、霊界も、果てが無い。
それぞれの霊界には、それぞの、段階がある。
彼は、領域と言うが・・・

もう少し、続けて見ることにする。

posted by 天山 at 06:54| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

霊学183

シュタイナーの霊界を、見ている。
説明しなくてもいいことまで、説明し尽くすようである。

また、そこから、誤りも、見られる。
勿論、信じた人たちは、誤りなどに、気づかないだろう。
信じる者は、騙されるからである。

「賢者」はすでにこの世の生活の中で、他の者が死後体験するところのものを、
すなわち自分自身が一切万物と同質のものだという思想を、「これは汝に他ならない」という思想を、自分のものにしているのである。
シュタイナー

松尾芭蕉は、霊能者でなくとも、松のことは、松に、竹のことは、竹に聴け、と言うのである。
ここで言う、賢者とは、誰のことか。

更に、賢者とは、何かである。
要するに、霊能力、シュタイナーの言い方をすれば、見者ということになるのだろう。

この思想は地上生活においては思考生活の努力目標であるが、「霊たちの世界」においては、霊的経験を通してますます明瞭になるひとつの直接的事実なのである。
シュタイナー

この、地上生活という言葉も、実は、おかしい。
霊界は、地上生活ではないのか・・・
霊界には、地上とか、天上とかの世界は無い。

この地上も霊界である。
霊界の一部である。

地上生活において影のような思想として把握されていたもの、すべての叡智の目標であったものが「霊界」においては直接体験される。というよりも、霊的存在においてひとつの事実であるからこそ、それが地上生活の中で思考される。
シュタイナー

だから、地上も霊界の一部なのである。

彼の言う、領域が断絶しているのではなく、境界が曖昧だというのは、この地の生活、思考も、霊界の思考に、関与しているのである。
と、いうより、幽界などは、そのまま、この世に影響している。

このように、人間は霊的に存在するとき、地上生活におけるときの状況と事実とを、高次の立場から、いわば外から、観る。その際、「霊界」の最下位の領域にいる人間は、物質的身体的現実と直接係わるような仕方で、地上生活と向き合っている。
シュタイナー

これも、説明が曖昧である。
高次の立場・・・
外から、観る・・・
違う。
両方の立場からも、観ることが出来るのである。

それこそ、霊眼である。

そういう状態を嫌ったのが、仏陀である。
つまり、それにより、魔界関与に引きずられるからである。
特に、その場所によるが、魔界関与を受けると、誤る。

この世の生活の中で、その能力は必要無いと、仏陀は、考えた。

この世でともに生きてきた人々には霊界でも再会する。肉体を通して獲得してきたすべてが魂から離れ落ちるように、地上生活において魂と魂とを結び付けていた絆も、物質界でのみ意味や効力をもっている諸制約から解放される。しかし死後、霊界の中においても、地上生活での魂と魂との係わりはすべて存続し続ける。物質的状況を表現する言葉は、地上で暮らした魂同士は霊界で再会し、かつての共同生活を霊界に相応した仕方で継続する。ということはまったく正しいであろう。
シュタイナー

違う。
勿論、縁ある魂同士は、会うことは、会うが・・・

真っ当な霊界ならば、それぞれの世界がある。
全く、会わない関係もある。

我が魂の修行を優先させるため、一人は、独りである。
魂として、存在する。

会うことにより、我が身の修行が向上するのであれば、会わせて頂けるのである。
それは、一魂の願いではなく、高次の霊の介入が必要である。

シュタイナーは、突然のように、霊から、魂という言葉を使う。
日本には、霊魂という言葉がある。
霊と魂とを、区分けて考えないものである。

だが、シュタイナーは、それらを明確に、区分けしたはずである。
どうして、突然のように、魂が、出てくるのか・・・

魂界は、魂界での、役割で終わったはずである。

第二の領域は地上での共通の生命が思考存在として、いわば「霊界」の液体成分として流れている場所である。
シュタイナー

これも、比喩であろう。

肉体をもった人間が世界を観察する場合、生命は個々の生物と結び付いた仕方で現象する。霊界ではしかし、生命は個々の生物から分離され、生命の血として、いわば霊界全体を循環する。それは霊界の一切の中に存在するところの生ある統一体となっている。この世ではただその残照だけが人間に現象し、それは世界の全体、統一、調和に対して人間が抱くあらゆる形式の畏敬として現れていた。
シュタイナー

