2014年08月03日

国を愛して何が悪い148

仏教伝来の過程とは、蘇我一族をめぐっての、古代史上、最大の同族殺戮のつづいた過程であった。

馬子、蝦夷、入鹿と、蘇我三代の間に、起こった悲劇である。
馬子の独裁確立までには、一帝、二皇子、二氏族の巨頭、帰化人顧問らが、殺害されている。
勿論、他にも、多くの人の死がある。

そして、三代に殺された主なる人々は、血族であったという、事実である。

しかし、蘇我氏は、同時に地方では、しきりに寺を建て、仏教崇拝を行なっている。

ところで・・・
もし、蘇我氏が天皇家を廃して、王朝を創ったならば・・・
今の、日本の姿は、無かった。
権力闘争の歴史が、延々として、続いたことだろう。

天皇家の存続が、日本という国の、骨子、基礎となり、権威というもので、国を統一出来たと言える。

一時期の、戦国時代は、実に不幸な時期である。
だが、それでも、天皇の権威は、失われることがなかった。
また、武家たちも、それを考えることがなかった。

天皇を敵にすることは、国民を敵にすることと、同じとして、考えられたのである。
それは、天皇が、国民の側に立っているからである。

その天皇には、誰一人、敵は存在しなかった。

皇居の佇まいを見れば、一目瞭然である。
いつでも、天皇を襲うことが出来る程度の、建物だった。

蘇我氏は、古代の最初の、朝敵と言える、家系だったと、私は言う。

馬子の父は、朝鮮からやってきた、帰化人である。
馬子で、二代目となる。

そして、また、蘇我氏は、朝鮮からの帰化人を、顧問として置いていたことである。
彼らが、様々な陰謀を巡らしたとも、考えられる。

さて、その朝鮮から仏教も渡来してきた。
そして、その来たものは、大乗仏教である。
ここに、日本仏教の最大の、汚点がある。

それは、大陸、中国から、朝鮮を通って来た。
その間に、どれほど、大乗仏教が、変節したか・・・
大乗仏教自体が、変節したものである。

ただし、救いは、その慈悲性、抱擁性にあった。
日本古来からの、かんながらの道に対決することはなかった。

対決させたのは、蘇我氏と、物部氏の豪族の覇権争いの形相である。
仏教の問題より、そちらが重大だ。

さて、一人、仏教を内面化させた、聖徳太子であるが・・・
それについては、省略する。

確かに、聖徳太子の仏教理解の精神は、後々まで、日本の精神に影響を与えたと考える。しかし、その内容については、これからの精神史を見つめて行くことで理解出来る。

それより、重大なことがある。
日本の精神である、歌道の発祥とも言える、万葉集である。
その、万葉集には、仏教のことが、一切取り上げられていないというより、歌が無いのである。

推古朝から奈良朝にいたる期間は、幾多の大寺をはじめ、無数の氏寺、知識寺、国分寺等の建立された時代である。仏教芸術の黄金期と称されている。一般の民間人からは遊離した存在ではあったが、それにしても、何らかの表現が万葉集に残っていてもいい筈だ。また仏教に帰依した皇族氏族もいたわけだから、歌のかたちでの信仰告白があってもよさそうに思う。
亀井勝一郎

だが、全く、それが無いのである。

万葉びとは、一切、仏教に関する歌は、詠まないのである。

これが、謎である。
そして、これを解けば、何かが解るのだろう。

亀井の解くところを見る。
歌の伝統の深さ、それは殆ど生理的と言ってもいいほど心に密着していたためであろうか。神人分離という時代苦をにないながらも、言霊の美による鎮魂という、太古からの原則はきびしく守られ、それは帰依とはっきり区別されていたためであったのか。そもそも発想の根本が異質のものである。たとえば仏教徒であった聖武天皇も、歌となれば態度は全く別である。同時に、万葉びとの生へのつよい讃美、執着、現世肯定の態度とも関係があったろう。

そのようである。
そこで、歌の伝統の深さである。
万葉集以前に、すでに歌の伝統があったのである。

万葉集に結実する以前から・・・
その精神が存在した。
だから、深い伝統なのである。

それは、ここで言う、太古以前、縄文期から続いていた、精神の系譜である。
歌は息遣いである。
それが、長い年月をかけて、作られて行く。
深い伝統と言われる程の年月である。

少しばかり前に渡来した、仏教には、係わり得ないことだった。
更に、仏教の教えがまだまだ、未熟であった。
その理解に達するには、漢文の仏典を我が物にしなければならない。
咀嚼するために、長い年月が必要である。

勿論、仏典により、日本人は、体系的な思想というものを、見ることが出来た。
日本の精神は、鎌倉時代に出来たという、禅家がいるが・・・
違う。
それは、単に、漢字かな混じり文が完成したということである。

精神は、それ以前に、歌という姿で、成り立っていたのである。
そして、その歌は、仏教が根付くと共に、更に、深まって行った。

日本の伝統、歌の道は、廃れることがなかった。
現在も、尚、更に。


posted by 天山 at 06:14| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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