2014年08月16日

整体7

東洋医学の体の見方には、経絡という基本がある。

経絡とは、経脈と絡脈の総称である。
経脈は、幹線、絡脈はそれから分岐する支線である。

絡脈から更に、細かく分岐するルートとして、孫脈がある。
孫脈は、血管系の末端の毛細血管のようなもの。
そして、経絡は、それらの総称と認識する。

主要な経絡は、12あり、頭部または、内臓諸器官と手足の末端を結ぶ、遠心的―求心的な回路を作る。

このシステムは、解剖学で言われる、器官系、神経系とは、全く違った性質のもので、解剖により認知できるような脈管組織をもっていない。
そのため、近代医学では、その存在が疑問視され、最初は、そんなものは無いと判断されていた。

12経脈の他に、奇経と呼ばれる、8つの経脈がある。
これは、気のエネルギーの貯水池にたとえられるもので、特に武術で重視されている。

12の経脈は、正脈とも呼ばれる。
8つの奇脈は、陰と陽のグループに大別される。

背面、手足の外側を通る経絡は、陽であり、腹部、手足の内側を通る経絡は、陰の経と呼ばれる。

各経絡には、特定の内臓の名がついているが、その機能は、臓器だけではなく、他の臓器にも、多かれ少なかれ関係している。

東洋医学で言う、気とは、このような性質を持つ経絡に流れる、生体特有のエネルギーと言える。

12経絡の循環の仕方については、まず、頭部または、臓腑と手足の先端を結ぶルートになる。
これらは、神経や血管と同じように、遠心性の回路と、求心性の回路に分けられる。

気の流れは、肺からはじまり、大腸、胃、脾、心臓、小腸、膀胱、腎、心包、三焦、胆、肝との流れである。

最初の肺が、陰であり、次が陽、そして、陰陽と交互に続く流れである。

陰は、遠心性で、頭部または、臓腑からはじまり、手足の先端に至る。
陽は、求心性で、手足の末端からはじまり、内臓、頭部に向う。

整体の主たる刺激は、求心性の、陽からの刺激になる。

ここで、手に至るものは、肺、大腸、心臓、小腸、心包、三焦である。
足は、脾臓、胃、膀胱、腎臓、胆嚢、肝臓となる。

経絡の、陰陽の区別は、体の外側、あるいは背側にある、陽の経で、気は下向きに流れ、体の内側、腹部にある場合は、陰の経で、気は上向きに流れる。

気の、陰と陽は、明確に区別するものではなく、流れて行くものとの意識である。

陰極まれば、陽となり、陽極まれば、陰となる、のである。

実際、漠然としているものである。

この、12経絡に、治療点である、経穴、ツボというものが分布している。
それらを、一々覚える必要は無い。

実践により、それは、体感として勘として、感じ取るものである。

経穴、ツボは、350ほどあるといわれる。
そこは、気の集中している場所である。

その流れが淀むと、具合が悪くなるといわれる。
そのツボに、鍼灸などで、刺激をすることで、気の流れを円滑にするという、治療法である。

整体は、そこに刺激を与える。
その刺激は、人それぞれになる。

押す、揉むなど、皮膚を通した、刺激である。

高齢の人には、さする、という刺激もある。

だが、ツボを意識せずとも、皮膚の凝り、張りにより、その部位がわかるものである。
おそらく、ツボへの刺激は、心地よい感覚を覚えるはずである。

あるいは、ひどい場合は、痛みである。
または、何も感じないという、感覚もある。

何も感じないというのが、一番悪い。

大雑把に言えば、手足の刺激により、体のすべてに、刺激を与えることが出来るといえる。
手足とは、掌、手の甲、足は、足裏、そして脹脛である。

それだけでも、十分な療術の成果がある。

手足の指先への刺激だけでも、充分な効果を出せるということである。
ただし、炎症を起こしている場合は、別だ。
炎症を起こしている場合は、炎症を取り除くことである。

更に、体の痛みのある箇所に対しての、刺激は、しない。
その反射区の遠い箇所からの刺激を最初に行なう。

これは、理屈を超える。
あまりに疲れを感じた時に、手足の指先の刺激だけで、充分に感じ取れるほど、人間の体は、結び付いているのである。

痛みのある箇所に対して、対処療法を得意とするのが、西洋医学である。
また、検査により、その痛みの元を探る。

しかし、経絡の知識があれると、体に触れる、つまり、皮膚に触れることで、その痛みの元を突き止めることができる。

そして、西洋医学の必要な場合は、そちらに任せることだ。
何事も、すべて完全ということは、有り得ないのである。



posted by 天山 at 05:57| 整体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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