それは、シュタイナーの霊界であろう。
霊界も、あらゆる世界が存在する。

このような、説明に迷うことになる、シュタイナーの論述である。
真っ当に、シュタイナーを理解出来るのだろうか。

人間の宗教生活はこの残照に由来するのである。
シュタイナー

宗教を超えたような言い方であるが・・・
もし、宗教生活を主にしていた人、その魂ならば、幽界で、動かないでいる場合、多々あり。

上記の有り様が、宗教生活の残照というならば、宗教生活とは、あまりに強引である。更に、その祈り、そして、霊性などは、まやかし、になるのである。

それは、宗教に、迷うという、言い方も出来る。

posted by 天山 at 06:52| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月09日

霊学184

存在の包括的意味が無常なものの中や個々の事物の中にあるのではない、ということを人間は知る。彼は無常なものを永遠なる調和的統一の「比喩」と模造として考察する。彼はこの統一を畏敬と崇拝との中で仰ぎ見、この統一のために宗教的祭祀を行なう。
シュタイナー

上記も比喩である。
突然、宗教的祭祀・・・

大乗仏教の間で、空というものが、議論された。
それらは、シュタイナーを超えている。

無常なものを、永遠なる調和的統一の・・・
当然である。

それらは、空であり、因果であり、縁起である。

統一というのは、正しい。

「霊界」では、残照ではなく、生きた思考存在として、その現実の形姿が現れる。人間はここでは、地上で崇拝の対象だった統一性と本当にひとつになることができる。宗教生活やそれと関連したすべての事柄の成果がこの領域の中に現れてくる。
シュタイナー

正しいことと、誤りがある。
生きた思考存在・・・
統一性とひとつになる・・・

そして、宗教生活云々・・・
これは、違う。
宗教に囚われた者は、先に進めない。
もし、そうであれば、宗教の信仰は、寛容で、抱擁的である。

キリスト教の元にシュタイナーは、生活していたはずである。
それならば、特に、宗教性というものが、霊界の障害になることを、理解していたはずだが・・・

人間は自分の霊的経験から、個人の運命と個人の属する共同体とを区別すべきでないと認識することを学ぶ。
シュタイナー

それは、霊界にて、学ぶのではない。
この世にて、この次元にて、学ぶのである。

自分を全体の一員として認識する能力はこの領域で形成される。
シュタイナー
違う。
この世で、形成される。

宗教的な諸感情、高貴な道徳を求める純粋な努力のすべては、霊界における中間状態の大半の時期に、力づけをこの領域から受け取るであろう。そして能力を向上させつつ、この方向に沿って、ふたたび人間はこの世に生をうけるだろう。
シュタイナー

何と説明すれば、いいのか・・・
今まで、書き続けてきたものを、読み返しても、繰り返し繰り返しである。

突然、ふたたび、人間は、この世に生を受ける・・・

勿論、否定はしない。
それが、シュタイナーの見ている、霊界であるからだ。

「霊界」の第三領域は魂界の原像を含んでいる。
シュタイナー

また、始まるのである・・・

魂界に存在する一切がこの第三領域の中で、生きた思考存在として現れている。欲望、願望、感情等の原像がここに見出される。しかし霊界のこの領域では、如何なる種類の利己的欲求も、その魂には付着していない。
シュタイナー

