2014年09月11日

整体12

身心医学から見ると、適応と病気が、結び付く。

適応障害という、病名もあるほど、適応とは、大変なことである。
これを、平たく言えば、欲求の解消がうまく出来ないということになる。

欲求と、それを禁じる心の働きを、葛藤と呼ぶ。
人は、これらの欲求不満、葛藤を、どのように受け入れ、対処してゆくのか。

欲求不満により、生ずるところの、心の、もつれ、というものは、体に作用する。
それが、単に、肩こり、頭痛、部位の痛みなど・・・

生活習慣病という言葉があるが、それは、機能的なものである。
そして、心情的なもの。

生活習慣病による、体の不調和は、それなりに対処できる。
その理由が解るからである。

しかし、心因性のものならば・・・

不適応という状態に陥るのである。
勿論、人は、それを上手にコントロールして、適応しようとする。

それは、心の強さというものか・・・
そして、それは、人それぞれであるということ。
ある人には、耐えられないが、ある人には、耐えられる。

耐えれない人が、不調和に陥るのである。

それでは、整体の現場で、その不調和の元を、カウンセリング出来るのかといえば、施術自体には、その要素はない。
だが、施術しているうちに、次第に、患者が打ち解けて、言葉を発する。
その言葉に、深い意味がある。

それを、聞き逃さない。

一応まとめると、人が欲求に阻まれると、心の中に、脳の中に、怒り、憎しみ、悲しみ、反感、落胆、絶望、不安などの、不快な感情が湧く。

その、不快な感情が、体を不調和にしている。
身心医学と、整体が、つながる部分である。

その心の平静、脳の部位の平静を保つために・・・

例えば、肩こりや、痛みを楽にすることで、一時的に、冷静な心と、脳の状態に戻ることが出来る。

更に、それを自己理解して、整体の施術により、より、深く心、脳に安心と、平安を与えること。

施術は、治すのではなく、治るように、あるべきだ。

定期的に整体を受けるということで、適応する体の状態を維持する。それで、不調和が改善すれば、それで良いことになる。

整体とは、見事に、治したというものではない。
体と心、脳に対して、一定の安静と、安心を取り戻し、生活しやすくするための、方法である。

全能感を持たない。
医療のように、治す、治るということは、有り得ないことなのだ。

体を整えることにより、生活しやすくする、というのが、整体の目的である。
それ以上でも、以外でもない。

人には、緊張感の強いタイプの人がいる。
その緊張感により、体に不調和を起こす。
それは、性格でもある。

整体は、性格矯正を行なうことはない。また、行なえない。
それは、それぞれの人の気付きである。

しかし、整体の現場で、話を聞くことにより、一種の心理カウンセラーの要素を持つ。

そんなことは、患者は求めていないし、意識する事は無いが、自然発露として、そのように進む。

人に緊張を強いることを、総称して、ストレスという。
それぞれが、色々なストレスをかかえて生きる。
生きることは、ストレスであると、言ってもいいほどだ。

胃潰瘍、十二支潰瘍などは、ストレスによるものも、多い。
現在は、ピロリ菌の存在が広く知られて、ピロリ菌除去により、改善することが、知られている。
しかし、それ以外の場合は、ストレスが大きいのである。

高血圧も、その一つである。
塩分を少な目に摂るとしても・・・
感情的なことで、血圧が上がる。その、問題は何かを、追求すると、何か問題を抱えていたという場合は、多々ある。

心と、脳の、不調和からの、体の不調和は、整体が多く扱うものである。

身心医学では、自律神経の安定を自律神経訓練法などがある。
それは、リラックスすることを、体に覚えさせるものである。

整体は、整体自体に、リラックスの要素が多分にある。
また、リラックスするために、整体を受ける人もいる。

それに関して整体は、万能である。
だからこそ、整体というものが存在する。

機能的、器官の病を治すのではなく、整体も、心、脳を扱うということである。

足裏の刺激をもって、リラックスを与える。
適度な皮膚刺激を持って、リラックスを与える。

すると、病んでいたところが、自然に治癒するという形が、最高の整体である。



posted by 天山 at 06:06| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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