2014年09月25日

神仏は妄想である。502

神秘的な瞑想のめざすところは人間を救済しうる知識であったし、合理的な知識が人間を救済しうるためには神秘的な体験とならねばならなかった。「般若経」の思想家たちは瞑想の中の神秘的体験からすべてのものの空性という最高の知識に到達した。
専門家

最高の知識に到達した・・・
それを一体誰が、認めるのか。
誰が認定するのか。

ナーガールジュナは、むしろ、人間の合理的な思惟を批判していった極限において、その合理性の根源に横たわっている非合理性、無知に気づくことによって空の世界に入ってゆく。人間の無知を自覚させ、合理的な思惟の非合理性をあらわにする意味で、空性の知は神秘的であるのである。
専門家

非合理性、無知に気づくことにより、空の世界にゆくとは・・・

人間の無知を自覚させ、合理的な思惟の非合理性を・・・
空性の知は、神秘的である・・・

上記、一体、何を説明したいのか、解らない。

言葉の羅列は、理解できるが・・・

このような神秘性と合理性との転換は、「般若経」の思想家においても、ナーガールジュナにおいても、不二・一体の思想に導いてゆく。神秘的な直観の世界はそれ自体ことばや思惟の多元性を越えた全一なるもの、分けられないものであるとともに、それと対立している合理性の世界の根源にあるものであり、それと区別されないものである。合理性の世界がそのまま神秘的な世界と一つである。
専門家


初期仏典のダンマパダは、もっと、寝惚けた言葉が書かれている。
仏陀は、このような、議論を好むか。否である。

神秘的な直観の世界は、合理性の世界の根源にある・・・
つまり、合理性の世界がそのまま神秘的な世界と一つである・・・

言わせておけば、いい気になって。

「中論」は論争の書である。東アジアの伝統的な表現では、「破邪」をめざしているという。「中論」の「破邪」すなわち否定の論理は、あらゆる概念の矛盾を指摘して、事実に反してまでも概念を否定した、と西洋の学者によって一般に解釈されている。
中村 元

概念の矛盾・・・
事実に反してまでも、概念を否定した・・・

確かに、それもあるが、そこには、一方的で断定的な主張は、述べられてないのである。

それでは空観から出発する大慈大悲の利他行が何故成立するのか、その意義は理解されないこととなりはしないであろうか。「中論」のいわゆる「破邪」とはどのような意味であるかを考察しよう。
中村 元

そして、そのお話がはじまる。

中村氏の、お説を簡略して、書くと・・・

そもそも基本的な態度として、「空」の哲学は、定まった教義なるものをもっていない。

中観派は、自らの主張を立てることはしないのである。

もしもわたくしに何らかの主張があるならば、
しからば、まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存することになるであろう。
しかるにわたくしには主張は存在しない。まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存在しない。
ナーガールジュナ

これで、よく解るのである。

主張は、存在しない。だから、理論的欠陥も存在しない・・・
よくぞ、このような、言い逃れが出来たものである。
実に、賢い。

要するに、他の批判を受け付けないのである。
それは、何も主張が無いから・・・

こんな者に、付き合っている面々である。

主張が無いといいつつ、延々と、主張を繰り返している。
これぞ、手である。

相手の批判も非難も、受け付けない。

私には、論というものがない。故に、私を批判する事は、できない。
そうして、延々と、膨大な書き物をしたのである。

このような根性は、ただ事ではない。
インド人の得意な手だ。

ルジュナの弟子も言う。
もしも「事物が」有るとか、無いとか、有りかつ無いという主張の存在しない人―――いかに長い時間を費やしても、かれを論詰することは不可能である。

コノヤローと言われて、殺された。

議論の相場を壊したのである。

中観派にとってはみずから独立な推論をなすことは正しくない。何となれば二つの立論の一方を承認することはないからである。
哲学者 チャンドラキールティ

であるから、主張命題も、理由命題も、実例命題も、用いてはならぬと、主張している。

したがって「中論」の用いる論理は推論ではなくしてプラサンガ(帰謬論法)である。
きびゆう論法・・・

それは、決して、自説を主張することではなく、論敵にとって、願わない結論を導き出すことなのである。

これほどの努力を、別なエネルギーに使えば・・・
世界は、そして、インドは、もっと、良い場所になった。

論争の果ての、論争・・・
実に馬鹿馬鹿しい。



posted by 天山 at 06:14| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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