霊界では、我と他と、同じ存在になるのである。
一々の説明は必要ない。
すべての物と、同一化する。
それが出来るのが、霊界なのである。

利己的と言う言葉が、出てくる程、シュタイナーの霊界の領域には、段階があり、それは、物質の霊界だからである。

要するに、モノの霊界なのである。
植物、動物、そして、人間の霊界として考えることは、出来ない。

他人の欲望、願望と自分の欲望、願望とは区別されない。大気が地球をとりまいているように、すべての存在の感情と情緒は、一切を包括するひとつの共通世界なのである。
シュタイナー

当然である。
一つの欲望は、皆の欲望となり得るから、霊界の中に、そのような段階があるのである。
欲望を離れられない魂は、同じように、それらの魂と一緒に在る。


第三の領域が、霊界の大気であるらしい。

そして、
ここでは、人が地上で社会のため、隣人のため、没我的態度で奉仕したときの一切の行為が、実を結ぶのである。
シュタイナー
と、いうことだ。

おかしい・・・

没我的態度とは、無私の行為である。
それは、実は、霊界の本来の姿である。

シュタイナーの言う、没我的態度とは、この世で、その成果を見、そして、評価された人のことであろう。

次に、純粋の霊界という、第四領域の話になるのだが・・・
一体、純粋の霊界という、その意識は、何か。
第三領域までは、純粋ではないのか。

大気のような霊界が、第三領域ということか・・・


posted by 天山 at 06:23| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月10日

整体13

心と体という場合、心については、色々な解釈があるが、兎も角、学術的には、脳にあると、考える。

私見を抜きにして、身心医学で言う、心というものについて、見る。
私見というのは、私の霊学としての、心の捉え方であり、それは霊学を語る時に、明確にしている。

身心医学の心は、脳である。
脳とは、大脳であり、それは、左右一対の大脳半球からなる。
一番外側にあるのが、大脳皮質であり、これは、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉の、四つに分かれる。

この半球を、中央から二分する中心溝の前の部分は、運動を司る。
その後の、帯状の部分は、皮膚や筋肉の感覚を司る。
そのすぐ後に、味覚の中枢があり、光の感覚を司る部分は、最後の部分で、聴覚を司る部分は、側頭葉にある。

