2014年08月14日

もののあわれについて695

よろづ古への事を思し出でつつ、解けがたき御気色を恨み聞え給ひて、その日は暮らし給ひつれば、え渡り給はで、寝殿には御消息を聞え給ふ。源氏「今朝の雪にここちあやまりて、いと悩ましく侍れば、心安きかたにためらひ侍る」とあり。御めのと「さ聞えさせ侍りぬ」とばかり、言葉に聞えたり。「ことなる事なの御返りや」と思す。「院に聞し召さむこともいとほし。この頃ばかりつくろはむ」と思せど、えさもあらぬを、「さは思ひし事ぞかし。あな苦し」と、みづから思ひ続け給ふ。女君も、思ひやりなき御心かなと、苦しがり給ふ。




何から何まで、今までの事を思い出し、自由になってくれないお心を、恨みなさり、一日を過ごしたため、お出掛けになれず、寝殿には、お手紙を差し上げる。
源氏は、今朝の雪で気分が悪くなり、とても苦しいものですから。気楽なところで、休んでいます。と、書いてある。乳母は、さように申し上げました、とだけ、言葉で申し上げる。味も何もない返事だと、源氏は思う。院がこれを聞いては、お気の毒だし、暫くの間は、人前を繕うと思うが、それも出来ないので、矢張り、思ったとおりだ。困ったことだ、と思い続ける。
女君、紫の上も、親切心のないお方だと、迷惑に思う。

源氏が、出掛けないのは、紫の上が、邪魔していると、思われると、紫が考えているのである。




今朝は、例のように大殿籠り起きさせ給ひて、宮の御方に御文奉れ給ふ。ことに恥づかしげもなき御様なれど、御筆などひきつくろひて、白き紙に、

源氏
中道を 隔つる程は なけれども 心乱るる 今朝の淡雪

梅に付け給へり。人召して、源氏「西の渡殿より奉らせよ」と、宣ふ。




今朝は、いつものように、紫の上の所で目覚め、宮のお部屋に、お手紙を差し上げる。特に、気を使うほどではないが、お筆なども十分に選び、白い紙に、

源氏
二人の間の道を、邪魔するほどではありませんが、降り乱れる、今朝の淡雪に、私の心は、乱れます。

梅の枝に付けて、使いの者をお呼びになり、西の渡殿から、差し上げよ、とおっしゃる。

姫宮は、女三の宮と呼ばれ、源氏の正妻となる。
紫の上は、対の御方である。




やがて見いだして、端近くおはします。白き御衣どもを著給ひて、花をまさぐり給ひつつ、友待つ雪のほのかに残れる上に、うち散り添ふ空を眺め給へり。鶯の若やかに、近き紅梅のすえにうち鳴きたるを、「袖こそ匂へ」と、花をひき隠して、御簾おし上げて眺め給へる様、夢にも、かかる人の親にて、重き位と見え給はず、若うなまめかしき御さまなり。




そのまま、外を眺めて、縁近く座っておられる。白いお召し物を重ね着なさり、梅の枝を弄びつつ、後から降る雪を待ち、薄く消え残る雪の上に、重ねて降る空を、眺めていらした。うぐいすが、初々しく軒近い紅梅の梢で鳴いているのを、袖の匂いでか、と、花を手で隠し、御簾から、半身を出して眺めていらっしゃるお姿、夢にも、こんな子がいるもいる高い地位の御方とは、見えないのである。若々しく、美しいお姿である。

相手からの、返事を待つ姿である。




御返り少し程ふるここちすれば、入り給ひて、女君に花見せ奉り給ふ。源氏「花と言はば、かくこそ匂はましけれな。桜に移しては、また塵ばかりも心分くるかたなくやあらまし」など宣ふ。源氏「これもあまたうつろはぬ程、目とまるにやあらまし」など宣ふに、御返りあり。くれないの薄様に、あざやかに押し包まれたるを、胸つぶれて、「御手のいと若きを、しばし見せ奉らであらばや。隔つとはなけれど、あはあはしきやうならむは、人の程かたじけなし」と思すに、ひき隠し給はむも心おき給ふべければ、かたそば広げ給へるを、しり目に見おこせて添ひ臥し給へり。

女三
はかなくて 上の空にぞ 消えぬべき 風にただよふ 春の淡雪

御手、げにいと若く幼げなり。
「さばかりの程になりぬる人は、いとかくおはせぬものを」と、目とまれど、見ぬやうに紛らはして、やみ給ひぬ。
こと人の上ならば、「さこそあれ」などは、忍びて聞え給ふべけれど、いとほしくてただ、源氏「心安くを思ひなし給へ」とのみ、聞え給ふ。




ご返事が少し遅れる思いがするので、源氏は、中に入り、女君に花を見せて差し上げる。源氏は、花という以上は、これくらい匂いがあって欲しいものだ。桜に、この匂いを移したら、少しも他の花を、見る気がなくなるだろう。などと、おっしゃる。そして、この梅も、ひどく散らない間、目に付くのだろうか。桜の花盛りに比べてみたいと、おっしゃるところに、ご返事が来た。
紅の薄様に、鮮やかに包まれているのを、どきりとして、筆跡の子供っぽいものを、しばらく、紫の上には、見せたくない。隔てをおくのではないが、あまり未熟では、身分柄、恐れ多いと、思うのだが、隠しても、紫の上が、気を悪くするだろうから、片端を広げたものを、横目で御覧になりつつ、物に寄りかかって、横になっていらっしゃる。

女三の宮
お出でがなくて、私は、空に消えてしまいそうです。風に漂う、春の淡雪のように。

御筆跡は、思ったとおり、子供らしく、なっていない。あれくらいの年になった人は、こんなものではないのに、と、目に付くが、見ない振りをして、済ましてしまわれた。
他の人のことならば、こんなものだ、などと、こっそりでも、申し上げるのだが、お気の毒に、ただ、ご安心なさいとだけ、申し上げる。


posted by 天山 at 06:10| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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