2014年08月07日

霊学174

共感を自分自身の内部での活動に留めない魂的構成体はもう一段高次の段階にいる。この段階は、すでに第四段階がそうであったように、共感の力が対抗する反感によって妨げられぬ点で、低次の三段階と区別される。
シュタイナー

高次の種類の魂の素材によって、多様な魂的構成体が、ひとつの共同の魂的世界として、まとまるということ。

この高次の魂の素材は魂的空間の中で演じる、この素材は或る魂的構成体が他の存在、他の本質を、これらの存在、本質そのもののために、いわば吸収するようにさせる。別の言い方をすれば、他の存在の光で自分を照らすようにさせる。
シュタイナー

他の存在の光で、自分を照らす・・・
上手い言い方である。
実際、宗教的な言い方である。

魂は、これら高次の諸領域を知ることによって、はじめて真の魂の在り方に目覚める。
シュタイナー

次ぎの文は、宗教に色々な言葉で、言い方で、使用される言葉である。

魂は暗闇での重苦しいいとなみから解放され、外に向って開かれ、輝き、みずから魂的空間の中へ光を投げかける。低次の諸領域の魂的素材だけしか存在しない場合の、反感によって他から自分を閉ざそうとする、不活発で陰気なその内的いとなみは、今や内から起こって、外へ流れ込む力と活動性とに変わる。
シュタイナー

これを、そのまま、或る宗教の信仰の状態に当て嵌めることができる。
更に、そうして、信仰する、つまり、反感を持たず、信じ込ませると、上記のような言葉が、生きてくる。

高次の諸領域では自由に放射し、自由に流出する。
シュタイナー

さて、今度は、また、魂は、三つの低次領域と、三つの高次領域に、区別されるのだ。

その区別である。
1――燃える欲望の領域
2――流動的感応性の領域
3――問題の領域
4――快と不快の領域
5――魂の光の領域
6――魂の活動の領域
7――魂の生命の領域
以上である。

はじめの、三領域は、共感と反感との関係から得られる。
第四領域では、共感が、魂的構成体自身の中だけに働いている。
そして、高次の三領域を通して、共感の力は、益々自由になり、輝き、活気づけつつ、この領域の魂的素材は、魂の空間に吹き渡り、自分だけでは、自己存在の中に埋没しかねない魂的構成体を、覚醒させる。

1から7までの、領域は、互いに浸透し合っている。

そして、高次の領域・・・
により、云々・・・

ここまで、書きつけると、シュタイナーを研究する者が現れて、ひとつの学問のように、扱うようになる。
そして、解釈の仕様によっては、派閥が出来る。

更には、見者になるものもいる。
覚醒して、悟る者もいる。
皆、自己申請である。

更には、霊能者を名乗る者も現れる。
そして、その能力で、霊を扱うという・・・

シュタイナーは、独自の時代区分を創り上げ、その流れの中に、今こそ、霊学、神智学が必要とのことで、講義をした。
シュタイナー哲学、思想・・・
そこから、教育学も、現れた。

だが、それも、たった一つの方法である。

さて、次ぎは、魂の世界における死後の世界、である。
体、魂、霊・・・
それぞれに、死後の世界がある。

魂は人間の霊と体との結合部分である。
シュタイナー

共感と反感の力は相互の関係を通して、欲望、感応、願望、快と不快等々を生ぜしめるが、これらの構成体と構成体との間に働くだけでなく他の世界である物質界や霊界の存在者たちにも働きかける。
シュタイナー

物質界や霊界の存在者たち・・・
これが、躓くのである。

魂が体に宿っている間は、魂は体に起こるすべてに関与しているといえる。肉体の物質的組織が規則的に働いているときは、魂の中に快さと楽しさが生じ、その組織活動が妨げられるときには不快と苦痛が生じる。
シュタイナー

そして霊の働きの中にも魂は関与する。或る思想は魂を喜びで充たし、他の思想は嫌悪感を生ぜしめる。正しい判断は魂の気に入り、間違った判断は魂を不愉快にする。
シュタイナー

正しい判断・・・
それは、どんなものか。
そして、間違った判断・・・

この、正しい、間違うということに関しても、多くの議論が湧き出るだろう。
もし、シュタイナーが、すべて正しいとなれば・・・
彼は、神になるだろう。
そして、そのような人たちもいる。
シュタイナー教徒である。



posted by 天山 at 05:31| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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