運動と感覚を司る部分を省いた大脳皮質の広い部分は、連合野とよばれ、運動と感覚野の間、連合相互の間には、神経繊維による、密接な連絡がある。

この連合野は、高等な動物ほど発達していて、人間らしい心の働きは、ここで、行われる。

つまり、心とは、連合野であると、言う。

前頭葉の先端から、下方にかけては、喜び、悲しみ、妬み、恨みなど、様々な感情の作られる部分がある。

頭頂葉から、後頭葉の渡る部分では、寒さ、暑さ、明暗、色彩など、色々な感覚の信号を材料に、内外からの刺激を知覚し、見分けたりする働きがある。

側頭葉では、記憶の働きが行われる。
それは、知覚したものを、記憶に照らし合わせることで、それが何であるかを見分け、考え、判断を下す。

これらの一連の働きを、心として、知、情、意と呼ばれる三つの働きとして見る。

大脳皮質の大部分を占めるのは、大脳新皮質と呼ばれる、領域である。
その内側にある、残りの僅かな部分が、大脳辺緑系、つまり、古い皮質である。

古い皮質は、臭覚と深い関係にあり、臭脳とも、呼ばれる。
そして、情動、本能的な欲望による行動、自律神経の機能、記憶などとの関係が注目されている。

ここは、心臓や胃腸などの内臓の働きを調節する中枢が、同時に、情動の場所でもあるということでは、心と体を結び付ける、生理学的に裏付けるものといえる。

更に、整体施術に関しても、重要である。

情動と、内臓の働きを調節する中枢が同じということは、情動安定が、内臓安定にも、欠かせないということである。

整体施術により、情動が安定すれば、内臓機能も、安定する。
少し、短絡的だが・・・
早い話が、そのようになるということだ。

自律神経は、大脳の古い皮質が上位から、間脳に働きかけ、自律神経を通じて、基本的な生命活動の指示を行なっているということである。

いかに、自律神経が重要であるかが、解る。

余計なことだが、古い皮質の前半部は、生命を直接維持する、食の欲求を指示し、後半部は、性の欲求を形作り、それに行動を促がす働きがある。

食欲不振・・・性欲減退・・・
これは、その脳の部分に、トラブルがあると、考える。

このようにして、身心医学は、脳を徹底して、分析して、心というものを、そして、体との結び付きを考えている。

さて、ストレスについて、である。
古い皮質は、新しい皮質よりも、各種のストレスに反応しやすく、傷つきやすい。

ここで、ある問題に突き当たる。
知的な働きをする、新しい皮質が発達していない、乳幼児は、知性の介入なしに、生の体験が、ストレートに取り入れられる。

つまり、無批判に、取り入れられ、古い皮質に蓄えられる。
その印象が、人生全般に渡り、影響を与えるとしたら・・・

特に、情動を伴う体験は、大人になっても、性格形成など、人間としての、基礎となるのである。

幼児期に、周囲が与えた影響、印象、そして、暗示などが、一生付いて回る。
更に、人生観にまで、影響を与える。

そして、体の不調和も、それにより、起こるとしたら・・・
重大である。

本人も、気づかぬうちに、それが、記憶として残り、体と心の、不調和を起こすこがある。
歪められた記憶から、そして、性格など・・・

三歳までに、決定されと、考える学者もいる。

古い皮質や、新しい皮質でも、運動や感覚を司る部分は、生後早くから、その機能を発揮するが、それ以外の、広い新皮質の部分は、三歳頃までに、準備を終えて、七歳頃になると、新皮質としての機能が備わり、十五、六歳で、その発達を完了するといわれる。

そこで、大脳の、古い皮質と新しい皮質が、どのような関係を持つのかということが、重要になる。

整体施術により、幼児期の記憶までに至る、記憶の癒しという行為がなされる訳である。
だが、それは、体の不調和から自然発露として、にじみ出てくるものである。

整体師は、心理カウンセラーではないが、そのような、知識と教養も、求められる場合がある。

施術の際に、何気なく、話をする。
その話の中に、体の不調和の記憶が、隠されていることがあるということだ。
posted by 天山 at 06:31| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

整体14

身心医学による、心と体を結ぶルートを、もう少し深く追求する。

それは、神経系とホルモンを作る、内分泌系の二つである。

神経系には、脳と脊髄による、中枢神経系と、末梢神経系がある。
末梢神経系は、中枢神経系と、身体の諸器官とを結ぶ、役目をする。それは、働きとして、自律神経系である、植物神経系と、動物神経系、これは体性神経系とも呼ぶ、この二つによる。

自律神経系は、消化、呼吸、血液の循環、排泄、生殖など、生命を保つのに、欠かせない身体の機能を、調整し、生命活動の中で、植物的な部分を受け持つ。

この、自律神経系は、簡単に人の意思で、動かせるものではないと、考えられたが、現在では、色々な方法により、自律神経系に対処出来るという、考え方が主流になっている。

それは、自律神経訓練法や、暗示療法などに言える。

あくまでも、それは、脳生理学からの、身心医療である。
東洋の経絡に対するものとは、全く別物である。

良し悪しの問題ではないが・・・

動物神経系は、人体を環境に適応させ、色々な危険から身を守り、周囲に働き掛けてゆく、動物的な、生命活動を可能にする。

つまり、外界の刺激を受けて、それに応じた、運動を行なう。

植物神経系の作用が、無意識的、自動的に行われるのに反して、その働きは、意志によって、行われる。

動物神経系の中枢は、大脳の新しい皮質にあるので、意志による運動が、可能であり、植物神経系、自律神経系の中枢は、知性や意識の届かぬ、間脳、特に、視床下部にあるので、意志による調整は、難しいと言われていた。

