2014年08月12日

もののあわれについて693

少しほほえみて、紫「みづからの御心ながらだに、え定め給ふまじかなるを、まして道理も何も、いづこにとまるべきにか」と、言ふかひなげにとりなし給へば、恥づかしうさへ覚え給ひて、つら杖をつき給ひて寄り臥し給へれば、硯を引き寄せ給ひて、


目に近く うつれば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな

古言など書きまぜ給ふを、取りて見給ひて、はかなきことなれど、げにと道理にて、

源氏
命こそ 絶ゆるとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 仲の契りを

とみにもえ渡り給はぬを、紫「いとかたはら痛きわざかな」とそそのかし聞え給へば、なよよかにをかしき程に、えならず匂ひて渡り給ふを、見いだし給ふもいとただにはあらずかし。




紫の上は、少し微笑んで、ご自分のお心でさえ、お決めになれないようですのに、私などは、無理やら何やら、どう解りましょう。と、相手にならない様子で、顔を合わせられない思いがする。頬杖をつき、横になると、硯を引き寄せて、


目の当たりに、変われば変わる仲です。将来も長くと当てにしていました。

古歌なども、書き込みされるのを、手に取り御覧になり、何でもない歌だが、なる程、無理もないと、

源氏
命は、終わることがあろう。だが、無常の人の世とは違う、二人の仲なのだ。

すぐには、お出掛けにならないのを、紫は、それでは、私が困りますと、お勧めするので、柔らかで、調度良い、お召し物に、大変よい匂いをさせて、お出掛けになるのを、見送りなさるのも、とても平気では、いられないことだろう。




年頃さもやあらむと思ひし事どもも、今はとのみもて離れ給ひつつ、さらばかくこそはと、うち解け行く末に、ありありて、かく世の聞き耳もなのめならぬ事の出できぬるよ。思ひ定むべき世の有様にもあらざりければ、今よりのちも後めたくぞ思しなりぬる。




長い間には、もしかしたならと、思った幾つかの事件も、もうすっかり、心配せずともよくなり、このまま何時までもと、安心するようになった、この頃になり、挙句の果て、このような、人に聞かれてよくないことが、持ち上がるとは、安心できる相手ではないと、解ったので、これから先も、心配な気持ちになってきた。




さこそつれなく紛らはし給へど、候ふ人々も、女房「思はずなる世なりや。あまたものし給ふやうなれど、いづかたも皆こなたの御気配には、かた去り憚る様にて過ぐし給へばこそ、事なくなだらかにもあれ、おし立ちてかばかりなる有様に、消たれてもえ過ぐし給はじ。またさりとて、はかなき事につけても、安からぬ事のあらむ折々、必ず煩はしき事ども出できなむかし」など、おのがじしうち語らひ嘆かしげなるを、つゆも見知らぬやうに、いと気配をかしく物語りなどし給ひつつ、夜更くるまでおはす。




見事に、何事もなかったかのような様子であるが、お付の、女房連中は、思いがけないことになりました。大勢いらしたようですが、どなた様も、皆こちらの皆様の威勢には遠慮して、離れている様子で、日を送っていらっしゃればこそ、何事もなく、穏やかでした。気強い、これほどのやり方に、負けてしまうことは、ないだろうと。それはそれとして、些細なことでも、面白くないことがありましたら、きっと面倒なことでしょう。などと、それぞれが、話し合って、嘆いているのだが、紫の上は、気づかぬふりで、いかにも、ご機嫌よく、お話などされて、夜が更けるまで、起きていられる。




かう人のただならず言ひ思ひたるも、聞きにくしと思して、紫「かくこれかれあまたものし給ふめれど、御心にかなひて今めかしくすぐれたるきはにもあらずと目なれて、さうざうしく思したりつるに、この宮のかく渡り給へるこそ目安けれ。なほ童心のうせぬにやあらむ、我も睦び聞えてあらまほしきを、あいなく隔てある様に、人々やとりなさむとすらむ。ひとしき程、劣り様など思ふ人にこそ、ただならず耳だつ事も、おのづから出で来るわざなれ、かたじけなく心苦しき御事なめれば、いかで心おかれ奉らじとなむ思ふ」など宣へば、中務、中将の君などやうの人々、目をくはせつつ、女房「余りなる御思ひやりかな」など言ふべし。昔は、ただならぬ様に使ひ慣らし給ひし人どもなれど、年頃はこの御方に候ひて、皆心寄せ聞えたるなめり。




このように、女房達が意味ありげに言ったり、思ったりするのも、困ったものだと、紫の上は、このように、だれかれと大勢おいでのようだけれど、お心に叶った、華やかな高い生まれのではないと、いつも同じ人ばかりで、物足りなく思っていたところ、この宮様が、こうしてお出でくださったのは、結構なことです。まだ子供心が抜けないでしょうから、私も、親しくしていただきたいのですが、困ったことに、間に、溝でもあるように、皆が考えてしまうようです。同格とか、下という相手だと、聞き流すわけにはいきませんが、恐れ多くも、お気の毒な事情があるらしく、何とかして、親しくしていただきたいと思うのです。などと、おっしゃると、中務、中将の君という人々が、目配せしながら、あまりに、ご親切が過ぎます。など、言うらしい。
昔は、源氏が、普通以上に、親しくお使いになっていた人々だが、ここ何年間は、紫の上にお仕えして、皆、味方している様子である。




こと御かたがたよりも、御方々「いかに思すらむ。もとより思ひ離れたる人々は、なかなか心安きを」など、おもむけつつ、とぶらひ聞え給ふもあるを、「かく推しはかる人こそなかなか苦しけれ。世の中もいと常なきものを、などてかさのみは思ひ悩まむ」など思す。




他の、ご婦人方からも、どんなお気持ちでしょう。初めから諦めている私たちは、かえって、平気ですが。など、お見舞いを寄こすものもあるが、こんな想像をする人は、やっかいだ。男心も当てにならないものだ。どうしてそんなに、くよくよばかりしていられよう。などと、思われるのである。



posted by 天山 at 06:27| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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