2014年08月10日

もののあわれについて691

琴は、兵部卿の宮弾き給ふ。この御琴は、宜陽殿の御物にて、代々に第一の名ありし御琴を、故院の末つ方、一品の宮の好み給ふことにて、賜はり給へりけるを、この折の清らを尽くし給はむとするため、大臣の申し賜はり給へる御伝へ伝へを思すに、いとあはれに、昔の事も恋しく思し出でられる。




琴は、兵部卿の宮が、お弾きになる。この名器は、宜陽殿のもとで、代々の帝に伝わり、第一の楽器という評判のあった名器を、故院の晩年に、一品の宮がお好きで、頂戴されたのを、この質を素晴らしくしようとされて、そのため大臣が、お願いして、頂戴されたという伝来を思うと、胸が迫り、昔の事を、恋しく思い出してしまう。




親王も酔ひ泣きえとどめ給はず。御気色とり給ひて、琴は御前に譲り聞えさせ給ふ。物のあはれにえ過ぐし給はで、珍しき物一つばかり弾き給ふに、ことごとしからねど、限りなく面白き夜の御遊なり。




親王も、酔い、泣きを抑えることができない。お気持ちを伺って、琴は、源氏にお譲り申し上げる。この場の饗宴に、じっとしてはいられない気持ちで、耳慣れない曲を一つだけ、お弾きになる。儀式ばったことではないが、この上なく面白い、今夜の音楽である。

物のあはれに え 過ぐし
何ともいえない気分になり。じっと、過ごしていられない気分になり。
え、は強調の言葉。




唱歌の人々御階に召して、すぐれたる声の限りいだして、かへり声になる。夜のふけ行くままに、物の調ども、なつかしく変はりて、青柳遊び給ふ程、げにねぐらの鶯おどろきぬべく、いみじく面白し。私事の様にしなし給ひて、禄など、いときやうざくに設けられたりけり。




唱歌の人々を、階段のところにお呼びになり、美しい声ばかりで、歌わせて、かえり声になる。夜がふけて行くにつれて、楽器の調子も、身近なものに変わって、青柳を演奏される頃には、ねぐらの鶯も、目を覚ますに違いないほど、大変に面白い。私的な催しの形式をとり、禄などは、見事なものを、用意された。




暁に、尚侍の君かへり給ふ。御贈物などありけり。源氏「かう世を捨つるやうにて明かし暮らすほどに、年月のゆくへも知らず顔なるを、かう数へ知らせ給へるにつけては、心細くなむ。時々は老いや増さると、見給ひ比べよかし。かく古めかしき身の所狭さに、思ふに従ひて対面なきもいと口惜しくなむ」など、聞え給ひて、あはれにもをかしくも、思ひ出聞え給ふ事なきにしもあらねば、なかなかほのかにてかく急ぎ渡り給ふを、いと飽かず口惜しくぞ思されける。




明け方に、尚侍の君、玉葛が、お帰りになる。
源氏から、贈物などがあった。源氏は、こんなに世を捨てたみたいで、一日一日を送っている。年月の経つのも、気づかないみたいだが、こんなに年を知らせて下さると、心細い気がする。時々は、年取ったかと、見比べに来てください。こんな老人、動きにくくて、思うままに、お逢いできないのも、まことに残念だ。などと、申し上げ、しんみりと、また、たのしく、思い出しされることが、ないでもないので、中々、顔を見せただけで、こう急いで、お立ち出るのを、物足りなく、残念に思うのだった。

あはれにもをかしくも
そのままで、十分に通じる表現だ。




尚侍の君も、まことの親をばさるべき契りばかりに思ひ聞え給ひて、あり難くこまかなりし御心ばへを、年月に添へて、かく世に住み果て給ふにつけても、疎ならず思ひ聞え給ひけり。




尚侍の君も、本当の親は、一通りの親と思うのみで、世にも珍しく、親切であった、源氏のお心を、年月が経つにつれて、このように、身が固まると、並々ならず、感謝するのだった。

玉葛の、実の父親は、太政大臣である。
そして、頭の中将は、兄弟である。




かくて二月の十よ日に、朱雀院の姫宮、六条の院へ渡り給ふ。この院にも、御心まうけ世の常ならず、若菜参りし西の放出でに、御帳立てて、そなたの一二の対、渡殿かけて、女房の局局まで、こまやかにしつらひ磨かせ給へり。




こうして、二月の十日過ぎに、朱雀院の姫宮が、六条の院に興し入れされる。
六条の院でも、ご準備が、一通りではない。若菜を召し上がった、西の放出、はなちいで、に、御帳台を設けて、西の一、二の対から、渡殿にかけて、女房の局に至るまで、念入りに、整え、飾りつけされた。

この姫宮の、興し入れを、降嫁という。
つまり、臣下に嫁ぐ意味である。

内親王であるから、当然、源氏より、位が高い。



posted by 天山 at 06:42| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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