だが、大脳の新しい皮質にも、部分的に、色々な自律神経の中枢があることが解り、前記の通り、訓練が出来るとされたのである。

更に、深く、自律神経系を探ると、交感神経と副交感神経に、区別される。
この二つは、互いに反対方向に作用する。

例えば、非常事態に陥る際に、交感神経は、瞳孔が開き、心臓の拍動数が増え、気管支は拡張する。循環血液、赤血球が増加し、肝臓のグリコーゲンが動員されて、血糖値が上がる。心臓、脳などへの、血流が増えるなど。

これに対して、副交感神経は、交感神経の興奮によって、引き起こされた諸器官を、元に戻す。消耗されたエネルギーを補充する方向に働く。
胃腸の働きを刺激して、食物の消化吸収を高める。肝臓にグリコーゲンを蓄え、血圧を下げて、脈拍数を減らす。気管支を閉じるなど。

自律神経系、特に、交感神経の影響は、身体の広い範囲に及び、この神経系を介してノイローゼや心身症が現れる。

感情が強く興奮すると、目のかすみ、口の渇き、涙、発汗、喉に何か異物がある感覚、動悸、息苦しさ、嚥下困難、胃酸過多、体の痙攣、腹の張りやガス症状など。

そこで、身心医学の、自律神経訓練法は、整体施術に似るといいたい。

整体により、自律神経の安定を促がすことが出来る。
更に、それにより、自律訓練と同じような状況が、起こると考える。

経絡について、後述するが、全く医学とは別に、経絡の考え方を取り入れると、自律神経系の働きを、自在にすることが出来ると、思われる。

さて、動物神経系は、脊髄を仲介として、脳と体の諸器官との間の連絡に当るもので、全身の骨格筋や感覚器を支配し、意志による、運動と感覚を司る。
眼、耳、鼻、舌、皮膚などを通じて、感じる外界の刺激、身体内で発生する刺激を、脳に伝達する感覚神経と、脳からの運動指令を、筋肉に送り出す神経系とから、成り立つ。

二つの神経系は、大脳皮質の、感覚野と運動野に中枢を持ち、ここで、複雑につながり、精神活動となる。

さて、次に、内分泌系であるが、間脳の一部である、視床下部といわれる部分は、人間の生命活動の、総元締めとも言える。

それは、自律神経の中枢のみならず、内分泌や物質代謝を調整する中枢でもある。
更に、感情の影響を、体に表すということも知られている。

視床下部は、自律神経とホルモンを介して、全身を調整するという、恒常性、つまり、ホメオスターシスの中枢とも言える。

ホルモンは、一般にある器官や組織により作られ、血液、リンパ液中に分泌されて、微量でも、遠く離れた部位に作用する、化学的な物質を名付けたものである。

このホルモンを分泌する、主なるものは、脳下垂体、松果腺、甲状腺、上皮小体、副腎、すい臓ランゲルハンス島、性腺などである。

身心医学では、脳下垂体と副腎が大切な意味を持つ。

脳下垂体は、多くのホルモンを分泌して、副腎、甲状腺、性腺など、多数の内分泌を指揮、調整する。
また副腎は、髄質と皮質、つまり、内と外から成り立つ。

髄質から分泌されるホルモンが、アドレナリンである。
以下、説明は、省略する。

心と体を結ぶ、二つのルート、神経と内分泌腺は、神経的な調整と、ホルモンによる化学的な調整により、それぞれの役割を果たすが、神経系と内分泌系の作用を比べると、神経の方が、より速やかで、強い傾向がある。
だが、それは、長く続かない。
ホルモンの作用の方が、長く続くのである。

このように、脳生理学、身心医学の考え方を持って、更に、経絡に関する知識を得ることで、整体施術は、より良く発揮されるはずである。

整体が、術になるのか、学になるのか・・・
それは、整体師のそれぞれが、決めることになる。

心と体に対するアプローチは、数多いほど良いと思われる。
posted by 天山 at 07:28| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

