2014年08月15日

もののあわれについて696

今日は、宮の御方に昼渡り給ふ。心ことにうち化粧じ給へる御有様、今見奉る女房などは、まして見るかひありと思ひ聞ゆらむかし。
御乳母などやうの、老いしらへる人々ぞ、「いでや、この御有様ひと所こそめでたけれ、めざましき事はありなむかし」と、うちまぜて思ふもありけり。




今日は、宮の御方に、昼間お出でになる。念入りに、身じまいされたご様子に、今、はじめて拝する、姫宮付きの女房などは、特にお迎えして、良かったと思っていることだろう。
乳母などといった、年取った人々が、それは、このお方、お一人は、確かにご立派だけれども、悔しい思いをする事も、起こるだろうと、そんな心配をする者も、いる。




女宮はいとらうたげに幼き様にて、御しつらひなどのことごとしくよだけくうるはしきに、みづからは何心もなくものはかなき御程にて、いと御衣がちに、身もなくあえかなり。ことに恥ぢなどもし給はず、ただ児の面ぎらひせぬここちして、心安く美しき様し給へり。




女君、女三の宮は、まことに可愛らしく、子供っぽい方で、お部屋の飾り付けなどは、仰々しく堂々として、整然としているが、ご本人は、無心に頼りない成人ぶりで、まったく、お召し物に埋まって、体もないほど、華奢である。特に、恥ずかしがることもなく、まるで、幼子が、人見知りしないような感じがして、気の置けない、愛らしい雰囲気でいらっしゃる。




「院の帝は、雄々しくすくよかなる方の御ざえなどこそ、心もとなくおはしますと、世の人思ひためれ。をかしき筋、なまめきゆえゆえしき方は、人にまさり給へるを、などてかくおいらかにおほし立て給ひけむ。さるはいと御心とどめ給へる御子と聞きしを」と思ふも、なま口惜しけれど、憎からず見奉り給ふ。




朱雀院は、男らしく、強い面の御才能はないと、世間は思っているようだが、趣味の面、風流や教養の面では、人より勝れていらっしゃるのに、どうして、こんな風に、うっかり者に、お育てしたのだろう。実のところ、とても気を使っていらっしゃる内親王と聞いていたのに、と、思うと、何やら残念な気がするが、まんざらでもないと、御覧になる。




ただ聞え給ふままに、なよなよとなびき給ひて、御答へなども、覚え給ひけることは、いはけなくうち宣ひ出でて、え見放たず見え給ふ。
昔の心ならましかば、うたて心劣りせましを、今は世の中を、皆さまざまに思ひなだめられて、「とあるもかかるも、際離るることは難きものなりけり。とりどりにこそ多うはありけれ。よその思ひは、いとあらまほしき程なりかし」と、思すに、さし並び目かれず見奉り給へる年頃よりも、対の上の御有様ぞなほありがたく、我ながらもおほしたてけり、と思す。一夜の程あしたの間も恋しくおぼつかなく、いとどしき御心ざしのまさるを、などかく思ゆらむ、とゆゆしきまでなむ。




ただ、申し上げる通りに、柔らかく動かれ、お返事なども、お心に浮かぶ事は、あどけなく口にされて、とても見捨てることの出来ない、ご様子である。
若い頃ならば、困ったことと、がっかりしただろうが、今では、女について、皆それぞれに穏やかに考えて、こんなのも、あんなのも、飛びぬけて立派なのはないものだ。それぞれに、色々な女がいるものだ。傍から見れば、この宮も、まことにもうし分のない方なのだ。と、思い、横に並んで、目も離さずに、見ていらした今まで以上に、対の上、紫の上のご様子が、矢張り、またとなく、ご立派で、我ながら、よく教育したと思うのである。一晩の間も、朝の間も、恋しく気掛かりで、一層の愛情が湧いてくるのを、どうしてこんなにまでと、不吉な気持ちさえするのである。

よその思ひ・・・
世間は、源氏の正妻が、女三の宮が適当と思っている。




院の帝は、月のうちに御寺に移ろひ給ひぬ。
この院に、あはれなる御消息とも聞え給ふ。姫宮の御ことはさらなり。煩はしく、いかに聞く所や、など、憚り給ふことなくて、ともかくも、ただ御心にかけてもてなし給ふべくぞ、度々聞え給ひける。されどあはれに後めたく、幼くおはするを思ひ聞え給ひけり。




朱雀院は、その月のうちに、お寺にお移りされた。
六条の院に、情のこもった、お手紙を何度も差し上げる。姫宮の御事は、言うまでもない。心遣いをして、私がどんなふうに、思うかなどと遠慮されず、どうなりと、あなたの思い通りにしてくださるように、と、度々申しておいでだった。だが、身にしみて、心もとなく、幼くしてあるのをご心配される。

あはれなる御消息・・・
されどあはれに後めたく・・・
すべて、心境を現す。




紫の上にも御消息ことにあり。朱雀院「幼き人の、ここちなき様にて移ろひものすらむを、罪なく思し許してうしろ見給へ。尋ね給ふべきゆえもやあらむとぞ。

朱雀
背きにし この世に残る 心こそ 入る山道の 絆なりけれ
そむきにし このよにのこる こころこそ いるやまみちの ほだしなりけれ

やみをえ晴るけで聞ゆるも、をこがましくや」と、あり。




紫の上にも、お手紙がある。
幼い者が、わきまえもないまま、そちらに伺っていますが、無邪気な者と、お許しくださり、お世話下さい。お考え願える縁もあるかと思いまして。

朱雀
捨て去ったこの世に残る、子を思う心こそ、山に入る、私の妨げです。

親心の闇を晴らすことができずに、こんなことを言うのも、愚かです、とある。




posted by 天山 at 05:46| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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