2014年09月13日

もののあわれについて698

かんの君、「いでや、世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心をここら思ひつめつる年頃のはてに、あはれに悲しき御事をさしおきて、いかなる昔語りをか聞えむ。げに人は漏り聞かぬやうありとも、心の問はむこそいと恥づかしかるべけれ」と、うち嘆き給ひつつ、なほさらにあるまじき由をのみ聞ゆ。




尚侍の君は、でも、世間の事が解ってくると共に、若者みたいに、昔からつれないお心と、何度も思わされた今頃になり、お気の毒で、悲しいご出家を差し置いて、どんな昔話が申し上げられましょう。それは、誰にも聞かれずに済むことはあっても、心の内に聞かれたら、答えようもない、と、嘆きつつ、今更、考えられないこととの、お返事ばかりである。



古へわりなかりし世にだに、心かはし給はぬ事にもあらざりしを、げに背き給ひぬる御為め後ろめたきやうにはあれど、あらざらし事にもあらねば、今しもけざやかに清まはりて、立ちしわが名、今更に取り返し給ふべきにや、と、思しおこして、この信田の森を道しるべにて、まうで給ふ。




昔、無理な話だった、あの頃でさえ、同じ心では、なかったのに、いかにも、ご出家されたお方に対して、暗い気持ちはするが、昔なかった事でもないので、今になり、綺麗に潔白ぶっても、立ってしまった、浮名を改めて取り消すことが、できないだろうと、元気を出して、この信田の森を、道案内にして、お出掛けになる。

源氏の心境である。
古・・・会うことの、到底無理に思われた頃である。

立ちにしわが名
村鳥の 立ちにしわが名 今更に 事なしぶとも しるしあらめや
古今集




女君には、源氏「東の院にものする常陸の君の、日頃わづらひて久しくなりけるを、もの騒がしき紛れに訪らはねば、いとほしくてなむ。昼などけざやかに渡らせむも便なきを、夜のまに忍びて、となむ思ひ侍る。人にもかくとも知らせじ」と、聞え給ひて、いといたく心げさうし給ふを、例はさしも見え給はぬあたりを、「あやし」と、見給ひて、思ひ合はせ給ふこともあれど、姫宮の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、少し隔つる心そひて、見知らぬやうにておはす。




女君、紫の上には、源氏が、東の院にいる常陸の君が、このところ病が長引いているが、何か忙しさに取り紛れ、お見舞いもしなかったので、可愛そうで。昼間、人の見る中で出掛けて行くのも、具合が悪いので、夜の間に、ひっそりと、と思います。誰にも、こうとは、知らせずに、と、申し上げた。たいそう、せわしない様子で、いつもは、それほど気にしないが、変だと、思いつつ、思い当たることもあるが、姫宮のことがあってからは、何事も昔のようではなく、少し他人行儀な気遣いが出来て、気づかない振りをしている。




その日は寝殿へも渡り給はで、御文書きかはし給ふ。たき物などに、心を入れて、暮らし給ふ。宵過ぐして、睦まじき人の限り四五人ばかり、網代車の、昔おぼえて、やつれたるにて出で給ふ。




その日は、寝殿へも、いらっしゃらないで、お手紙をやり取りされる。薫物などに気をつけて、一日を過ごし、宵が過ぎるまで待ち、親しい者ばかり四五人ほどを連れて、網代車の昔を思い出させる粗末なもので、お出掛けになる。




和泉の守して、御消息聞え給ふ。
かく渡りおはしましたる由、ささめき聞ゆれば、驚き給ひて、朧月夜「あやしく、いかやうに聞えたるにか」と、むつかり給へど、女房「をかしやかにて返し奉らむに、いと便なう侍らむ」とて、あながちに思ひめぐらして入れ奉る。
御とぶらひなど聞え給ひて、源氏「ただここもとに、物ごしにても。更に昔のあるまじき心などは、残らずにりにけるを」と、わりなく聞え給へば、いたく嘆く嘆くいざり出で給へり。「さればよ。なほ気近さは」と、かつ思さる。




和泉の守を使いにして、ご案内申し上げる。
到着したことを、そっとお耳に入れると、びっくりされて、朧月夜は、変だこと。どのようにお返事申し上げたのかと、ご機嫌が悪い。女房は、風情のあるもてなしをして、お返し申し上げましょう。具合が悪いでしょう、と言い、無理に工面して、お入れ申し上げる。
お見舞いなど、申し上げて、源氏は、ほんのここまで、お出で下さい。几帳ごしにでも。全く、昔のような、あるまじき心は、なくなっています、と切に、申し上げると、ひどく溜息をつきながらも、いざって、出てこられた。
案の定だ。矢張り、腰の軽さは変わらない、と、一方では、思いになる。




かたみにおぼろけならぬ御みじろきなれば、あはれも少なからず。
東の対なりけり。辰巳の方の廂にすえ奉りて、御障子のしりは固めたれば、源氏「いと若やかなる心地もするかな。年月の積もりをも紛れなく数へらるる心ならひに、かくおぼめかしきは、いみじうつらくこそ」と、恨み聞え給ふ。




お互いに、知らぬではない、相手の身の動きにて、心の動くこと、ひとしおである。
東の対であった。その東南の廂の間に座っていただき、間を隔てる襖障子の端は、固くとめであるので、源氏は、全く若い者のような気もします。あれから、何年何月と、はっきり数えられるほど、いつも思い続けています。このような、頼りないお扱いは、辛いものです。と、恨み申し上げる。


posted by 天山 at 06:36| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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