整体15

心と体の結び付きは、脳と身体の諸器官との、結び付きとして、言い換えることが出来る。

日本の心療内科の、権威である、池見酉次郎氏の、身心医学の定義を見ると、
身心医学は「病は気から」というような諺を文字通りに受け取ろうとする医学でもなければ、心だけが原因で病気がおこるとする医学でもないということである。身心医学は、なんらかの体の異常や症状を訴える患者について、その原因を身心両方から、さらには気候、風土などの条件をも考えに入れて総合的に診断する、また治療にあたっては身体的なめんに重点をおくべきか、心理的な面に力を入れるべきか、あるいはその両方にたいする処置を行なうべきかなどをよく判断して、それぞれの症例に応じた適切な治療を行なうことを目的としている。
とのことである。

それは、医学の専門家だけではなく、保健衛生についての、一般的知識として、教養としても、心得たいものである。

さて、脳について・・・
約150億の神経細胞から成り立ち、その一つ一つの細胞から、四方八方に多くの突起が出て、互いに絡み合い、複雑微妙な配線を作る。
どんな精密な、複雑な思想、更には、感情も、生理学的には、150億の神経細胞の突起が、接触して、出来る無数の神経回路を、インパルス、つまり電気的刺激、脳波として捉えられ、どのように通るかという過程、脳内の化学的変化によるものと、言える。

脳細胞は、他の細胞と違い、生まれてから死ぬまで、増えることも、減ることもない。

ただし、最初は、単独であった細胞が、成長と共に、お互いに突起を出して、網の目のように、複雑に絡み合う。

ちなみに、新しいことを学んで、脳細胞に結合の様式が出来ても、それを放っておけば、間もなく消えてしまう。
学んだことを、反芻すれば、結合の様式が固定し、それが、記憶となる。

つまり、病の感覚も、その固定化に、原因すると、私は思う。

ただし、心を脳とするとき、それは、人間を周囲から全く切り離し、人体としてだけに、限ってしまうが、実際は、人間は、周囲の人々の中にあって、作られるものであるということ。

要するに、人間関係の無い、人間はいないのである。
その人間関係が、人間の喜怒哀楽を作り出す。
そして、病というものも、である。

神経生理、内分泌の研究が発達しても、それだけでは、解決しない、し得ない問題が多くあるはずだ。
それに関して、心というものを、広く大きく、捉える考え方が必要だと、思う。
また、心に関しての、アプローチは、様々にあって、当然なのである。

日本には、霊魂という言葉がある。
英語では、スピリットとなるが・・・
霊と、魂は、別物であるという、考え方もある。
そして、心、という存在も、である。

やまと言葉では、手を、たなこころ、と読む。
これは、心が、手に存在するという、意味でもある。

それは、手の動きによって、心の動きが解るという、考え方である。
手の所作を、日本の武芸は、特に重んじるのも、そのせいである。

更に、手足は、体の末端にあり、体の各所の、反射区が存在する。
手足を見ただけで、その体の状態が、解るものである。

西洋医学的には、体をそれぞれ別々にして、判断し、総合的に観ることは、していなかった。しかし、東洋の考え方は、身心一如という、考え方である。

共に、身心にアプローチする場合は、必要なことであるが・・・
現在では、欧米の医学の中にも、東洋的な発想を求める人たちもいる。

池見氏の、提言を見ると、
われわれは、現代医学が身体の面だけ偏っていることを矯正しようとして、今度はかえって行き過ぎた精神主義に陥ることのないよう、よほど慎重でなければならない。身心医学は、身体医学の今日までの輝かしい成果を否定して、精神主義を築こうというものではない。それは、体だけではなく心をも含めた立場から病気を見直すことによって、身体医学の成果をいよいよ高め、さらにすすんで、今までの身体医学的な治療だけでは想像もつかなかったような新しい治療の可能性を見出してゆこうとするものである。
と、のことである。

