2014年09月14日

もののあわれについて699

夜いたく更け行く。玉藻に遊ぶをしの声々などあはれに聞えて、しめじめと人目少なき宮のうちの有様も、「さも移り行く世かな」と思し続くるに、平中がまねならねど、まことに涙もろになむ。昔にかはりて、おとなおとなしくは聞え給ふものから、源氏「これをかくてや」と、引き動かし給ふ。




夜がすっかりと更けて行く。玉藻に遊ぶ、おし鳥の声が、あはれに聞える。しっとりと、人気の無い宮のうちの様子も、こうも変わってしまう世の中だ、と、あれこれ思い続けていると、平中の真似ではないが、本当に、涙が出てしまう。昔と違い、落ち着いて話はされるものの、源氏は、この隔ては、このままか、と、動かすのである。

平中とは、女の前で泣く真似をして、失敗した話。

あはれに聞えて・・・
このまま、あはれ、でいい。しんみりと・・・静々と・・・




源氏
年月を なかに隔てて 逢坂の さもせきがたく 落つる涙か

女、
朧月夜
涙のみ せきとめがたき 清水にて 行きあふ道は 早く絶えにき

など、かけ離れ聞え給へど、古へを思しいづるも、「誰により、多うはさるいみじき事もありし世の騒ぎぞは」と、思ひ出で給ふに、「げに今一度の対面は、ありもすべかりけり」と、思し弱るも、もとより、づしやかなる所はおはせざりし人の、年頃はさまざまに世の中を思ひ知り、来し方を悔しく、公私のことにふれつつ、数もなく思し集めて、いといたく過ぐし給ひにたれど、昔覚えたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して、え心強くももてなし給はず。




源氏
長い年月の後、やっと今、お逢いできたのに、こんな関があっては、止められないほど、涙が出ます。


朧月夜
涙だけは、関の清水のゆうに、せき止めにくく、溢れ出ても、お逢いする道は、もう絶えてしまいました。

など、もってのほかと、ご返事されるが、昔を思い出すと、誰のせいで、あのような大変なことが起こり、大騒ぎになったのかと。すべては、自分のせいだと考えるので、なる程に、今一度、会ってもいいことと、気が弱るのも、元々、重々しいところがなかった人が、この何年かは、あれこれと、愛情の問題も解り、昔の事を後悔して、公につけ、私につけ、数え切れないほどに、考えることがあり、大変慎んで過ごしていたが、昔が思い出される対面に、あの頃の事も、そう昔ではないような気がして、つれない態度も、取れない様子なのだ。

源氏の心境であるが・・・
何とも、複雑である。
ここで、女、と書くのは、源氏の恋人として、認識するからだ。




なほらうらうじく若うなつかしくて、一方ならぬ世のつつましさをもあはれをも思ひ乱れて、嘆きがちにてものし給ふ気色など、今はじめたらむよりも珍しくあはれにて、明け行くもいと口惜しくて、出で給はむそらもなし。
朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声もいとうららかなり。花は皆散り過ぎて、なごりかすめる梢の浅緑なる木立、むかし藤の宴し給ひし、このころまことなりけりかし、と思し出づる。年月のつもりにける程も、その折りのこと、かき続けあはれに思さる。




今も、品よく、優しくて、並々ならぬ世間への遠慮と、源氏への思慕に、溜息の様子など、今初めて、逢った以上に、新鮮で心が動く。夜が明けて行くのも、残念でたまらず、帰る気もしないのだ。
朝ぼらけの、特別に感じる空に、百千鳥の声も、とてもうららかである。花は皆散ってしまい、その後、霞かかった梢の浅緑の木立。昔、右大臣が藤の花の宴をされたのは、今頃だったと、思い出す。年月の積もったほど、あの折りのことなども、次々と、あはれに思い出される。

あはれをも思ひ乱れて・・・
珍しくあはれにて・・・
かき続けあはれに・・・

あはれ、という言葉が多い。
深い心境である。
また、懐かしい気持ち・・・
これらを、すべて、しみじみと、とは、言えない。

それぞれの、あはれ、の、風景があるのだ。




中納言の君、見奉り送るとて、妻戸押しあけたるに、立ち返り給ひて、源氏「この藤よ。いかに染めけむ色にか。なほえならぬ心そふ匂ひにこそ。いかでこの藤をば立ち離るべき」と、わりなく出でがてに思しやすらひたり。




中納言の君が、お見送り申し上げるために、妻戸を押し開けたが、元に戻り、源氏は、この藤だ。どうして、こんなに美しく咲いたのか。矢張り、何とも言えない味のある色だ。どうして、この藤を立ち去ることができよう、と、どうしても出にくそうに、戸惑って佇むのである。

なほ え ならぬ心そふ匂ひにこそ・・・
匂ひ、は、姿、形、色をも言う。
え、は強調の意である。

匂ひ、という言葉の、原型である。
語源としても、いい。



posted by 天山 at 06:26| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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