2014年08月13日

もののあわれについて694

「余り久しき宵居も例ならず人や咎めむ」と、心の鬼に思して入り給ひぬれば、御ふすま参りぬれど、げにかたはら寂しきよなよな経にけるも、なほただならぬ心地すれど、かの須磨の御別れの折りなどを思し出づれば、「今は」とかけ離れ給ひても、ただ同じ世のうちに聞き奉らましかば、と、わが身までの事はうち置き、新しく悲しかりし有様ぞかし。「さてその紛れに、我も人も命たへずなりなましかば、いふかひあらまし世かは」と、思しなほす。




あまり遅くまで起きていても、いつにもないことと、皆が変に思うだろうと、気がとがめ、寝所に、お入りになったので、夜具をお掛けしたが、なるほど、寂しい一人寝の夜が、続いたことと、矢張り穏やかならぬ、気持ちがする。あの、須磨のお別れの時を思い出すと、これが最後と、別れたけれど、せめて、同じ世に生きていると聞けば、と、自分のことは、さておいて、殿を惜しく悲しく、思ったことである。
あのまま、騒ぎに紛れて、自分も殿も、死んでしまえば、問題にならない、二人の仲だった、と、考え直すのである。




風うち吹きたる夜の気配ひややかにて、ふとも寝入られ給はぬ。近く候ふ人々あやしとや聞かむ、と、うちも身じろぎ給はぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声の聞えたるも、ものあはれなり。




風の吹く、今夜の空気はひんやりとして、急には寝付かれないのを、傍近くにいる女房たちが、変に思うだろうと、身動きさえされないのも、矢張り、辛いことでしょう。もう一番鶏の声が聞えるのも、あはれを催すのだ。

ものあはれなり
切々とした心境である。




わざとつらしとにはあらねど、かやうに思ひ乱れ給ふけにや、かの御夢に見え給ひければ、うちおどろき給ひて、いかにと心さわがし給ふに、とりのね待ち出で給へれば、夜深きも知らず顔に、急ぎ出で給ふ。




特別、恨むというわけではないが、紫の上が、このように思い乱れているせいか、源氏の御夢に出られたので、ふっと目を覚まし、どうしているのかと、胸騒ぎして、鶏の鳴くのを待っていらして、まだ暗闇にも気づかないように、急いで、お出になる。




いといはけなき御有様なれば、乳母たち近く候ひけり。妻戸おし開けて出で給ふを、見奉り送る。明けぐれの空に、雪の光り見えておぼつかなし。名残までとまれる御匂ひ、「闇はあやなし」と、独言たる。




姫宮は、とても子供っぽいので、乳母たちが、お傍近くにお付していた。源氏は、妻戸を押し開けてお出になるのを、乳母が見送りされる。明け方の暗い空に、雪の光が見えるほどで、はっきりしない。後に残る匂いに、つい、闇はあやなし、の歌を口にされる。

闇はあやなし
春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる
古今集から・・・




雪は所々消え残るが、いと白き庭の、ふとけぢめ見えわかれぬ程なるに、源氏「なほ残れる雪」と、忍びやかに口ずさみ給ひつつ、御格子うちたたき給ふも、久しくかかる事なかりつるならひに、人々も空寝をしつつ、やや待たせ奉りて、引き上げたり。




雪は、所々、消え残り、真っ白な庭と見えるばかりで、なほ残れる雪、と、そっと口ずさみながら、格子を叩かれるが、長らくこのようなことがなかったせいか、女房連中も寝た振りをして、暫く待たせてから、格子を引き上げた。

上記も、敬語、敬語のオンパレードであるが・・・
紫の上の女房たちから、嫌味をされているのである。





源氏「こよなく久しかりつるに、身も冷えにけるは、おぢ聞ゆる心のおろかならぬこそあめれ。さるは罪もなしや」とて、御衣ひきやりなどし給ふに、少し離れたる御単衣の袖を引き隠して、うらもなく懐しきものから、うち解けてはたあらぬ御用意など、いとはづかしげにをかし。「限りなき人と聞ゆれど、難かめる世を」と、思し比べらる。




源氏は、随分待たせられて、体も、凍えてしまった。あなたを怖がる気持ちがあるからだろう。といっても、別に罪はないが、とおっしゃりながら、衾を引くと、少し濡れた単衣の袖を引き隠して、素直でやさしいが、しかし、言いなりになるわけでもないなど、いかにも、深みがあり、立派である。この上ない身分の方といっても、これほどの人は、いないと、つい姫宮と、比べてしまう。

うらもなく懐かしきもの・・・
素直であり、懐かしいと思う、やさしさ、である。




posted by 天山 at 06:02| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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