極めて、科学的な提言であり、更に、幅広く、医学、医療を考えるという意味では、素晴らしい意見だ。

体と心の、係わりは、医学、医療には、欠かせないものである。
だが、体をモノとして、扱えば、モノとしての見方のみに、偏る。

そうではないところの、もの・・・
何故、病、病に似た症状が、起こるのかが、問題である。

そして、病の手前の、未病の段階である。
それは、心というものを、抜きにしては、考えられないのである。

ここでは、心は、脳であるというだけではない。
更に深めて、霊、魂に至る、心の世界である。

東洋の気功などは、目に見えない働きにより、病に対処する。
その、目に見えない力というものが、何処から出て、そして、どのように、影響を与えるのかということも、研究するべきものだ。

霊も、魂も、目に見えないというのが、通常の考え方である。

それで、また、東洋の医学にある、経絡と、気の流れというものに、注目する必要がある。

更に、身心医学での、自律神経訓練法なども、整体施術の知識として、知るべき事になる。

一つの方法に拘ることなく、色々な方法が存在することを、知る事で、病、あるいは、心の病に、対処する事が出来る。

諸器官の病・・・それは、心の病にも、通ずるものだ。
体が病めば、心も病むのである。

そういう意味で、身心一如という東洋の考え方が、適切に思えてくるのである。

posted by 天山 at 07:06| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月16日

もののあわれについて703

東宮の御方は、実の母君よりも、この御方をば睦まじきものに頼み聞え給へり。いと美しげにおとなびまさり給へるを、思ひ隔てず、かなしと見奉り給ふ。御物語りなど、いとなつかしく聞え交し給ひて、中の戸あけて宮にも対面し給へり。




東宮の御方、東宮妃、明石の女御は、実の母君より、紫の上を仲良しの御方と思い、頼りにしていた。姫が大変愛らしく、以前より、大人びたのを、紫の上は、心から愛しいと御覧になる。お話を、とてもやさしく交わし、中の戸を開けて、宮にも、お会いされた。

宮とは、女三の宮である。




いと幼げにのみ見え給へば、心安くておとなおとなしく親めきたるさまに、昔の御筋をも尋ね聞え給ふ。中納言のめのとといふ、召し出でて、紫「同じかざしを尋ね聞ゆれば、かたじけなけれど、分かぬさまに聞えさすれど、ついでなくて侍りつるを、今よりは疎からず、あなたなどもものし給ひて、怠らむことはおどろかしなどもものし給はむなむ、嬉しかるべき」など宣へば、乳母「頼もしき御蔭どもにさまざまにおくれ聞え給ひて、心細げにおはしますめるを、かかる御許しのはべれば、ます事なくなむ思う給へられける。そむき給ひにし上の御心むけも、ただかくなむ御心隔て聞え給はず、まだいはけなき御有様をもはぐくみ奉らせ給ふべくぞはべめりし。内々にもさなむ頼み聞えさせ給ひし」など聞ゆ。紫「いとかたじけなかりし御消息ののちは、いかでとのみ思ひ侍れど、何事につけても数ならぬ身なむ口惜しかりける」と安らかにおとなびたる気配にて、宮にも御心につき給ふべく、絵などの事、雛の捨て難きさま、若やかに聞え給へば、「げにいと若く心よげなる一かな」と、おさなき御心地にはうちとけ給へり。




宮は、ただ子供っぽく見えるので、気が楽で、大人らしく、親のような調子で、親御同士の関係もお話し合いされる。中納言の乳母というのをお呼びになり、紫の上は、同じ血のつながりをお探し上げれば、恐れ多いことながら、切っても切れない御縁と申すものの、ご挨拶の折もございませんでしたが、これからは、親しく、東の対にもお出でくださり、不行き届きの点がありましたら、ご注意してくだされば、嬉しく思います、などとおっしゃると、乳母は、お頼り申す御方々に、お一方ずつお別れされまして、心細いご様子と拝しますが、このようなお言葉を頂きましたので、これ以上のことは、ございません。ご出家あそばした陛下の思し召しも、ただ、このように他人扱いにならず、まだ幼い宮様を、ご養育下さるようにと、いうことでございましたので。宮様も、お心の中では、そのように、頼りにされておりました。などと、申し上げる。
紫の上は、まことに、恐れ多いお手紙を頂きましてからは、何とかしてとばかりに、存じておりました。何事につけても、物の数でもない我が身が残念に思われます。と、穏やかに、大人びた調子で、宮様にも、御気に入るように、絵などの事や、人形遊びを、今もしております、など、若々しく申し上げるので、宮様は、本当に若くて、気立ての良いお方だと、子供心に、打ち解けるのである。




さてのちは、常に御文通ひなどしてをかしき遊びわざなどにつけても、疎からず聞え交し給ふ。世の中の人もあいなう、かばかりになりぬるあたりの事は、言ひ扱ふものなれば、はじめつ方は、「対の上いかに思すらむ。御おぼえ、いとこの年頃のやうにはおはせじ。少しは劣りなむ」など言ひけるを、今少し深き御心ざし、かくてしもまさる様なるを、それにつけてもまた安からず言ふ人々あるに、かく憎げなくさへ聞え交し給へば、ことなほりて目やすくなむありける。




そのようなことがあってから、常にお手紙のやり取りなどして、面白い合奏などの折々にも、親しくお話し合いされる。世間の人も、困ったことに、これくらいの地位になった方々の事は、噂したがるもので、初めのうちは、対の上は、どのように思いなのか。ご寵愛も、この数年のようではないようだ。少しは、落ちるだろう、などといったのに、前よりも、殿様の深い愛情が、こんなことで、かえって増したようで、そうなると、またそれで、どうも心配だという連中もいるが、お二方が、このように見た目にも、仲良くお付き合いされるので、噂も変わり、世間体もよくなった。

何となく、解るが・・・
当時の人々の、身分意識である。




十月に、対の上、院の御賀に嵯峨野の御堂にて薬師仏供養じ奉り給ふ。いかめしき事はせちにいましめ申し給へば、忍びやかにと思し錠てたり。仏、経箱、ぢすの整へ、真の極楽思ひやらる。最勝王経、金剛般若、寿命経などいとゆたけき御祈りなり。




かんなづきに、紫の上は、院の四十の御賀に、嵯峨野の御堂で、薬師仏を供養申し上げた。立派な催しは、院がたって禁じたので、上は目立たぬようにと、ご計画された。仏像や、経を入れる箱、経典を巻き納める、じすの整っていること、真の極楽は、これかと思われる。最勝王経、金剛般若、寿命経など、まことに、豊かなお祈りである。




上達部いと多く参り給へり。御堂のさま面白く言はむ方なく、紅葉のかげ分けゆく野辺のほどより始めて見物なるに、かたへはきほひ集まり給ふなるべし。霜がれわたれる野原のままに、馬車の行きちがふ音しげく響きたり。御誦経われもわれもと、御かたがたいかめしくせさせ給ふ。




上達部も、多く参上された。御堂の様子も、興深く、言いようも無い。紅葉の蔭を分けて行く、野辺の辺りからはじまり、見頃の景色ゆえに、それが一つの訳になり、大勢が競って、お集まりになるのだろう。一面に、霜枯れしている野原のまにまに、馬や車の行き違う音が、しきりと響いている。御読経を、我も我もと、六条の院の、ご婦人方が、立派にされる。

霜かれわたれる野原のままに・・・
何とも、風情のある、筆の調子である。
更に、この、若菜の巻きから、ものあはれ、という言葉が使われている。

posted by 天山 at 06:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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